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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第三十二章 第二部完結
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夫レ、時代ハ動乱2

 物事とは、ある小さな何かをきっかけに、思わぬ方向へ転がってゆくものである。

 特に、謀略の類は、ほんの些細な綻びが致命傷に至りかねない。


 エティエンヌ王国の王太子シルマイトは、まだその事に気づいてはおらず、忠実な執事の方が予想外の状況に直面していた。


「シャウドルトどの」


 若い主君の私室から下がってほどなく、彼は廊下で見知らぬ若い貴族に背後から声をかけられた。

 驚いたが、顔には出さず、口も開かない。


 ただ立ち止まって振り返り、黙ってその青年を凝視するのみだ。

 呼び止めた方は、二人の従者を連れており、表情は固かった。


「少々お時間を頂きたい」

「多忙です」


 ぼそりと一言で、拒否する。

 青年はずいと一歩出た。


「重ねて申し上げる。

 お時間を頂きたい。

 尋ねたき儀がございます」


「多忙です」


「ご子息の件、クラマイズの件、そして」


 ぐっと近づいた青年は、蒼白となったシャウドルトの耳元に口を寄せて


「任務中に失踪した我が兄、ワルシュコン・レオガイト・オタールスの件。

 ご存じ無いとは、言わせませんぞ」


 静かな怒りを囁いた。



 シャウドルトは抗えず、オタールスの弟と名乗った若者に同行を余儀なくされた。

 ある一室に連れ込まれたとき、常の無表情が大きく動いた。


 円卓につかされ、周囲を兵士三名で固められた彼そっくりの若い男がうなだれているのが、視界に入ったのだ。


 絶句している老執事の気配に、若い男は顔を上げようともせず


「申し訳ありません、父上」


 か細い声で謝罪した。

 シャウドルト執事は体を小刻みに震わせた。


「お、おまえ」

「露見してしまったのです」

「ただしくは、わたしが調べた」


 オタールスの弟が怒りを露わに訂正した。


「まずは自己紹介しよう。

 わたしは、クルナルド・レオンタバル・オタールス。爵位は剣爵家、次男。

 王国第六師団に所属するワルシュコン・レオガイトの弟である」


 腕を組み、二人の従者には目で扉を抑えるよう指示しながら、彼は口を開いた。


「兄上が、任務から一向にお帰りにならない。

 同輩の方に問い合わせても、答えがてんでばらばらだった。


 ある方は、一人で他の任務についたと申され、またある方は、居なくなった事に気づかなかったと申される。


 そのような話、にわかには信じがたい。

 軍人が、勝手気ままに部隊を外れるはずはない。

 居なくなった事に気づかないなど、考えられない。


 如何様に思考を巡らせても、兄上は何か重大な問題に巻き込まれておられるとしか、思えないのだ。

 そこで、わたしは伝手を頼って、いろいろと心当たりに聞いて回った」


 小さくなっているシャウドルトの息子、硬直したまま顔から血の気を引かせている父、両者を等分に睨みながら、クルナルドという名の剣爵家次男は続けた。


「ある話を聞いた。

 シャウドルトのご子息は、ご同輩の妻と深い仲になっておられるとか。

 その件で、件の御仁と長らく揉めておられたそうな」


「……それは、あのう」


「今更しらを切っても意味はない。

 件の御仁から、直に承った。


 結局は金銭にて和解するとまでは、話は進んだものの、その後がまったく進捗しない。

 件の御仁は嘆いておられたぞ」


「まだ、決着していなかったのか」


 シャウドルトは意外気に、そして失望感を漂わせて、息子を見つめた。


「金なら用意したではないか」

「面目ない、父上」


「使ってしまったのだろう。

 別件で、口封じしなければならない相手が居たものな、シャウドルトご子息どの」


「ええっ」


 父親が、たいそう驚いた。

 息子の方は、俯けた顔をいよいよ深く下げている。


「誰だと思われる、シャウドルトどの」

「……いや、見当が……」


