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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十九章
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南央に乱は出づ6

 敵は南方圏中央。

 エテュイエンヌもまた、戦争は避けられないとの見解に傾きつつあった。


 具体的には、シルマイトにとって最も目障りな王家四男が、地方都市クラマイズに滞在していたと判明した辺りからである。


「何だと」


 次の王たる地位に、なりふり構わず噛り付いた程の豪胆な男が、顔色を失った。

 てっきり北へ、すなわちダリアスライスへ向かったとばかり思い、自国内の西部はまるきり意識外だったのだ。

 が。


「どうやら、ロベルティートどのは、クラマイズの薬問屋にいた模様」


 あってはならない事態が発生したという。

 朝餉(あさげ)の儀が終了した直後にもたらされた、その不快極まる報告に接して、さすがのシルマイトも動揺した。


 今は王宮に執務室を与えられ、第一親王として遇されている彼は、机に両拳を打ちつけて、顔を伏せた。

 一報を持ってきた伝令がまごつくのにも構わず、歯ぎしりして


「おのれあの男ッ。

 どこまでおれに祟るつもりだッ」


 鋭く(うめ)いた。

 地方都市クラマイズは、かつては商業の要衝地だったが、今は変化している。


 薬草が採れる林があるせいで、薬学者が集まり、入れ替わるようにして商人が街を出て行った。

 現在は、どちらかといえば学問都市の気風が強くなっており、繁盛しているのは薬屋だけという事情を有している。


 その薬屋の中でも、一番古い大手の問屋。

 この場所にロベルティートが立ち寄ったとの報告は、シルマイトには最悪と言って良かった。


 長兄毒殺にまつわる、決して表には出せない諸々が、そこにはあったのである。

 何らかの情報を掴まれたのか否か。


 この時点で、シルマイトには知りようが無かった。

 机に突っ伏して居られる場合ではない。


 そう思い返すのに、どのくらいの時間が必要だっただろうか。

 すぐに手を打たねば。

 やっと立ち直り、彼は身を起こした。


「シャウドルトを呼べ、今すぐっ」


 立ち尽くしていた伝令を怒鳴りつける。

 秘密は漏れたと見るべきだ。

 彼は


(何がなんでも、ロベルティートを抹殺しなければならん。

 くそっ、おれとした事が。


 どうして油断した。

 やつがクラマイズに向かう可能性を、全く考えなかったとは、一生の不覚だ)


 拳を握りしめたまま、少なからず後悔していた。

 裸馬の刑に処し、名誉を根こそぎ奪った段階で満足するべきだった、と。



 悪いばかりが報告というわけではなく、シルマイトに好ましい内容も、西から寄せられた。

 南西三国を形作る西翼ラフレシュアが、同盟たるサナーギュアを通じて、ダリアスライス対策への協力を求めて来たのだった。


「その申し出は()し。

 むろん、長年の友好関係に照らし、我がエテュイエンヌが要請を無碍にするべき理由など、かけらもない。

 喜んで合力させて頂こう」


「さすがはシルマイト殿下。

 ありがたき御高配を賜り、感謝の念に堪えませぬ」


「水臭い事を申されるな、使者どの。

 南西三国の堅い契り、わたしは一時たりとも忘れてはおらぬ。


 我らは他国と一線を画し、中央に深入りすべからずとの古来より申し送られて参った原則に、忠実に従って来た間柄ではないか。


 現ラフレシュアの宮廷方針を、わたしは断固として支持する。

 南方圏を欲しいままに振り回すダリアスライスを、共に躾し直そうぞ」


 饒舌に、ラフレシュアが喜びそうな応答を口にする。

 もちろん読みは当たり、西翼の同盟国使者は、大いに同感したものだった。


 シルマイトの思案は、高速で回転している。

 ダリアスライス国境付近で発生した、ラフレシュアとの武力衝突事件。

 これを利用するしかない、と。


(王太子殺害だの何だのは、あくまでもエテュイエンヌ国内の話だ。


 それに比べて、国境の衝突は公有地で起きた歴然たる国家間の紛争であって、明らかにラフレシュアへの内政干渉にあたる。


 理は当方にある。


 ダリアスライスが、今更になって王太子殺害云々を騒ぎ立てようが、ラフレシュア国権を不当に犯した事実とは相殺にならんのだ。


 サナーギュアもこちらに同調するだろう。

 ヴェールトを戦争に引き込めるかは、やや判断が難しいが、少なくともダリアスライス側にはつくまい。

 今はそれで(りょう)とするか)


