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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第三十三章・第三部
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東風吹かば1

「いや、わたしがやる」


 パトリアルス・レオナイトは断固として言い張った。

 彼を囲む人々は、皆がお仕着せの略式革鎧を身に着け、内側も黒い上下でまとめている。

 困惑しながら、王爵の称号を持つ青年を見やり


「お言葉ではございますが、我々の仕事でございますので」

「王爵閣下の尊い御手を煩わせるわけには」


 おずおずと、反論している。

 パトリアルスは厳しい表情のまま、首を横に振った。


「今更だ。

 母上を手にかけたわたしが、煩うも何もない」


 足元を見やる。

 冷たい石畳が敷かれた床には、貴婦人の遺体が寝かされており、首だけが石台に乗せられてある。

 いわゆる、断首台である。


 ここは、理由ある囚人を密かに処断するための部屋であって、今まさに、その死せる女囚の首を落とそうという光景なのだった。

 パトリアルスは


「役人に任せたくない、自分がやる」


 強く主張し、制止の声を振り切って、処刑室がある城敷地の離れ小屋まで、わざわざ雪をかき分けて足を運んだ。


 成り行きで知己を得たツィンレー剣将が、やむを得ないという様子で同行を申し出て、寒気が厳しい木造の粗末な一室に姿を見せている。


「閣下が左様に仰せだ、斧をお渡しせよ」


 押し問答を見かねたのか、首切り役人らしい男に、手の中の処刑道具をパトリアルスに渡せと命じた。

 やや腰が引けた格好で、男は手斧を差し出してくる。


 パトリアルスはしっかり握った。

 躊躇いはない。


「どうぞ、王爵閣下」


 何ら感情の動きも見せない彼に、ツィンレーは執行を促す声をかける。

 斧を持った両手が振り上げられて、すぐ、振り下ろされた。



 全ての処置が終わった後も、パトリアルスはしばらくその場を動かなかった。

 横には、ツィンレーが付き添っている。


「これで、宜しかったのですか、閣下」

「構わない」


 言葉少なに答える青年の視線は、足元の血だまりに注がれている。

 すでに生命を喪った体内からこぼれ出た「もの」は、生者のそれとは色合いも何もかもが違う。


「決着は、わたしがつけなければならなかった。

 それに」


 目元が、心持ち歪んだように、ツィンレーには見えた。

 続かない言葉は、恐らく


「遺体とはいえども、母であり、他人の手に委ねたくなかった」


 なのだろう、とも考える。

 先日、実母クレスティルテ・フローレンを殺害したパトリアルスは、一層に過激な思惑を披露していた。


 いわく


「エルンチェア王国、第七代王太子ジークシルト・レオダイン殿下を弑し奉らんと図った首謀者、クレスティルテ・フローレンを斬首の刑に処す。


 刑は既に執行された、その証として首をエルンチェアに送付せよ。

 残りの遺骸は、故国ブレステリスへ返還するように」


 グライアス王も目を瞠って、しばらく二の句が継げない程の事を言ってのけたのだ。


「い、意図は。

 意図は奈辺にあるか」


 新たな主君の問いに、臣下となった王爵は


「ブレステリスに対して、警告を送るのです。

 中途半端に手を引くのは許さぬ、と。


 クレスティルテどのがお亡くなりになったと明らかになれば、対エルンチェアへの態度に遠慮も斟酌(しんしゃく)も無用となるでしょう。


 そして先方に首を送るのは、わたしが被った冤罪への非を鳴らすため。

 罪を着せてわたしを勘当したエルンチェア王には、弁解あたわぬ事態です。


 逆賊呼ばわりされた身としては、お望み通り、真なる逆賊となって差し上げたく」


 最後には皮肉を込めて、平然と答えた。

 つまりは、エルンチェアに改めて宣戦布告する口実を作ったのだ。


「陛下より承ったお話によれば、ブレステリスには、未だ『我がグライアス』に心を寄せる者が数多あるとの由。


 彼らは、独立を諦めていないのでしょう。

 次の戦は、雪解け期を待たねばなりますまい。


