夫レ、時代ハ動乱6
ダリアスライス・ラフレシュア国境間でも、両軍は睨み合っている。
ダディストリガ率いる南央軍は動員一万、南西三国の西翼軍は、約半分の五千弱だった。
「よく集めたな、内乱がまだ収まりきっていないというのに」
ダディストリガは、密集隊形を取りつつある敵軍を、塁の屋上から俯瞰し、だいたい自軍の半分あたりと見当をつけていた。
「我が方はどうか」
「はい、閣下。
我がダリアスライアス軍は、飛鷹陣形を布き終わりつつあります」
「なるべく早く終わらせるぞ。
王太子殿下のご成婚を控えている」
まもなく、ラインテリアから姫が嫁いでくる。
開戦には間に合わなかった。
だからこそ、ラフレシュア王国軍を、ダリアスライス軍が単独で叩き伏せなければならない。
(王太子妃殿下のご生家に応援されて勝った、というのでは、後々の為にならん)
ダディストリガは本気でそう思っている。
ラインテリアは、開戦を知り、さしあたり内婚の儀を延期するよう申し出てきていた。
当宮廷は了承している。
延期であって、中止ではないのだ。
ダディストリガに言わせれば、下手に手を出されたくはない。
この戦いは、ダリアスライスとラフレシュアの問題であって、自力で解決せねばならない。
先の国境遊休地で発生した武力衝突は、規模こそ小さいが、互いに死者を出した。
ラフレシュアの主張は
「貴国は弊国の国権を犯した。
我が国で起きた事件に関与した容疑者を追跡中、ダリアスライスが妨害、あろう事か五名の役人を殉職させた。
ただちに謝罪し、容疑者某を引き渡されたし」
なのだが、ダリアスライスは違う見解を有している。
「その事件とは何か。
王太子殿下弑逆事件の事か。
しかも、関与した容疑者某とは、逆賊どころか、故王太子殿下に忠実なる王国貴族である。
救いを求められれば、これに応じるのが部門の倣い。
貴国こそ、よく確かめもせずに弊国兵士を弓で射貫き、死に至らしめた。
この償いは如何にするか」
問責の公文書を送りつけ、間をおかずに
「王太子殿下弑逆事件の全貌が明らかになった。
正義に照らし、王家反逆の罪に問われるべきは貴国の次期王太子殿下にあらせられる旨、弊国は考える。
さらに、貴国内においては弊国を侮辱する風聞が乱れとび、敵意むき出しとも聞く。
先に貴国に討たれた我が方兵士らの無念を晴らす、及び弊国の正義と安全に服するか。
服さずば、実力をもって大陸に是非を問うものとする」
結びは、昔ながらの定型文を用いた書面も送った。
南方圏全土にも同時に発されている。
すなわち、宣戦布告である。
ラフレシュアは、和議を求めなかった。
定石に乗っ取れば、話し合いを希望するならただちに使者が立てられる。
しかし、ラフレシュアはただ一言
「断る」
との国王親書で応じたのだった。
開戦に同意するという。
現在、ダディストリガは王国第一師団を率いて戦場予定の国境へ向かい、到着した。
同時に、他の師団もそれぞれ五つの国境へ派遣されている。
周囲をかつての敵国に囲まれたダリアスライスは、背後に海があるエルンチェアと違い、どの方向からも攻撃を受ける可能性がある。
十二個も常設師団を準備し、絶えず国境巡視を行うのは、この地理上の問題への対応である。
今までは、単に巡視と、模擬戦による軍事教練だけだった。
今回は違う。
実戦が控えている。
「まもなく、先方も隊列を組み終える模様」
伝令の声に、ダディストリガは表情を引き締めた。
初陣に出るのだ。
「行くぞ、ユグナジス」
彼は踵を返した。
港町では、激しい戦闘が始まっている。
ツェノラ三千の兵を、百名ていどのエテュイエンヌが迎え撃っている。
南西三国の東翼は、当然、街に立てこもる策をとった。
「ツェノラ、あの貧国めが」
指揮官は舌打ちして、港の閉じられた門をこじ開けるべく、体当たりを繰り返すツェノラ軍へ弓を射るよう命じた。
防壁から上体を出した弓兵が、ツェノラ軍の兵士を次々と血祭りにあげていく。
