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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第三十章
178/248

群雄起つ3

 判断が難しい。

 リューングレスから提案された内容、更には南方圏エテュイエンヌが求めてきた接触、これらの要素は、グライアスをひどく悩ませている。


 属国にあたる北東の小国はまだしも、南とはほとんど交流が無い。

 鎖国主義で知られる南西三国の一翼は、国名にこそ聞き覚えはあれ、その実態となれば、全く誰にも判らないのだった。


「話を聞くべきか、突っぱねるか」


 使者と称する二人の若いレオス人を宮廷に受け入れるという、初歩的な辺りで、まず議論が起きた。

 結論が出るまでに、だが長い時間はかからなかった。

 シルマイト親書が差し出された時、グライアス王の心境は変わった。


「予が直々に話を聞いて遣わす。

 目通りを差し許すゆえ、席を設えよ」


 現状打破と今後の為にも、南方圏の協力は、グライアスには必須なのである。

 船を用いての北方来訪にも、王は関心を寄せた。


 一時はうち捨てて顧みる事も無かった海路に、何らかの光明を見出したのかも知れない。

 何度かの折衝を経て、王は


「同盟相手ヴェールト維持か、それとも新たに握手を求めてきたエテュイエンヌに鞍替えするか」


 決断を迫られる現況を迎えている。

 ついでに、属国からの申し越しもある。

 リューングレス王国では、奇妙な事態になっているというのだ。


「アースフルト親王とな。

 それは誰か」


 最初、王は彼の名に心当たりが無く、周囲から


「王家御三男におわします」

「あまり目立たない御方ではございますが、近頃は国境戦に御親卒をあそばし、今は御名を上げられ、御人望も王家で随一とか」


 教えられて、やっと意識した。

 つまり、国境戦争に派遣されたものの、途中で引き返し、結局は合流を控えた人物ではないか。


 始めは不快を催したが、そこはやはり軍人の出である。

 しばらくして考えを改めた。


「無理を控え、三万の軍勢を温存させた判断は、見事と言えよう。

 なかなかの人物と見える」

「御意にございます。


 そのアースフルト親王殿下は、我が東の為に一策を献じるご用意がお有りとの由」


「ほう。

 詳しく聞こうか」


 シュライジルを経由して奏上された案は、グライアス王を仰天させた。

 何と、エルンチェア第二親王パトリアルス・レオナイトの身柄を抑えるというのだった。


 豪胆な王も、たっぷり絶句した。

 目を瞠り


「何をばかな」


 と口走りかけたのをかろうじてこらえ


「面白い提案ではあるが、問題は実効性だ。

 いったいどうやって、我が方に囲い込むというのか。

 宮廷に忍び込んで拉致でもするのか」


 肩をすくめたものだ。

 話を持ち掛けた臣下は、大真面目だった。


「リューングレスからの一報によれば、パトリアルスどのは現在かの宮廷にいませず」

「な、何」


「ジークシルト殿下を、動機は不明ながら毒殺せんと試み失敗、企み事が露見して宮廷を追放されたとの事」


「待て。

 その話は確かか」


 王には苦い反省がある。

 エルンチェア王子兄弟の、伝え聞く良好な間柄を過信して、無理な策を採った。

 結果として、現在の苦しい立場に追い込まれた。


 そうたやすく飛びつくわけにはいかない。

 話を進める臣下は、リューングレス宮廷との連絡役を拝命している。


 実態は、シュライジルの同志だった。

 こちらも、要はアースフルト親王の意向を受けて行動している。

 何としてでも、主君には話に乗って貰わなければならない。


「は。

 伝えられた先方宮廷の御言葉によりますれば、しかと相違ないとの由。


 ブレステリスには、未だ我がグライアスに心を寄せる者が数多あり、反エルンチェアの一派は自らの進退を賭して事に当たっております。


 その筋よりもたらされた情報では、王后クレスティルテ陛下は帰国を命ぜられ、パトリアルスどのも親王号剥奪の上に王家勘当を申し渡されました」


「何だとっ。

 王太子が戦場にありながら、第二親王を追放しただと。

 ジークシルトどのは、独り身であったな」


「御意。

 ヴァルバラスの王族、ヴェリスティルテ姫と婚約が調った旨はすでに発表されております通り。

 ただし、正式な婚姻には至っておらず、従って世継ぎもなく」


「それでも、パトリアルスどのから親王号を剥奪したというのか」


「ジークシルトどのを毒殺せんと謀った一件、パトリアルスどのは無関係ながら、何らかの理由で責めを負わされたものと思われます。


 帰国を命ぜられた元王后陛下が、恐らくは首謀者だった模様。

 これらの情報は、アースフルト殿下の御采配でリューングレス宮廷が得たものであり、陛下へ謹んで奏上する次第との事」


