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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第三十一章
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北東の逆襲6

 エルンチェアでは、王太子の事実上の成婚が、地味ながらも祝われている。

 春の雪降ろし大祭と呼ばれる、融雪期には、国を挙げての盛大な祝宴が開かれる予定であり、今のところ螺旋の王都(ツィールデン)では


「王太子殿下万歳」

「妃殿下万歳」


 人々は、街角の酒場や自宅で酒杯を交わして、世継ぎ誕生はいつかと語り合うのが日常に見られる光景だった。


 肝心の王太子妃も、まだ披露されておらず、国民は顔を知らない。

 宮廷内では、元気よく過ごしているヴェリスティルテを、勤め人たちが半ば面白がる様子で見守っている。


「先の王后陛下とは、全く御様子が異なられる」

「でもまあ、親しみやすい」


「お陰様というか。

 王太子殿下も、心持ち御人となりが柔らかくなったような」


 評判はまずまずである。

 この時、グライアスで起きていた一連の事件については、まだ伝わっていない。


 ジークシルトにもたらされた情報は、ゼーヴィスを経由して、親エルンチェア派の筆頭と称すべきキルーツ剣爵が探りを入れた結果だった。


 内婚の儀が終わり、祝宴も滞りなく静かに閉幕した後、両者は王城に用意されている王太子の居間で、改めて顔を合わせた。


 ゼーヴィスは、どういうわけか同席を許されているヴェリスティルテの存在に、内心で驚かされつつも、書状を取り出して


「クレスティルテさまが、移動先のモエライルから忽然と御姿をくらまされた件について、我々も承知致しております。


 従兄にあたられるキルーツ剣爵閣下が、内々に調べられたところ、どうやらモエライルには親グライアス派の手が回っていた模様」


「やはりか。

 あの厄介な婦人に何の用があるのか、さっぱり分からんが、とにかく東に拉致されたと考えてよかろうな」


「はい。

 書状の二枚目から五枚目までをご照覧賜りたく。

 親グライアス派と思われる要人が、ざっと十五人ばかり上がっております。


 中には、神務庁の上級役人の名もあります」


「神務庁か。

 随分と手広く抱きこんだものだな。

 しかし、この名簿はよく調べられている」


「恐れ入ります。

 キルーツ閣下はあくまでも、エルンチェア親和を国論とするべしのお立場です。


 ただ、文治派貴族は親グライアス派が多く、親エルンチェア派は軍人が多数を占めているのが現状で、閣下は孤立ぎみでおられます」


 ブレステリス宮廷の現況について、細かく語った。

 ジークシルトは、書状をざっと読み下しながら、ふむと鼻を鳴らした。


 自然な流れで、横に座る新妻へも紙の束を手渡す。

 ゼーヴィスは正直に目を瞠った。

 ジークシルトは笑った。


「我がエルンチェアもな。

 実はグライアスを見倣う事にした。

 貴君も、戦場に女流剣士が出張って来ていたのは承知しているだろう」


「は。

 聞き及んでおります」


「同じ事だ。

 人材と見れば、誰であろうが登用する。

 妻にも、期待をしているところだ」


 そう言いながら、彼女を見やる。目は優しいものだった。


「なかなかの切れ者だ。

 そこが気に入って、(めと)る事にした」

「左様でございますか」


 ゼーヴィスも、書状に目を通すヴェリスティルテを見、軽く頭を下げた。

 気配に気づいたのだろう、彼女は顔を上げ、あははと笑声をたてた。


「有難い仰せ、恐縮しておりますわ。

 以後、どうぞよろしく」


「少しも恐縮しておらんな」

「これでも、その積もりなのですが」


「よい。真面目に恐縮されたら、おれが面食らう。

 せっかくだ、ヴェリスティルテ。


 その書状を目にして、如何に考えた。

 おまえの意見を聞きたい」


 ジークシルトは水を向け、ヴェリスティルテも書状から一旦目を離した。


「では、述べさせて頂きます。

 わたしどもヴァルバラスも、ブレステリスさまは、国論が二分されて未だまとまらず、親グライアス派の抵抗は根深いものと考えておりました。


 この書状を見る限り、十五名の名が挙がっておりますが、実際はもっと数が多いでしょう」


「……否定しかねますな、妃殿下」


「先ほど、軍人の方が親エルンチェア派だと聞きました。

 それはその通りだと考えます。


 実際に戦うのは軍人ですもの、命がけで戦場に向かう立場からすれば、エルンチェアの武力を知らないはずはございません。