 ロベルティート追放時に、最後の兄を苦しませたい一心から、敢えて草原を彷徨わせようと図った。

 その結果、とどめを刺し損なった。


 逃してしまった痛恨から、シルマイトは学んだと見える。

 立ち直りは迅速だった。



 一方でヴェールト。

 ゲルトマ峠における山岳民の討伐は、どうやら北方圏リコマンジェに主導権を握られたらしいと判明し、これまた難しい状況になっている。


「峠の南方側は、我が領地につき、北方の手出しは無用に願う」


 そう言いたいのだったが、そもそも峠にたどり着けない。

 カプルス盗賊団は麓にまで姿を見せ、守備隊が出動すると素早く逃げ散ってしまい、部隊が押し出せば投石を行って執拗に挑発してくる。


 もはや軍隊を出す以外に制圧の道は無いという認識が、宮廷内部に広がっていた。

 このような状態では、エテュイエンヌが考えるダリアスライス包囲網に参加するのは、自国保有武力を分散させる。

 兵法が説くところの


「軍隊は分割してはならない」


 禁忌に触れてしまうのだ。

 従って、シルマイトが踏んだ通り、積極策には甚だ出づらい。


 更に、南限の港でエテュイエンヌ軍が動いたとの報に接し、困惑していた。

 それというのも


「ダリアスライス人を探し出せ」


 との命を下したのが、彼らヴェールトだったからである。

 事の起こりは、彼らと秘密の握手を交わした故バースエルム兄弟に連なる青年が、故郷で流刑に遭い、悪待遇に耐えかねて


「保護して欲しい」


 と申し出てきたところにある。

 だが、ヴェールト宮廷は渋った。


 陰謀が露見して処分されたバースエルム一族に、この期に及んで関わる、まして保護するなど、あまりに危険としか思えなかったのだ。


「我らに関わりなし」


 冷淡な返答をした。

 青年はひどく憤慨し、また自らの保身を気にかけたとみえて


「ならばもう良い。

 南はあてにならぬとよくよく判った」


 捨て台詞を残し、王都を立ち去ったのである。

 南があてにならないなら、残りは北へ行く以外にない。

 ヴェールトが領地する二つの峠は、西は紛争、東は降雪、それぞれの影響からどちらも使えない。


「船で北へ渡る所存か」


 そう見た宮廷は、地理上の理由から、彼が南限の港に足を運んだものと仮定して、極秘に連れ戻す旨を内務卿へ指令したのだった。


 そこで、手違いが生じた。


 ダリアスライス人を、ヴェールト宮廷が表立って捜索し、宮廷へ連れ戻す事へ少なくない懸念を抱いた内務卿は、都市守備隊ではなく、アーリュス人傭兵を使ったのである。


 確かに、ヴェールトが国家として動いていると他国に知られるのは、特にダリアスライスをひどく刺激するに違いなく、傭兵を使わざるを得なかった側面はある。


 ところが、命令がどこでどのように変化したのか、いつのまにやら港を騒がせる事態に発展し、ツェノラやエテュイエンヌの介入を招いてしまっている。


「ツェノラはともかく、エテュイエンヌがどうして首を突っ込むのだ」

「彼らには何の関係も無いはず、いったい何事だ」


 困惑している最中に、そのエテュイエンヌからダリアスライス包囲網への参加を打診されたとしても、応じかねるのは無理からぬところと言えよう。


 現在ヴェールトは、多発している国際問題の解決にあたって、優先順位をつけなければならず、彼らの目に映る世界においての最優先は


「峠だ。

 ゲルトマ峠問題を春までに解決せねばならん。


 タンバー峠は雪で封鎖されただけゆえ、対処は通常と変わらぬ。

 だが、ゲルトマ峠はそうはいかん」


 峠の通行にまつわる利権が、当国の国力を多大に支えている。


 北方圏に対して強い影響力を持つのも、ザーヌ大連峰に分断されて、東西に一つずつある峠を使わなければ、南北貿易が円滑にならないという、この交通要衝を抑えているからに他ならない。


 従って、西峠に跋扈する山岳民討伐が順位として一位になるべきなのだった。

 シルマイトの戦略に、必ずしも与しないヴェールトの国家判断は、南方圏中央から上がりつつある戦火をどう左右するのか。


 今はまだ、当事者であっても定かではない。

 ただ決まっているのは、乱は必ず起きる。

 その気配だった。

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