「なるほど。

 ……アースフルトどのか。

 よくそこまで調べたものだな」


 グライアス王は、低く喉を鳴らした。

 属国の第三親王といえば、ほぼ王座に座る可能性は無い。


 にも関わらず、よほどでなければ入手は極めて困難であろうブレステリスの内情を、かなり深いところまで知っている。

 そのよほどとは、すなわち


「寡聞にして知らなんだ、相当な野心家と見えるわ」


 調査にまつわる強い意志である。

 どのように考えても、野心と無縁の者が知るにはあまりにも詳細だった。


「何にせよ、宮廷を通じて予に伝える姿勢は、忠誠心の表れとして高く評価するものである。

 親王どのには親王どのなりの『深い考え』があると考えられるがな。

 ともかく、よい話を聞いた。

 提案は、さしあたり予の預かりとする」


 グライアス王は、そこで話を打ち切った。

 熟慮が要ると考えたのである。


 だが、アースフルトの行動は早かった。

 その話から十日も経たないうちに


「パトリアルスの身柄を確保した」

 急報が飛び込んできたのだった。



 王も宮廷も、文字通り飛び上がった。


「い、いったいどうやって」


 さらに十日後。

 当人を連れてきたと称するアースフルトの使者へ、王の意を受けた高級軍人が問いただした。


 いかにエルンチェアの王都から近郊へ追放されたとはいえ、リューングレス人がかの地から重要人物を連れ出せるはずがない。


 軍人はそう言いたいのだろうが、使者は落ち着き払って


「パトリアルス殿下は、王族の隠棲地へ御身柄を移されておわしました。

 その地とは、歴代の国王並びに王后陛下が余生をお過ごしになられるお屋敷の一つです。


 つまり、王后陛下にお仕え申し上げた、ブレステリス出身の勤め人とその子孫が暮らしている場でございます」


「ブレステリスの間者が潜んでいた場所という事か」


「ええ、そういう事になります。

 反エルンチェア派は、まだブレステリス宮廷におりますれば、屈強の者を仕込むのも、殿下をお助け参らせるに必要な品を用意するのも、さまで難しくはございません。


 王都ツィールデンなれば、また話は別でしたでしょうが、冬場の隠棲地は豪雪に覆われており、人の行き来も思うままになり難い事情がございました」


「確かに、人の往来が少なく、雪のせいで動きもとりづらいとなれば、自然と警備も緩むか。

 雪が邪魔をして、逃げるのも難しい。

 行き場も無いとなれば」


「仰せの通り。

 ブレステリス生まれの者が多く住む村落であれば、新参が紛れ込んだところで、誰も気にしますまい。

 そこが、いわば付け目。

 我らはブレステリスの反エルンチェア派と協力し合い、少々強引ではございましたが、パトリアルス殿下を幽閉先からお救い参らせたのでございます」


 簡単に経緯を語った。

 当人は、この急展開に対して納得してはおらず、抵抗の意思を込めて断食したり無言を貫いたりと、関係者一同の手を焼かせているという。

 だが


「いずれは御観念あそばされるでしょう。

 クレスティルテさまも、いずれは御当国へおいであそばす手はずです」

「なっ。

 クレスティルテさまが」


「左様です。

 御当人さまに謀っているわけではございませんが、放置しておけば、お命に関わりますのは今や明白ゆえ」


 使者は、意思を無視された者のささやかな抵抗には、やや面倒だと思っている以上には、特別な感想を抱いている様子ではなかった。


 それどころか、エルンチェアの元王后までもグライアスに連れてくると豪語してのけたのだった。

 信じられないという表情で、軍人は使者を見た。


「そんな荒事が出来る程、リューングレスはブレステリスと深く関わっているのか」

「リューングレスではなく、アースフルト殿下が、です。

 国境戦において、無理に戦場へお渡りあそばすをお控えになられ、三万の軍を温存なされた殿下のご慧眼。


 先の先を読まれる殿下におかれては、ブレステリスに利用価値を見いだされたものと拝察致します」


 彼も、熱弁を振るいつつ相手を見つめ返した。

 軍人が知るところではないが、この青年、アースフルトが拠点としたリューングレス最大の穀倉地帯において、主筋の第三親王に目をかけられている若手の一人だった。

 若い主君がいろいろと腐心して、東の雄たるべく起ち上がる機会を狙っている事を理解しており


「準備はしておくものだな

 たとえ無駄になる可能性があったとしても」


 パトリアルスやクレスティルテの身柄を抑える目的を持って行動していた事も、関わってきた身としてよく承知している。

 もちろん、口には出さない。

 主君の野心が


(手始めに、国王陛下の御退場を願うか)


 まずは東に向けられているという事実については。

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