 戦えば、かなりの被害を被ると、現実的に考えているのだと思いますわ。

 誰でも命は惜しいですから」


 ヴェリスティルテはすまし顔で言い、ゼーヴィスをますます驚かせた。

 ジークシルトは、得意げな表情になっている。


「こういう妻なのだ。

 貴君も気にせず、思うところを存分に述べるがいい」


「なるほど、かねがねお噂には上っておられましたが。

 妃殿下にあらせられては、お噂を遥かに凌ぐ御方におわしますもよう」


「あらま。

 そんなに噂になっておりましたか。

 道理で縁談が来ないはずです」


 また、あははと笑う。


「結婚した以上は、もうどうでも宜しいのですけども。

 気にかかるのは、むしろブレステリスさまの御縁談ですわ。


 同盟の裏付けと申しますか。

 縁組がなされる様子が、この書状からは見受けられません」


「……ええ、確かに」

「王家の縁組は、そのためのものというのが常道です。

 しかし、ブレステリスさまが、グライアスと強く結ばれたいとお考えであれば、縁組に欠かせない組織、つまり典礼庁の大御所が、もっと親グライアス派になっていてもよいはず。


 この名簿には、典礼庁勤めと思われる役人の名が見当たりません。

 大抵、どの国でも典礼庁を取り仕切るのはガニュメア人、もしくはリヴィデ人と相場が決まっておりますのに。


 それらしい名が無いのは、いったいなぜでしょう」


 小首を傾げつつ、重大な指摘をさらりと行うヴェリスティルテだった。

 ゼーヴィスは返事に詰まり、考え込んだ。


 言われてみれば、名簿にはだいたいがレオス人と思しい名前しか載っていない。

 民族には、名づけの傾向というものがあり、例えばレオス人男性なら、必ず二つ名にレオス民族を現す発音が入る。


 ジークシルト・レオダインしかり。

 ゼーヴィス・グランレオンしかり。


 バロート王も、名と姓の間には、レオルタスという二つ名がある。

 一方でガニュメア人には二つ名が無く、名と姓の初めの発音が重なる傾向が見受けられるのだ。


 ジークシルトの懐刀たるラミュネスの名にも二つ名は無い。姓はランドだった。

 そこに注目して名簿を見直せば、なるほど典礼庁に籍を置く役人らしい名が無い。


「グライアスとの御縁談は、何もないのですか」


 ヴぇリスティルテに問われて、ゼーヴィスは我に返り、首を振った。


「妃殿下、謹んでご返答申し上げます。

 今までに、耳にした事は一度もございません」


「それなら典礼庁は今のところ、保守的な考えでいるのでしょう。

 念のため、同庁をよくよく調査するよう、キルーツ閣下にはご進言致したいところです」


「聞いての通りだ、ゼーヴィス。

 しかるべき手を打て」


「かしこまりました、殿下」


 すっかり感心している。


「縁談。

 確かに盲点でした。

 グライアスには王族の婚姻という、閨閥形成の意思が無いのか……」


「冷酷な言いようになりますわ。ご免あそばせ。

 グライアスは、ブレステリスさまとの本気の同盟を考えていない。

 捨て駒扱いする腹積もりなのでは」


「恐れ入り奉ります。

 それがしも、薄々ながら疑っておりました」


「クレスティルテさまご失踪も、あるいはその捨て駒扱いの一環かもしれません」


 不意に、ヴェリスティルテが笑顔をひっこめた。

 夫を振り返る。


「殿下。

 今すぐに、北湖岸の御屋敷をお調べください」

「北湖岸の屋敷、だと。

 パトリアルスの身に何か起きたと言いたいのか」


「はい。

 クレスティルテさまのお身柄が御入用となる、理由について考えました。

 既に閨閥関係は途切れ、人質としての価値はございません。


 しかし、それは国の場合です。

 パトリアルスさま個人の場合は、如何でしょうか」


 一瞬で、ジークシルトは立ち上がっていた。


「ラミュネスを呼べッ。

 可及的速やかに、王太子の居間へ出頭させよ」


 振り返りざま、扉に向かって怒鳴る。

 ゼーヴィスは表情を固くして、ヴェリスティルテを見た。


「まさか」

「わたくしも、考えすぎだと思いたいのですわ。

 ですが、心配です。


 北東が逆襲に出る手段の一つとして――弟君に手を伸ばし、占拠された塁の返還を求めようとしていたら」


 王太子妃は、両手を膝元で強く組んでいた。



 北湖岸のダロムヴェール王爵邸に、パトリアルスの姿がない。

 勤め人と思われる者十数名の遺体が、屋敷の蔵から発見された。

 報告がエルンチェア宮廷に入ったその同日に


「パトリアルス亡命を希望、グライアス宮廷は歓迎する」


 国王親書も届いたのだった。

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