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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第三十一章
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北東の逆襲1

 北方圏においては、この新年が始まって早々に、様々な出来事が起きている。

 北西部では、エルンチェアとヴァルバラスが縁組を行い、リコマンジェが西峠へ突然の出兵を敢行した。


 北東部もまた、変動と無縁ではない。

 国境の戦いに敗れたグライアスは捲土重来を期して、属国リューングレスの献策に応じたのである。

 今、パトリアルス・レオナイトその人が、北東に渦巻く策謀の中心人物と化しつつあった。


「わかった。

 母上にお目もじ申し上げよう」


 日参するシュライジルの説得を、ついにパトリアルスは受け容れた。

 一つの決心を伴って。


「ただし、わたしにも頼み事がある」

「はい、殿下。

 何なりと仰せつけ賜りますよう」


「グライアスの国王陛下にもお目通りを願いあげたい」


 ほとんど表情を動かさず、一息に言い切る。

 シュライジルの方は身じろぎし、すぐには回答しかねる様子だった。


「へ、陛下に、お目通りを」


「特に不思議な話ではないと思う。

 わたしも母上も、貴国の世話になっている。

 御礼の言上もせずに済ませるわけにはいかない」


「……」


「母上に会うように、との御意向は、陛下より差し下されたものだろう。

 その御意に沿い奉る。


 代わりに、お目通りを賜り、しかるべき礼を取らせていただく。

 何もおかしい事は無いのではないか」


「……陛下に申し上げておきます。

 まずは母上の御元へ」


「いや。

 陛下にお目にかかるのが先だ」


 パトリアルスは一歩たりとも譲らない意思を込めて、与えられている貴賓室の居間から出ようとはしなかった。


 シュライジルは王の元へ走り、相談する羽目になった。

 そう聞かされたグライアス王は、さすがに意表をつかれたらしいが、願い出を退ければ話が一歩も先へ進まないと腹を括ったらしく


「よかろう。

 我が居間にご案内して差し上げよ」


 公式の場を避けてなら、面談に応じる構えを見せた。

 パトリアルスも承知して、やっと見慣れぬ王城の廊下を歩き始めたのである。

 互いに


「相手は何を考えているのか」


 判然としない。

 だが、初顔合わせの時は来た。

 パトリアルスが王の私室たる居間に通されたとき、すでに人払いがされていた。


「ようこそ、パトリアルスどの。

 まずはお楽になされよ」


「お初にお目にかかります。

 わたくしは、パトリアルス・レオナイト・ダロムヴェール王爵にございます」


 意外な程の大声で、背筋も伸ばし、彼は自己紹介した。

 特に爵位については心持ち強調しているように聞こえる。

 グライアス王は、笑った。


「何の。

 パトリアルスどのは、エルンチェア王国における第二王子。


 貴国宮廷ではともかくも、名高いバロート王陛下の御実子にあられるからには、爵位の名乗りなど無用と申すものである」


「お言葉ながら、陛下。

 わたくしは、今や親王号も身に帯びておりませぬ。


 単なる王の実子というだけで、身は臣籍に降りております。

 くれぐれも、貴国から見て他国の王子という立場ではない事をお忘れなく」


 きっぱりとした物言いに、王は目をすがめた。


「どうしても、王子として扱われるのはお嫌かな」


「ええ。

 事実として、王子ではございません。

 バロート陛下は我が主君にて、父にあらず」


「……まずは、椅子に腰かけられよ。

 話の続きは、互いに楽な姿勢を取ってからでも間に合おう」


 探るような視線が、パトリアルスに注がれる。

 だが、彼は怖気づいてはいなかった。


(言うべき事は言わねばならない。

 わたしは、その事を怠った。


 父上に威圧され、言葉を失い、それを言い訳にして母上や兄上にすがってばかりだった。

 この物怖じする悪い癖が、現状を産んだに違いない。


 もう怯まない。

 ユピテア大神に誓って、わたしは怯んではならない)