が。
先方は少しも足を止めない。
「放てッ」
指揮官の号令を聞くたび、エテュイエンヌ兵は弓をつがえ、矢を放つ。
最前列で体当たりしていた数名の頭、胸が射貫かれた。
「もっとだ、もっと射よっ」
「もうあまり手持ちがございませんッ」
「迷っている場合かッ。
あの人数がなだれ込んできたら、我が方に勝ち目はないぞっ」
尻を叩かれて、弓兵らは無限ではない矢を手に取る。
それはツェノラも承知している。
「耐えろ、矢はじきに尽きる。
なんとしても港街に入り、エテュイエンヌ軍を追い払えっ」
「応ッ」
僚友が倒されても、ツェノラ軍は意気が高い。
南限の港は、作物がとれない風土である祖国を支えてくれる、頼みの場所だった。
エテュイエンヌ軍には想像もつかない程、ツェノラ軍の港へ対する思い入れは深く、そして熱いのである。
「これで、港を解放に導く事が叶えば、我が方もダリアスライスに一定の態度をとれるというものだ」
そういう計算も、王を通じて指揮官には囁かれている。
対ラフレシュア開戦を決意したダリアスライスは、ツェノラにも一報を入れている。
もちろん、王は即座に南限の港を保護する方針を打ち出し
「こちらについては、我らが担う。
南限の港があったらばこそ、我がツェノラは飢えを凌ぎ、今日まで国体を護持してきた。
我らがその恩に報いるのは道理というものであろう」
たいへん勇ましく、東側の抑えは自分らに任せよと言い切った。
断言だけで終わるのではなく、三千の兵を即座に派遣したのだった。
エテュイエンヌ軍をたじろがせる勢いで、ツェノラ兵は総員死兵と化したかのように、門へ体当たりし、剣を振るう。
今、西ではダリアスライス対ラフレシュア、東ではツェノラ対エテュイエンヌ、二方向での戦争が勃発している。
南方圏中央と南西三国西翼の戦いも、幕が上がっている。
両軍は、朝日が地平線を灼き始めたと同時に突撃を開始し、ダリアスライス軍は
「総員突撃、羽を開けッ」
ダディストリガの号令で、左右両隊が散ってゆく。
密集しているラフレシュアを包み込もうと、猛禽が猛々しく羽ばたき始めているのだ。
ラフレシュア軍は
「突撃ッ、全軍前へッ。
左右には構うな、狙うは中央だ、一点突破せよ」
散開しない。
むしろ密集の度合いを固め、ぐいぐい押し出してゆく。
人数の差は倍に及ぶ。
先方の動きにつられて広がれば、各個撃破される。
司令官がいる中央へ、全員で攻撃をしかける策に出ている。
ダディストリガは、自軍中央の先頭に馬を進め、周囲を鼓舞しつつ、飛来する矢を剣で片端から打ち払う。
「敵は寡兵だ、我ら中央のみを目標としているのは自明。
中央隊は応戦に専念せよ。
左右両隊は後方を塞げ。
敵軍の退路を断って、挟み打ちにするぞっ」
指示が飛び、副官ユグナジスを通じて、各伝令が走る。
緩やかに、しかし確実に、ダリアスライス軍の左右隊はラフレシュア軍の背後へ回りつつあった。
南西の西翼も、気づいてはいる。
だが、今は後背を相手にするゆとりは無い。
少数による二面作戦は、戦術上の禁忌である。
中央に切り込んで一点突破、迷いはない。
「左右隊、矢を放てっ」
ダディストリガの命が、軍配の動きとなって周囲に行き渡る。
合図だと見た左右両隊の指揮官は
「弓兵、放てっ。
歩兵は敵軍後背への移動を続けよっ」
叫んだ。
ダリアスライス軍の左右から、矢が浴びせられる。
それでも、ラフレシュア軍は前進のみを心がけていると見える。
矢を射たいなら、好きなだけ射ればよい。
とでも言いたげに、彼らは横からの痛撃に構う事なく、敵中央を目指して突進する。
「さすが、南方で最も気性が荒い国柄だというだけの事はあるな」
命を捨てる覚悟をもって、ずいと迫り来るラフレシュア歩兵らを睨み、軽く笑うと、ダディストリガは正面衝突を決意していた。
戦いは、まだ始まったばかりである。
神の目こぼしと称されるこの年。
南北は、それぞれの戦いに身を投じていった。
第二部・戦乱編 序 完結