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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第三十二章 第二部完結
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夫レ、時代ハ動乱1

 南方圏において、降雪を見る機会は、ヴェールト王国のそれもごく一部に限られると言っていい。

 南北を繋ぐ唯一の陸路、ザーヌ大連峰の東側に位置するタンバー峠の頂上付近である。

 今年は、近年稀に見る大雪の年だった。


「これはもう、どうしようもないぞ」


 ヴェールトの東峠守備隊は、手に負えそうもない積雪を、ため息交じりに見やっている。

 壁がある。


 大人が二人、肩車してようやく届く程の巨大な雪壁が、防兵塁の門扉を両側から圧迫、更に吹雪が新しく降り積もる。

 暦改めの前後、たった旬日間で、東側は通行不可になっていた。

 塁周辺には、立ち入り禁止の立札が置かれ


「どうせ誰も来やしない。

 麓の守備兵に止められている」


 そうは承知していても、一応は見張りを立たせて周囲を警戒するのだった。


「なあ、最後に通ったのは確か、エテュイエンヌの御仁らだったな」

「そうだったかな。

 だいぶ前の事だからなぁ。

 悪い、あんまり覚えてないんだが」


「いやいいんだ。ちょっと思い出しただけで、確認したかったわけじゃない。

 ただ、珍しい事もあるもんだなと思ってな」


「そうだな、貿易商の隊列ならともかく、レオスさまというのがな」


 見張り二人の話に、別の兵士が割り込んできた。

 手には湯気がたちのぼる陶器製の杯が二つ、握られている。


「温かい果実酒だ。

 飲まなきゃ、やってられんだろう」


「これは有難い。

 まったくだ、こんな雪景色なんか眺めていたって、ちっとも面白くない。

 せめて酒の楽しみくらい無いとな」


「王都の連中は羨ましがるけどなあ。

 実態を知ったら、それでも羨ましがれるかね。一度聞いてみたいもんだ」


「いっそ、見せた方が早いぞ。

 一泊二日でいいから、詰めてみろってなあ」


 酒をすすりながら、門を守る兵士らは笑っている。


「おれは、どっちかというと西峠が羨ましい。

 同じ峠でも、ゲルトマの方はあんまり降雪が無いって話だからな」


「その代わり、山賊が出るって噂だけどな。

 こっちよりも凶暴だとか、おれは聞いたぞ」


「峠詰め自体が嫌だね、おれは。

 王都勤めとまでは言わないが、せめて山麓勤めになりたいもんだよ。

 ああ、あと何年、この白い壁を眺めて過ごさなきゃならんのだか」


 笑ったり嘆いたり、酒を飲んだりと忙しく、ヴェールト守備隊兵士らは勤務の時間を過ごす。

 さしあたり、ひどい降雪を除けば、東峠は平和だった。



 西峠も、平和といえば平和だ。

 ヴェールト守備隊は、何とか命をつなぎ、気まずい思いを抱えつつも北塁に身を寄せて、山岳民の襲撃を凌いでいる。


 もっとも、カプルス人も学んだらしく、今は新たな兵力として西峠に根を下ろしたリコマンジェ王国軍を相当に恐れているのだろう。

 時折、ちらちらと動く姿が岩間で見え隠れするが、斥候役と思われる。

 様子を伺うような仕草で、遠巻きにこちらを見やり、すぐに居なくなってしまう。


「このまま、膠着状態なのか」


 さも忌々し気に、南の隊長はつぶやいた。

 塁周辺を、依然として山賊が徘徊しているとの報告を受け、まだ下山を決心しきれない。


 北の守備隊は、とにかくも友軍が来てくれたと素直に喜んで、早々に打ち解けているもようだが、あいにくと南はそういうわけにゆかず、むしろ


「何だ、ちょっとくらい加勢がついたからって」

「おれの気のせいかもしれんが、どうも見下されているように感じられてならない」


「いや、おれもだ。

 リコマンジェはそれでも礼儀は正しいが、ヴァルバラスがな」


「同感。

 リコマンジェの手柄を、我が手柄とでも錯覚しているのではあるまいか」


 やり場のないくすぶった思いを、皆が抱えている。

 隊長自身は


「それは気の回しすぎというものだ。

 北に救われた事実は事実として、気後れるのは分からんでもないが、何でも悪くとるのは如何なものか。

 この状況で、仲間割れなどしている場合ではない」


