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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第四章
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諸南、不穏なり2

 貧国。

 この不名誉な冠が、ツェノラ王国の独占するところとなって久しい。


 むろん、彼らも清貧に甘んじたいとはまったく思っていない。だが、まことにもって遺憾ながら、当国にはあまりにも物資が無い。


 国土が東沿岸に位置する事態からして、意に染まぬ悲劇である。後僅かでも西寄り、せめてダリアスライスの東部に領地が食い込んでいれば、農業を今よりもましな状態へ持ってゆけたであろう。


 だが現実は、当国にとって過酷だった。

 厳しい環境に、戦いを挑もうという人物がいる。


「南方諸国をあてにしてはならぬ」


 某日の御前会議において、冒頭から諸閣僚への一喝が飛んだ。

 立ち上がって円卓を囲む人々を睨み据える彼は、当代の国王だった。実に十二代を数える。


「他国をあてにするその姿勢が、今日の我が国の窮状を呼んだのである。

 特に名指しするなら、ヴェールト王国の如きを頼りにしすぎたのだ。


 我らは今まで、どれ程忍耐してきたか。

 きゃつらの底を知らぬ要求に、幾度ならぬ堪忍をして応じてきたか。


 然るに、きゃつらはそれを当然と心得違いをしておる。

 礼儀を非礼で報いてばかりではないか」


 気性の激しさが、そのまま声に出ている。

 南方建築らしい広い造りの会議室は、随所に風通しの工夫がなされており、彼の大声量は盛大に漏れている事だろう。

 それを気にした様子もなく


「これ即ち我らを弱者と見なし、そこへ強者の論理を当てはめているがゆえの暴慢であろう。

 きゃつらをこれ以上のさばらせてはならぬ」


 演説は続いた。

 懸河の弁である。閣僚達は圧倒されており、身じろぎする者は誰もいない。


「今より我らは弱きを捨て、己れの力を恃んで未来へ向かう。

 南がだめでも北がある。


 むろん、北方諸国に助けて貰うのではない。

 北方を利用して、南方圏における我が国の立場を強化するのだ。

 予に策はある」


 高らかに祖国再生を宣言した王は、会議終了後も精力的だった。

 予めこれと見込んだ外交官を十余名ばかり選抜しておき、議場で北方国家との折衝役に任命したのである。


「過日、我が国の港にグライアス外務卿が降り立った。

 名目は我が国並びにヴェールト国王への表敬とされておるが、そうではあるまい。


 峠を二つも持つ国へ行くのに、本年に限ってなぜ船を使う。順序も例年と明らかに異なる。

 何か裏があると見なければならぬ」


「御意にございます」


 選抜された一人が賛同した。


 視線で意見を求められ、外交官は続けて


「峠が何らかの理由で偶然に通行不可だったという可能性は、この際は排除致します。

 主に考えられるのは、慣例にかこつけて、我が国の様子を探るといったあたりでございましょう。


 グライアスは、リューングレスの宗主国なれば、我が国との間で話し合われてきた海路貿易振興策を存知していても不思議はないところ。

 加えて仰せの通り、本年は我が国への表敬が先だった事。


 二つを重ねて考えれば、海路策についてヴェールトへ通報し、何らかの取引を持ちかける所存と見るのが妥当かと思われます」


 自説を語った。王は満足げに首肯した。


「かねてより、ヴェールトにはグライアスの外商卿も幾度となく入国しておる。日参と称してもよい程にな。


 当然、薪を求めての事に違いないのだ。

 山国を属国にもつ彼らが、なぜ薪輸入に狂奔するのか。


 答えは一つしかない。

 エルンチェアの向こうを張って、塩の貿易に乗り出す所存であろう。

 なれば塩の市場が混乱するは必定。これを機として、北方国家へ接近せよ」


 ツェノラの真意が、詳らかにされようとしていた。



 そもそも、大陸東側の土地が南北を問わず痩せているのは、ザーヌ大連峰の東部に火山脈が集中しており、かつて活発だったからである。


 深刻な火山活動の影響を蒙り、土地の大部分が分厚い酸性土壌に覆われているのが、南北共通の東沿岸諸国における土地状況だった。


 特に当国は悲惨で、その昔、北から吹きつける季節風が大量の火山灰をもたらし、現在でも容易に人の手による改良の工夫を受け付けない土地柄となっている。


 この不毛な大地に何とか生命の実りを、と人知の及ぶ限りの努力が注ぎ込まれたが、ほとんどが徒労に終わった。


 ただ温暖な気候と、僅かな品種改良の成功例、そして近海から水揚げされる魚介類が、かろうじて飢餓からの救いとなっている。

 しかし、その程度にすぎなかった。


 厳しい食糧事情は、国民を慢性的な不満状態に置かしめる。

 当国では、食糧を巡る暴動は年中行事だった。


 その度に軍隊が出動するが、彼らも満たされない食欲を抱える身である。時には鎮圧に出動した部隊が、いつのまにか暴動の先頭に立っていたりもする。