 椅子に座り、国王と相対する。

 初めて見る異国の王は、父バロートと面差しが似ているようでもあり、異なるようでもある。


 顔立ちそのものは別人だが、まとっている雰囲気が似ている。

 パトリアルスはそう感じた。


 この、いかにも武人あがりと思われる強面の権力者に、彼は彼のやり方で「挑む」のだ。


「このたびは、わたくしと母の身上につき、一方ならぬお心遣いを賜り、幸甚に存じます」

「何も気にされる事はない。

 やり方が強引だったのでな、我らはむしろ詫びねばならぬ」


「シュライジルどのから、ある程度の事情は伺いました。

 わたくしも母も、命の瀬戸際にあったとか」


「左様。

 我がグライアスは、ブレステリスと同盟を交わした間柄である。


 現在は少々行き違いが重なり、不本意な事態に陥っているものの、予はブレステリスを今もなお盟友と心得ておる」


「要は、エルンチェアとの戦を続行したいとの思し召しにございましょう」

「ほほう」


「わたくしの身を欲したのは、戦に役立たせるため。

 他には考えられませぬ」


「身も蓋もない」


 グライアス王は薄く笑った。

 目が、ぎらりと光る。


「その通り、と申せば、王爵は如何にされる」

「特に何も」


 パトリアルスも、王をまっすぐ見た。

 予想外の答えだったらしい。すがめられていた目が軽く見開かれた。


「特に何も、とは」


「申した通りにございます。

 どうせ、逃げられはしません。


 放っておけば、いずれは宝玉の盃を賜る事となっておりましたでしょうし、それは母も同じこと。

 ならば、活路を与えられたこの状況に、何の異を唱える事がありましょうか」


「それはつまり、そういう事だと理解して良いのだな、王爵」

「構いません。

 わたくしなりに考え、決心も致しております。

 貴国が考える通り、この身を役立たせましょう」


 パトリアルスは冷静だった。



 会談を済ませたのち、彼はようやく母であるクレスティルテに改めて会った。


「パトリアルスッ」


 涙ながらに、息子の体へ抱きついてきた母を、傷ましげな目で見つつ


「母上。

 御心労をおかけ致しましたこと、重々お詫び申し上げます。


 どうも、御痩せになられた御様子。

 食は進んでおられますか」


「何を口に入れても、味などせなんだ。

 パトリアルス。


 そなたには詫びても詫びきれぬ、悔やんでも悔やみきれぬ非道を致した。

 許してたもれ」


「いえ、母上。

 どうか、ご自分をお責めになられますな。

 全てはわたくしの不徳の致すところ。


 甘えを捨てきれず、父上のお怒りの御真意を探ろうともせず、ただ日を送り続けた報いを受けているまでのことです。


 ともかくも、御身をご大切にあそばされませ。

 何なら、わたくしと軽くお食事を摂られますか」


 パトリアルスは優しく言い、クレスティルテは息子の胸からずり落ちるように膝をかがめた。

 嗚咽が続いている。


 母の心痛が、肌に突き刺さるような思いがして、彼は泣き崩れる姿を直視できなかった。

 近くの従者を呼んで、軽食の用意を言いつけると、うずくまった母親を抱き起こす。


「さあ、母上。

 これからは、わたくしがお側におります。

 どうかお気を確かに」


「真じゃな。

 真に、この母から離れたりはすまいな」


 息子の腕に介添えされて立ち上がったクレスティルテは、狂おしいまでの目つきを露わにし、何度も念を押した。

 パトリアルスも何度も頷いた。


「ええ、母上。

 わたくしは決めたのです。

 母上のお側にて、生涯を全うしようと考えております」


「おお。パトリアルスッ」


「ご安心ください。

 わたくしは、母上と共にあります」


 歓びに沸くクレスティルテの、すっかり細く成り果てた体を支えながら、彼は請け合った。


(そう長い時間では、ありませんが)


 心の中で付け加えつつ。

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