「ひとつ、手がかりを差し上げる。

 わたしの兄が、なぜ帰都しないのかについて、お考えあれ」


 冷たい声に、老執事はよろよろと後じさった。


「ま、まさかッ」


「そのまさかですよ。

 貴公のご子息の人妻好きは、長らく貴公の手を焼かせておられたようだ。

 我が兄の妻、すなわち我が義姉にまで言い寄るとは、何たる不埒」


「それで、オタールスどのは」


「先日、ようやく真相を知る人物に巡り合えた。


 その某によると、シャウドルトどののご子息に頼まれて、兄へ対し、元々の任務ではなかったクラマイズへ行く部隊に合流を命じ、途中で集団暴行。


 失神した兄を、どこぞの草原に放置したとの由。

 ついでに申し上げるなら、その某は、謝礼金もたっぷりはずんで貰ったとも語っていたな」


「何という事を……」

「仕方なかったんだッ」


 自暴自棄になったのか、シャウドルトの息子は顔を上げずに声だけ荒げた。


「あの女、主人が帰ってきたら事の次第を全て話す、言い寄られたと相談するなど、口走った。

 さすがに女を殺すわけにはいかない。

 ならば、主人の方が帰ってこなければ」


「我が兄が殺されるべき理由には、全くなっておらんッ」


 クルナルドも、負けじと声を張り上げた。


「暴行を受けた挙句に草原へ放置されれば、この冬の最中、まずもって命はあるまい。


 たとえ生きながらえたとしても、草原には盗賊やら狼やらの、物騒極まりない生き物がうようよしていると聞く。


 どう楽観しても、兄上が生きて王都にお帰りになられる目途はたたない」


「わる、かった」


 気迫負けしたのか、シャウドルトの息子はまたか細い声に戻り、謝罪と呼べるか甚だ疑問な言葉をつぶやいた。


 父親の方は、目もくらむ思いでいたに違いない。

 彼が、若主君シルマイトの前で、時折落ち着かなげな顔をし、または憂鬱そうにしていた理由が、ついに人の知るところとなったのだ。


 息子は、甘やかしたせいか、特に女癖をこじらせていた。

 人妻に対して、強い執着を見せ、これまでに何度も尻ぬぐいさせられてきたものだ。


 シルマイトの方は、幸か不幸かシャウドルトを人間扱いしていない節があり、仕えて長い元傅役にして現執事には、まるっきり関心を持っていない。


 しかし、いつ知られるか。

 もし知られたら、その醜聞を盾にとって、息子まで悪事に加担させようとしてくるのは、王子の気性からしてシャウドルトには自明であり、その不安がいつも彼を苛んでいた。


 極端に無口だったのも、万事について従順だったのも、要は秘事を露見させまいとの慎重な心がけからくるものだった。


 その努力は、たったいま、水泡に帰した。

 がくりと肩を落としたシャウドルトを、クルナルドは凝視している。


 しばらく、重たい沈黙が室内に漂った。

 息子は、顔をうつむけるどころか、円卓に突っ伏してしまっており、体を震わせてもいる。


 父親はどうする事もできない、何も思いつかない、そういった面持ちで棒立ちになっている。

 どのくらい間があいただろうか。


「我が兄は、ロベルティート殿下を敬愛しておられた」


 クルナルドは、再び両者を等分に見やってから言った。


「他の継承権者がご逝去あそばした後は、殿下こそが我がエテュイエンヌの希望であると、かねがね語っておられたのだ。


 わたしも、兄上に同感している。

 ロベルティート殿下が王太子に内定したとの報に接したとき、一刻も早く兄上にお知らせしたいと願って、任務からのお帰りを待ち続けた。


 それが、この有様だ。

 わたしは、兄上についてはもはや諦めている。

 だが、我がエテュイエンヌの将来についてまでは、諦めていない」


「それは……どういう意味で」


「個人的には、シャウドルト親子、御両人に仇討ちを志願したいところだ。

 そこを、今の国家の大事に免じて目をつぶる。


 我が仇討ちの相手は、そこもとらではない。

 全てを陰で操っているシルマイト殿下と心得るが、如何」


 鋭い視線と指摘、更には自己の保身について。

 シャウドルト親子の心境は、ある方向を目指して大きく変化を遂げた。

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