 そう考えているし、部下に言い聞かせたいのもやまやまだった。

 だが、あまりにもやるせなく、また責任をめぐる口論が発生しかねない事を懸念して、部下を刺激しないように努めざるを得ない。


「不満はわたしが聞く。

 頼むから、北に聞こえるような大声は控えてくれ」


 命令というよりはっきり依頼の口調で、彼は部下たちを懸命に宥めていた。


「隊長どの。

 我々はもはや我慢の限度です。

 どうか、下山をお許し願いたく」


 鬼気迫る表情で、詰め寄ってくる若手を


「ならんと、何度言い聞かせれば分かってくれる。

 ついさっきも、山賊が周囲をうろついているという報告が入ったばかりではないか。

 我がヴェールトの未来の為にも、ここを動くな」


 嗜めもする。

 彼の現在の心境は、つくづくと


(タンバー峠守備隊が羨ましい。

 あちらは雪が凄いと聞くが、山賊どもよりは遥かにましに違いないからな)


 東側にいる同僚たちと、立場を入れ替える事は出来ないか。

 方法を探したいのだった。



 問題の華やかなる王都(ヴェールタスデン)における、政治を司る人々の方は、守備隊の窮状を多少なりとも想像してはおり、捨て置けぬとも考えている。

 だが、エテュイエンヌから来たという使者が


「ダリアスライス包囲網に参加されたし」


 連日連夜と言える勢いで熱弁をふるっており、あれこれと利益を言い立てて、文治派貴族たちを自陣営に引き込もうと鋭意努力中だった。

 使者は特に


「我らはグライアスを握っております。


 貴国の薪貿易に、必ずや利をもたらしましょう。

 新しい秩序を構築し、北はエルンチェアが既得権益をむさぼり、南はダリアラスライスが塩の利権を一手に握る、この古い体制を打ち砕かねば、先には活路がありませんぞ」


 ヴェールト最大の産業を守るよう、力を入れて呼びかけてきている。

 貿易事業を管轄する外商庁は、かなり心惹かれたと見えて、使者の熱意に負けない態度で耳を傾けていた。

 一方で、対外政策に携わる外交庁は、慎重な姿勢を崩さない。


「そもそもだ」


 同庁の首脳である外交卿は、自称エテュイエンヌ使者を、あまり良い目で見ていなかった。


「あの者、まことにエテュイエンヌの使者なのか。

 手形は確かに持っていた。


 身分を証明する、シルマイト殿下の御署名入り書状も持参していた。

 しかし、どうやって我がヴェールトに来たのだ」


「左様に仰せられますのは」


「地理上の問題と南西三国の伝統から、我がヴェールトとエテュイエンヌは、直接の国交を有しておらん。

 国境も接していない。


 ダリアスライス、またはツェノラの領地を通過せねば、使者はここまで来れない。

 あの者の話を聞く限り、南西三国はダリアスライスと敵対する、ないしは敵対の意思を持っているのは明白だ。


 それは、ダリアスライス側でもある程度は分かっていると思われる。

 それでも、ダリアスライス領を通過し得るものなのか」


 外交卿は腕組して考え込んでいる。

 この人物、実は


「もし、何らかの策を用いて我がヴェールトにたどり着いたというのなら、よほどの野心があると見なければなるまい。


 それだけの冒険をしてまで、語る内容が新しい秩序の構築だと。我がヴェールトの利益だと。

 そんな甘い話、あるものではないぞ。


 うかうか乗ろうものなら、それこそグライアスとの密約、あるいはダリアスライスにおけるバースエルム事件と同じ結末になりかねん」


 新たに席を与えられた、前任者とは違う男だった。

 前任者の失敗は十分に目の当たりにしており、したがって彼もまた、学習している。


 シルマイトが考えている程には、やすやすとエテュイエンヌの術中にはまり込むような気質ではなかった。


「では、いかが取り図らいましょう」

「とりあえずは、自称エテュイエンヌの使者に、話したいだけ話させておくがいい。

 外商卿どのには、わたしから話をしよう。


 貴公の閨閥に属していた前外交卿が現在、どのように遇されているか。

 なぜそうなったのか。

 熟考をお勧めする。


 外商卿どのも、ご親戚が席を失ったのを見、さらにご自分の席まで他人に譲りたいとは、お考えになられまい」


 シルマイトの計算を狂わせる人物は、凋落の道を歩み始めているヴェールト宮廷にも、確かに居た。

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