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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第三十一章
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北東の逆襲4

 クレスティルテ・フローレン死す。

 一報がグライアス王の元に届けられた時、さすがの彼も


「何だとぉッ」


 執務机の卓上を両掌で激しく打ち叩き、椅子を蹴倒して立ち上がった。


「王爵どのが、御母堂を刺殺しただとッ」

「は、はい。

 御当人さまがそのように申し出てこられ、従者もクレスティルテさまのご遺骸を確認しております」


「で、王爵どのはッ」


「現在は、ツィンレー剣将閣下が立ち会われ、神殿傍の小部屋にご待機なされておられます。

 陛下に言上仕るよう、申しつけられました」


「ツィンレーが。

 なぜか」


「は。

 その辺りについては、特に承っておりませず」


「……そうか。

 今は、ツィンレーが王爵どののお身柄を預かっているのだな」


「御意にございます。

 なお、王爵どのは陛下へ御面談を賜りたいとの由。


 先刻に使者を遣わしたところ、お取込み中の御様子で、ご遠慮申し上げたとも仰せになられておられます」


 伝令に言われ、そういえば、と思いあたった。

 怒りに任せてツィンレーを呼び出し、怒声を浴びせるのに夢中になっていたが、確か直前に面談を求められていたのだ。


 実母を殺害する、その思惑を事前に話しておこうと考えていたかもしれない。

 王は、個人的な感情を昂らせて、優先すべき事項を間違えたと悟った。


「もはや済んだ事だ」


 ぽつりと言い、意味を察しかねているらしい伝令の、まごついた様子には関心を払わず


「ともあれ、何があったのか、御当人に語って頂かなければ分からぬ。

 ダロムヴェール王爵どのをこれへ。


 衣服を改める必要があるなら、しばしの時間を猶予する。

 左様、王爵どのへ伝えよ」


 指示だけを与えた。



 室内では、ツィンレーとパトリアルスが、立ったまま向かい合っている。


「手間をおかけした。ツィンレーどの」

「まさか、パトリアルス殿下におわしたとは」


 二人とも、それぞれの理由で顔が青ざめていた。

 名乗りを聞いたツィンレーの衝撃と混乱は、ただ事ではなかった。


 西国境の戦場から、北の漁村を守る小塁を経由して、当国に戻ってきたばかりの、しかも怪我人である。


 宮廷内の事情にはとんと疎く、更にはパトリアルス・レオナイトともあろう貴人が滞在しているなどとは、想像外も甚だしかった。


 加えて、その重要人物が、実母を殺害したのだという。

 にわかには信じ難かったが、現に返り血を浴びた生々しい姿が目前にあり、教えられた現場に踏み込んだ際も


「うッ」


 壮絶な光景に絶句した。

 うつぶせに倒れている貴婦人の、既に生命を失ったと分かる姿が視界に入り、部屋中に漂う独特の臭い、天井近くの壁にまで届いている血しぶきの赤が、鼻と目に痛かった。

 扉の内側には、茶を運んできたのだろう従者が、全てを床にばら撒いて、腰を抜かしていた。


「ひっ……ひぃッ」


 がたがた震え、頬を引きつらせて、従者はしゃくりあげるような声を漏らしている。

 とにかく人を呼ばねば。


 使い物になりそうもない従者はさておき、廊下へ走り出て、ありったけの大声をあげた。

 たちまち神殿を守る衛士らが駆け寄ってきて、何事かと室内を見、揃って悲鳴を抑えられず、また硬直したものだった。


 一旦は、現場をこのまま保持するように、そして故人に布をかけて差し上げるように、命じた。


「良いか。

 このままだぞ。


 指示あるまでは、この場所のものは一切動かすな。

 そして、今この場に来た者以外の、追加の立ち入りを厳禁する。

 分かったな」


 厳しく言いつけ、また神殿へ戻って


「まずは、それがしの誘導に御従いください」


 約束通り逃げずにいたパトリアルスを、空き部屋に連れてきたのだった。

 手間をかけたと謝る彼を、距離を取って扉の前に立ちつつ、ツィンレーは見やった。


 とても、このような大胆な事をしでかす風には見えない。

 噂通りの、物静かな学者肌にしか思えないのだ。


 が。

 間違いなく、あの部屋にはクレスティルテの亡骸が残されており、当人は物凄い姿になっている。