 それまでに兵力を回復させ、改めて戦う意思を示すのが、生存への道と心得ます」


「随分と剛毅な」


 グライアス王は笑った。

 パトリアルスが「我がグライアス」と発言した姿勢についても、満足を覚えたらしい。


 確かに、この豪雪では戦争の続行は不可能であり、塁の返還を急がず、あえて放置する事によってエルンチェア側に施設維持の負担を強いる。


 そういう方法もあるのだ。

 王がその策を取ると決断しきれなかったのは、ひとえに


「塁を放置するとは、マクダレアを放置するのと同義である」


 この一点がひっかかったからなのであり、そこにさえ目をつぶれば、悪くはない策なのだ。


 パトリアルスが示した、ある種の心意気を、王は買った。


「よかろう。

 王爵の進言を容れる。


 実は、そこもとと母御の身柄と我が塁の交換を要求する予定だったのだがな。

 これ程の苛烈な手を打つ思い切りの良さからして、王爵は、我らの目論見を看破していたと見えるわ。


 その意気や()し。

 予も、そこもとに(なら)って、日和見な姿勢を改め、あくまで強気で西へ臨もう」


 一旦は神殿に安置されたクレスティルテの遺体を、処刑室に運べとも命じた。

 その結果、斬首は自分がやると、パトリアルスは一歩も譲らず、現在に至るのである。


 ツィンレーは、自分が戦ったジークシルトとは、顔立ちこそ似てはいないが、やはり兄弟なのだと改めて実感していた。


「では、王爵閣下。

 本格的に、兄君との敵対を御決意なさったのですな」


「初めに言ってあったと思う。

 昔は、確かにジークシルトどのの弟だった。


 今は違う。

 わたしに兄はいない」


「かしこまりました。

 無粋を申し上げた事を許されたい。


 実は、わたしもジークシルトどのとは確執があります。

 戦場で戦い、敗れました」


「やはりそうか。

 いや、失礼だとは思ったが、陛下の御居間に参上したところ、何やら御多忙だったもようで、遠慮した。


 その際に、少し聞こえてしまった。

 立ち聞きじみた事をした」


「左様でしたか」

「ついでに言っておくと、御居間を下がる貴君を見かけた。

 というか、貴君がわたしにぶつかって来たのだが、気が付かなかったようだ」


 苦笑してそう言うと、ツィンレーは、あっと声をあげた。


「そういえば、どなたかに……これは、とんだご無礼を」


「気にしていない。

 あれだけの勢いでお叱りを賜った直後であれば、周囲に気が回らないのも無理はない。


 わたしは、貴君が早まらなければよいと思っていた。

 ユピテア大神の御前で自決を試みようとしている姿を目にしたとき、居ても立ってもいられなかった」


「それで、それがしを御止めくださったのですか。

 わたしは、大神ではなく炎神の前で命を捧げ、とある望みを叶えたいと願っていたのです。

 今思えばなるほど、早まっておりました」


「願いか。

 それならば、生きて願いを叶えるべく力を注いだ方がよいと思う。


 わたしも、ある願いを叶えるために、あえて生きる事にした。

 もうなりふりに構っていられない。


 母上に犠牲を強いし奉った、報いはいつか受けるだろう。

 それでもいい。


 願いを叶えるために、わたしは然るべき日まで生きようと思っている」

 ゆっくりと言い、白い息を吐く王爵に、ツィンレーは頭を下げた。


「閣下。

 閣下はそれがしの命の恩人です。


 そして、自暴自棄になり、望みを失いかけていたそれがしに、命の意味をお教え下さった。

 閣下の御覚悟、しかと承りました。


 それがしも、自分の望みのために戦いを諦めません。

 いつなりとも、閣下のお力になりましょう」


「剣将、ありがとう」


 パトリアルスは微笑み、かしこまる青年の手をとった。

 久々に見せる、エルンチェア宮廷時代の穏やかな表情だった。



 故クレスティルテ・フローレンは、全身の一部を失った壮絶な姿で棺に納められ、帰国の途についた。

 失われた部分は、首桶に入れられて、西へと旅立ったのだった。


「王太子毒殺事件の首謀者は成敗、ついで冤罪を着せられた元親王はグライアスに亡命を志願」


 との一報も、添えられて。

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