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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第三十二章 第二部完結
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夫レ、時代ハ動乱5

 南限の港は、既に戦場と化していた。


 ダリアスライスからの逃亡者という若い貴族を探していたアーリュス人傭兵が、行き過ぎた狼藉をはたらいたとして、港の漁業組合は憂慮し、ツェノラ役人に相談した。


 ところが、なぜかエティエンヌ王国の軍人らが踏み込んで来、赤毛たちを問答無用で切り始めたのである。


「こんな話じゃなかったはずだ」


 最大手の組合、エルオ座の座長は震えあがり、一刻も早く本来助けを求めたツェノラが動いてくれる事を願っていたが、なかなかその様子が見えない。


「やっぱり、ツェノラじゃだめだったか」

「お国柄は良いところなんだがなあ」

「いかんせん、小さい国だし、言っちゃ悪いがお手元が寂しいしな」


 組合の顔役らもがっかりしている。

 ある日、組合間の会合があるとの事で、座長は壮烈な表情で出かけて行った。


「殺されなきゃいいんだが」


 見送った組合員がつぶやく。

 外から聞こえる物騒な剣戟の音、傭兵の悲鳴、命乞い、黙れと怒鳴る声、等々。

 このところひっきりなしに響いていて、夜でもときおり


「助けてくれえっ」


 泣き叫ぶ赤毛らしい男の姿も、窓からちら見える。

 もちろん、追っ手は救いを求める哀れな男に、何一つ配慮しようともせず、剣で頭を割り、更には二、三名で倒れた体を容赦なく刺し続ける。


 あれからもう、十日以上はたっただろうか。

 さすがに、街を逃げ出してゆく人々も出始めた。


 行くあてがあるならまだ良い。

 だがどこへ逃げるか算段もついていないのに


「早く早く」

「怖いよう、父ちゃん」


「だから急げって言ってるんだっ」

「急ぐったってあんた、どこへ行くのさ。

 南限の港から出たって、行き場が無いじゃないの」


「いいから来いッ。

 ここで死にてぇのかっ」


 最低限の荷物だけを抱え街路を走り去る親子連れ、老人をおぶって港の門を目指す若者とその家族、迷子になったのか、泣きながら両親を探して右往左往する幼児など、街中に悲惨な難民の姿が見受けられるようになっている。