「恐れながら、殿下。

 これは一体どういう事なのですか」


 つい説明を求めるツィンレーだった。

 パトリアルスはうっすらと笑い


「事の次第は、陛下の御前にて申し開き致します。

 それと、ツィンレーどの。

 わたしは殿下と敬称される身分ではなく、今は臣籍に降りた爵位号の主です」


「えっ。

 しかしながら、ジークシルト殿下の弟君にあらせられるのは」


「かつては弟でした。

 今は違います」


 ツィンレーにとっては、全く訳が分からない事を言い出した。

 どうしても、事情聴取には応じない、国王陛下の御前で全てを語ると、パトリアルスは頑なで、やむなく伝令を走らせた。


 しばらく無言の対峙が続き、ようやく王の指示が届いた。

 行きがかり上、ツィンレーは国王の居間へ行きたいとはあまり思わなかったのだが、パトリアルスの身柄を抑えた、あるいは彼自らが身を委ねてきたというべきか。


 預かったからには、出頭に付き添わなければならない。

 気まずさを


「この母子に何が起きた」


 真相を知りたい意欲で拭い取り、気を取り直して、案内を始めた。

 まずは、着替えをしなければならない。



 もちろん、国王も同感だった。

 ツィンレーの方はなるべく見ないようにしつつ、衣装を改めたパトリアルスへ


「どうぞ、お楽に」


 声をかけた。

 人払いしようかと少し考えたようだったが、第一発見者は腰を抜かしてしまって動けないうえ、多少なりとも状況を把握できているのは、先ほど怒鳴り散らした臣下しかいない事実から、目をそらせなかったと見える。

 とりあえず、扉の前に立って護衛を務めよと命令し、自分も居間の安楽椅子へ腰を下ろす王だった。


「さて。

 王爵どのにおかれては、随分と思い切ったもようだが。

 何を思われて、御母堂を御手にかけられた」


「謹んで、国王陛下へ申し上げ奉ります」


 パトリアルスは神妙に応じた。

 ツィンレーも、やや身を乗り出していた。耳を澄ませているのかもしれない。


「わたくしは、貴国への亡命を希望致します」

「ぼ、亡命」


「はい。

 エルンチェア王国において、王太子毒殺未遂事件が発生し、首謀者は我が実母クレスティルテ・フローレンでした。


 諸般の事情により、母は生国さがりを言い渡され、わたしは親王号剥奪、新たに姓を与えられ、王都から追放されたのです。


 そこまでは、恐らくご存じかと」

「あ、いや。

 実は、詳しくは知らなんだ」


「左様でございましたか。

 では、そういう事態が発生したと思し召されますよう」


 淡々と語るパトリアルスを、ツィンレーは


(この男……やはり血は争えない。

 ジークシルトどのに、戦場で見たあの炎神の化身のような男に、気質がそっくりだ。


 何が、気弱な学問好きなものか。

 御母堂を弑し、ここまで冷静に振舞える男のいったいどこが、武断王の気に障ったというのだ)


 不思議な気持ちで見つめていた。

 亡命を口にした青年は、相変わらず淡々としている。


「わたしは、冤罪を被ったのです。

 首謀者が帰国して、しかも紛糾中のブレステリスです。


 今更、罪には問えません。

 身代わりとして、わたしが罪を受ける手配になっておりました」


「……ほう、そのような裏事情が」


「はい。

 従いまして、わたしは身を守るため、首謀者を成敗しなければならなかったのです」


「そのうえで、亡命をご希望か」


 グライアス王の表情も、だんだんと色めき立ってきた。

 彼は、目前にいる青年の思惑を、どうやら看破したらしい。


「首謀者を討ち取ったとして、堂々の凱旋を希望するのではなく。

 我がグライアスに、身を寄せたいと。

 なるほど、そういう事か」


「ご理解を賜りましたのなら、幸甚に存じます」


 自分の考えの、少なくとも一部は伝わった。

 そう見たか、パトリアルスも凄みのある微笑を口元に湛えた。

 もし、この場に居合わせる二人が、バロート王の表情を見た事があったなら、確信したであろう。


「この男は、武断王の血を引く男だ」


 と。

 グライアス王は喉を鳴らした。


「確かに、王爵どのは、我がグライアスの為に役立ちたいと、先日お申し出をなされたな。

 亡命のご希望は、しかと了解した。

 本日より、そこもとを、我が臣下として迎えよう」

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