 当代国王は、少年期の前半から祖国の窮状に心を痛め続け、太子に立った後も情報収集に積極的だった。


「誰でもよい。身分は問わぬ。

 我がツェノラの惨状を改善に導ける知恵者がおるなら、遠慮なく意見具申致せ。

 必要であれば、教えを請いに出向こう」

 絶えずそう語っては周囲を当惑させ、また実際に老学者の許を訪ねた事もある。


 側近の制止を一喝で振り切り、馬車に飛び乗ったものだ。

 もちろん、王太子に訪問された学者も仰天した。


 とうに隠居し、王都郊外で細々と生計たつきを立てていたところに現れた、先ぶれの使者口上を信じ切れず、あ然としているうちに


「王太子殿下の御成り」


 当人の登場とあって、腰を抜かさんばかりに驚いたという。

 祖国を救う使命感にかけては、十一名にも及ぶ歴代全員が束になっても、彼一人の情熱に及ぶものではない。


 王に仕える人々は、最初こそ戸惑ったが、段々と感化され始めた。


「歴代陛下にあらせられては、ヴェールトへ使者を遣わせが御定まりにおわした。

 然るに、御当代は余程でない限り、そのような事は仰せあそばされず」


「むしろ、無用との思し召し。

 ヴェールトを頼れば後難を被るとの御意にて、先方の要請をお断りあそばされるのも一再ならず。

 果ては、御自ら御倹約の範を垂れ給う」


「この間は、御衣裳にほつれが見つかった。

 陛下の御下命は、繕うように、だったものだ」


 贅沢を憎み、隣国に救いを求める安直を嫌う。その人となりが当宮廷に浸透してゆくにつれ、自然と節倹無駄の排斥を尊ぶ気風が高まった。

 臣下の心服を見極めた頃、王は北方圏接近の命を下したのである。



 目的の地はヴァルバラス。

 晩秋の某日、派遣された密使の一人が、首尾よく外務卿との接触に成功した。

 彼は、下調べと面談の工作を担当した役人から紹介された宿に泊まり、相役と落ち合っている。


「して、先方の様子は如何」


 北方圏で好まれる強酒を片手に、後から現れた彼は状況の説明を求めてきた。味が気に入らないのか、顔をしかめている。


「当方の提案に乗りそうか」


「手応えはある。

 当初は手こずったが、ダリアスイスの介在を匂わせたら、俄かに態度が変わった。


 ヴァルバラスは、保守的な風潮が強い国だと聞いているし、事実あまり冒険をしたがらない様子だったがな。

 ダリアスイスが絡めば、話は別と見える」


「南方圏であれば、話は更に早いだろうな。

 かの国への好悪はどうであれ、実力は認めねばならん。


 一旦かの国を話に引きずり込んでしまえば、ヴェールトとて、欲しいままには振舞えぬ。

 何としてもかの国を動かさねばならぬとの、我が陛下の御思案は、まことに持って仰せの通りだ」


 二人は、不味そうに酒をすすりつつ、頷き合った。

 主君は


「同盟は、架空であってはならぬ」


 はっきり宣言している。


「虚偽では、あの大国は動くまい。

 同盟が現実に存在してこそ、彼らの重い腰を上げさせる事が出来るのだ。


 南北経済同盟を成立させ、ダリアスライスを巻き込んで、ヴェールトに逆圧をかける。

 これが本事案の主旨である」

「御意」

「這いつくばって施しを乞うが如き醜態は、予には耐えられぬ。

 彼らをして、合力を申し込ませるのだ。

 この案が成れば、彼らは強気一辺倒の態度について、少なくとも考え直すであろう」


 国の将来を本気で懸念し、なりふり構わず立て直しを図ろうと試みる王の姿勢は、臣下の心に響いている。

 ヴァルバラスの首都で一夜を明かそうとしている二人の密使も、忠誠し甲斐があるとの意見を一致させていた。

「考えてみれば、我がツェノラは幾度も滅亡の危機に瀕してきたな。

 その度に、身も世も無い体でヴェールトに救いを求め続けたものだった。


 歴代陛下の御即位並びに御退位も、他国とは比較にならぬ程の頻度だ。

 要は、王位継承に付き物の御祝儀が目当て。そう思われ、足元を見られても致し方ない」


「内情は決してそればかりではないがな、他国から見ればさもありなん。

 しかしながら、御当代にあらせられては誇り高くおわす。


 ヴェールトに逆圧をかけるとの仰せには、驚きもしたが頼もしくも思った。

 我ら臣下としても、決死の覚悟で役目を果たさねばならん」


「むろんだ」


 その時。宿の扉が外から叩かれ


「もし、レオスさま」


 亭主と思わしい声もかけられた。密使達は顔を見合わせたが、外務卿と面談した男性の方が酒杯を卓上に置いた。


「わたしが応対する」


 小声で言い、慎重な足取りで近寄って行き、扉に寄り添うようにして少し開けた。


「何だ、急ぎか」

「はい。

 レオスさま宛てのお文を承っております」

 巻紙が差し込まれた。受け取ると、すぐに扉を閉めて席へ引き返し

「誰からだ」

「まあ待て。これから読む」


 緊張しながらペルトナ椅子に座った。手紙を開き、蝋燭の明りにかざす。


「おお――これは」


 二人は、息を呑んだ。

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