 組合の会合では、これはいくら何でもやりすぎだとして、代表者がエテュイエンヌ軍に掛け合う事が決まった。


 有力な大手であるエルオ座、ライガ座、ビセル座の三座長が、恐怖におののきながらも、エティエンヌ軍が駐留している倉庫街へ足を向けた。


 指揮官に会わせて欲しいと願い出て、倉庫内での面談までは漕ぎつけた。

 いまは使われていない倉庫を、駐留軍の詰所として接収しているのである。

 ちなみに、使用料は未払いだった。


「お役目ご苦労さまに存じます。

 アーリュスどもを追い払う、それは大変に有難いのですが、もう少しお手加減をお願いできますでしょうか」


 組合が出し合った幾許かの「合力金」を差し出しつつ、エルオ座の座長が頭を下げる。

 エテュイエンヌ軍の指揮官は、布袋は抜け目なく懐にしまったが、願い出については


「手加減とは何か。

 我らは、港の民を誤って殺傷せぬよう、十分に気を遣っている」


 尊大な態度で無碍にした。

 座長は怒りを覚えたようだったが、そこは商売人であり、表向きは愛想よく


「ええ、ええ。

 もちろんですとも。


 お気遣いは、わたしどももよくよく承知しております。

 ただ、港の住人らはちょっと、そのう、あれです。


 構えております店の中での乱闘や、あちこちに散らばる赤毛の亡骸に、少々閉口しておりまして」


「そのくらいが何だ」


「商いの事もあります。

 赤毛の亡骸を片づけるにしても、この港町には大きな墓地もなく、弔い島と名付けている小島まで運ばなくてはなりません」


「そうすればよかろう。

 商いについては、止むを得まいて。

 アーリュスどもが徘徊し、至るところで乱暴狼藉をはたらいているというのなら、商いどころではなかろう。


 まずは、アーリュスどもを退治するのが先決である」


「はあ」


 交渉しようと必死だったが、エテュイエンヌ軍の指揮官はまるで相手にしようとしない。

 結局は合力金だけ献上して終わりという、何とも無念なかたちで面談の幕は半ば強制的に閉じられた。


 命がけで剣戟の合間を縫い、時にはアーリュス人と間違えられかけて剣を突きつけられたりと、冷や汗をかき通しで倉庫まで出向いた甲斐が、全くなかった。


「おい、ライガ座の、ビセル座の」


 エルオ座の座長が、静かな声で他の有力者たちへ話しかけた。

 三人とも、倉庫と倉庫の間を駆け抜け、あるいは忍び足で、アーリュス人討伐に巻き込まれないよう注意を払いつつ、帰路についている。


「こりゃもう、奥の手を使うしかないと思わないか」

「奥の手だと」


「おれ達は、元々は南の出じゃない。

 リューングレスを頼ってみないか」


「……リューングレスか」


「あっちは何といっても祖国だ。

 ここは、元をただせば、リューングレスが開拓した港町じゃないか。

 少なくとも、エテュイエンヌよりは数倍ましだと思う」


「それもそうだな。

 試してみる価値はあるかもしれん。

 あんたらは、みんなリューングレスにそれぞれ縁者がいるんだよな」


「ああ、いるとも。

 最近じゃ、リューングレスはアースフルトさまとかいう、それはそれは頼れる御人がもてはやされてるって、そんな手紙がきたぞ」


「へえ、アースフルトさまね。

 いっちょ、船をだしてみるか。なあ、エルオ座の」


「おう。

 おれは、もし南があてにならなかったら、北に頼ろうって思っていたし、組合員どもにもそう言ってある。

 何だったら、明日にでも船を出そうじゃないか」


 彼ら三人は頷き合った。

 リューングレスに陳情しよう、と。



 そのリューングレスは、実はエテュイエンヌと手を組んでいる。

 南限の港を制圧し、元の所有者たるリューングレスに返還するとまで約束しているのだ。


 座長たちは、もちろん知らない。

 派遣された軍の司令官は、言い含められている。


 赤毛の掃討が済んだら、次は港町を制圧せよ。

 シルマイトの意思なのだった。

 懐に献上された「合力金」については、むろん彼の臨時収入として個人の金庫へ直行する。


「気の毒な連中だな」


 銀貨をじゃらじゃら弄びながら、彼は憫笑を漏らした。


「必死にかき集めたのだろうが、おれの小遣いになっただけだ。

 この港町は、もう運命が定まっている。

 知らないというのは、哀れなものだな」


 だが。

 知らない、とは漁業組合の座長たちだけに当てはまる事ではなかった。

 彼も知らない事は多々ある。

 追い払った座長たちが、元はリューングレスから渡って来た者の子孫だという事実に


「も、申し上げますッ」

「何事か」


「ツェノラ軍来襲ッ。

 ただいま、港町の門よりツェノラ軍が押し込もうとしておりますっ」


「何いッ」


 座長たちは、先にツェノラへ救いを求めていたのだという事実を。



 濃厚な黄色と中央に赤い正三角形をあしらう旗は、俗称を黄金旗(おうごんき)と呼ばれる。

 ツェノラ王国が掲げるそれを、およそ三千人の軍人が仰ぎつつ、南限の港と公有地を分かつ正門前で整列していた。


 指揮官らしい壮年男性が、うろたえる門番を叱りつけ、入ろうとするのを、エテュイエンヌ軍の数人が怒鳴って追い散らそうと試みている、その最中である。


「何度も言わせるな。

 我らツェノラ軍は、南限の港から依頼を受けて、治安向上のために参上した。

 なぜ、エテュイエンヌ軍に邪魔されなければならんのだ」


「聞いておらんっ。

 我がエテュイエンヌ軍は、シルマイト殿下の御下命により、港における赤毛どもの狼藉を討伐すべく派遣されている。


 貴軍こそ、我らの任務に無用な存在。

 早々に帰国されたし」


「あいにくと、我らも国王陛下より直々に勅命を賜る軍である。

 他国の、それも一仕官に命じられる謂れは無い。

 そもそも、貴国は南限の港と何か縁があるのか」


「縁の問題ではない。

 これは人道に基づいた救済である」


「何が人道か。

 この港街で何が起こっているか、我らが知らぬとでも思うか。


 難民化した街の住人が、我がツェノラへ救いを求めて流入している。

 みな、口をそろえてエテュイエンヌの横暴を訴えておるぞ」


「難民ごときの戯わ言を、なんで信じるか」


「ごときとは何だ、ごときとは。

 我がツェノラは、長年に渡って南限の港と友好を結び、我らの命綱として大切な存在であり続けた。


 どの国も、街に対してろくな手入れもせず、売り上げに貢献してもいない。

 我がツェノラこそ、南限の港の救い手である事は明白ッ」


 ツェノラ軍指揮官の言葉に、街の方から拍手がわき、そうだそうだとの声もあがった。

 エテュイエンヌ軍の誰かが


「黙れッ、庶民風情がっ」


 怒鳴って、次にどすんという音が響いた。

 悲鳴も聞こえた。


 まだ若い男。もしくは少年のそれだった。

 ツェノラ軍指揮官には、その音と悲鳴だけで決断に事足りた。


「総員、続けっ。

 港町の住人を救うため、我が軍は貴軍に正義の剣を向けるものであるっ」


 一斉に怒号があがり、旗が揺れる。

 エテュイエンヌ軍の士官からも


「応戦せよッ」


 指令が下った。

 港街の正門前で、切り合いが始まった。

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