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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第三十章
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群雄起つ4

 自分は起たねばならない。

 パトリアルスの胸中に湧き上がってやまない、不本意にも程があろう予感は、着実に実現化への道を進んでいる。

 実母クレスティルテまでが、祖国の敵対国に連れて来られており、周囲の誰も彼もが


「恐れながら、お考え過ぎにあらせられます」

「我らに二心ありとは心外、ただただ、殿下ならびに御母堂の御不運をお救いまいらせたい、それのみでございます」


「確かに、手荒な真似を致しましたご無礼の段、お咎めを賜ってしかるべしと存じます。

 しかしながら、事は一刻を争う逼迫ぶりにございまして、手段を選んでいられるゆとりはございませんでした。

 何卒ご高配を」


 東の為に利用する、それ以外の目的で、自分たち母子を他国から連れ出すわけがない。そう主張するパトリアルスを日々宥めている。

 しかし、彼は頑強に納得しないのだった。


「有り得ない。

 シュライジルよ、それならば問う。


 なぜ、グライアスでなくてはならなかった。

 特に母上については、どうにも解せない。


 リューングレスに留め置くのでも、結果は大差ないとわたしは思うのだが。

 むしろ、母上のお身柄を大事と心得るならば、リューングレスに匿う方がよほど安全ではないのか。


 我がエルンチェアはグライアスから見て西隣だ、しかも国境が接している。

 一方リューングレスであれば、ブレステリスのほぼ真東隣で、エルンチェアとは国境も接していない。


 万が一、母上の御座所が移ったと知られても、そう簡単に手を出す事など出来ないはずだ。

 何が不都合だったのか」


「お言葉、誠に恐れ入り奉ります」


 居間に呼ばれた早々、詰問に出くわしたシュライジルは、表情こそにこやかだったが、内心では


(やはり、噂に聞くような凡庸な男ではないな。

 当方の目論見について、看破している、あるいは確証が持てないながらも疑いは持っている。

 そう見ておくべきだ)


 もはや誤魔化しきれないかもしれない、と覚悟を始めていた。

 あまりにも拗れてしまったら、それこそ全てが水の泡であろう。


「ときに殿下。

 御母堂との御面談についてですが」


 とりあえず話題を変えようと試みる。

 が、パトリアルスは無言で首を横に振った。


 母の話にも、彼は乗らないのだ。

 話題に出されるのを、かなり露骨に嫌がる上、自ら進んで様子を訊こうともしない。


 徹底して、母と距離を置こうと心がけているように、傍目には見える。

 この警戒心の強さにも、シュライジルと配下一同は手を焼く思いでいた。


 てっきり、クレスティルテが絡めば、たやすく心を開くと考えていたのが、とんだ当て外れというものだった。


 彼女の方はといえば、最愛の息子に会いたがり、ブレステリスでも周囲を困らせたように、やはり何度も取り乱し、これまた扱いが殊の外難しい。


 一度会っているだけに、中途半端な説明は一切受け付けなかった。

 かと言って「パトリアルスが会いたがらない」などと耳打ちしようものなら、奇声を上げて飛び掛かって来かねないのだ。

 母子揃って、つくづくと計算違いを連発させている。


(やむを得ん。

 クレスティルテさまについては、この際は後回しにするしかない。


 何なら、麻酔を御召し頂いてもよかろう。

 まずはパトリアルスどのの件、陛下のご裁断を仰がねば)


 真の主君と考えるアースフルトにも事情を伝えねばならないが、表向きはグライアス王の臣下である以上、パトリアルスの激しい抵抗にどう対処するか。主君に問わねばならない。


「……では、パトリアルス殿下。

 暫時ご猶予を賜りたく。

 臣の一存では、殿下がお望みあそばすご返答を致しかねますゆえ」


 そう言いおいて、賓客室を出てゆく得体の知れないレオス人貴族を見やりながら、エルンチェア王国元親王は


(わたしは、兄上と争わなくてはならないのだな。

 自国の王位ですら起ちたくもなかったのに、よりにもよって、この敵国の手駒に成り下がり、兄上と対峙すべく前線に起たねばならない)

 己の行く末について、思いを致していた。



「ほう、パトリアルスどのが」


 グライアス王にとっても、意外な報告だった。

 苦笑いが浮かんでいる。


「今少し早く、自分の立場をその怜悧さで見抜いてさえおれば、こうならなくとも済んだであろうに。

 皮肉なものだ。

 手遅れとなった今にして、急に父親譲りの頭の冴えを芽吹かせるとは」


「元来は、ご聡明におわしたのやもしれませぬ。

 年長者を立てるレオス人の美徳が、奇しくも御当人の御生涯において足かせとなったかの如き有様」


「なるほど、けだし名言である。

 まあ、そこまで頑なになっておるなら、もう潮時というものだろう。


 あれこれ言い含め、遠回しにでも対エルンチェア作戦に一役買ってもらう積りではあったが、肝心の当人がその手には乗らぬと突っ張っているなら、これ以上は逆効果だ。


 リューングレス側は、事の次第をパトリアルスどのに語らっても了解するのであろうな」


「そのあたりは、先方も自国の立場をわきまえておりましょう。

 陛下のご英断に従わぬはずはございますまい」


 しかつめらしく、シュライジルは請け合った。

 あまり断固と言い切ってしまっては、裏切りが露見しかねない。

 あくまでグライアスの臣下としての見解という形で、重々しく頷く。

 グライアス王は機嫌よく


「ならばよし。

 その方、リューングレス宮廷に予の意向を伝達致せ。

 パトリアルスどのを担ぎ上げ、西に対して巻き返しを図る策、確と進める」


「かしこまりましてございます」


 シュライジルは、もちろん真っ先に違うところへ連絡をいれる。

 そうとはおくびにも出さないで、王の命令を肯った。



 グライアス宮廷で動いていた一連の流れは、街で有力者と懇親会を開いていたアースフルトのもとに届けられた。

 席を外して、周囲には昼食を楽しむよう笑顔で勧め、別室に引き取って書簡を読む。


「ほほう。

 これはまた、面白い展開じゃないかね」


 物騒げに唇を釣り上げた彼は、身柄を確保したパトリアルスの「使い道」について、また新たな選択肢を手に入れた。


 何しろ、エルンチェア王国きっての文芸通、美術に造詣が深いと称されていた、要するに「凡人王子」が、当方の言うことを聞かないという。

 それどころか、自分を傀儡扱いしようとしているなどど、まんざらでもない読みまで見せていると。


「わたしの聞いていた話とは、かなり趣が違うようだね。

 彼は、たいそう母君を敬愛あそばされているという話だったはずだが。


 面会も最初だけ、しかも短時間で切り上げたというのは、少々計算外だった。

 運命に引き裂かれた母子が、感動的な対面を果たしたのち、仲睦まじく再起の道を話し合っている――という期待は、さすがに無理があったとみえる」


 とは言いつつも、アースフルトは別に失望はしていなかった。

 そもそも、そのような期待などしておらず、パトリアルスが思わぬ剛毅さを見せたという計算外の要素は、かえって歓迎できる要素でさえあった。


「だってそうじゃないかね。

 軟弱者をその気にさせるのは骨が折れる。

 少なくとも多少の気概を見せ、頭もそれなりに働く、という方が使いやすいというものだ」


「はい、殿下。

 仰せの通りと存じます」


 臣下も微笑して同意している。


「ある程度の覚悟をお持ちでおられるのなら、殿下の御意向を重んじ奉る可能性も大いにございますれば」

「わたしの意向か。

 先方が、わたしの意向を尊重してくれるかどうかは、はなはだ疑わしいけれども、わたしは尊重は特に望まないね。


 彼の内心など、まったくどうでもよろしい。

 我が東の為、つまりは我がリューングレスの為に、結果として蜂起してくれればそれでよいのさ。


 我が敬愛するグライアス王陛下が、うまいこと彼を乗せてくれればよし、乗せられなかったとしても、それはそれでいい。

 その時は」


 アースフルトは冷たく笑った。


「パトリアルスどのに、東の陛下を弑し奉っていただくまでのこと」

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