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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十九章
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南央に乱は出づ5

 国境塁は、すっかり様変わりしている。

 内部には重要人物が逗留しており、外にも遊牧民の天幕群が展開して、まことに騒々しい。

 三日ほど前に現れたエテュイエンヌの元王位継承権利者と、その従者が


「イローペ人を国境内に入れてもらいたい。

 護衛までは必要無い、だが公有地に放置するのは危険だ」


 強く申し入れ、緊急措置を認めさせたのである。

 族長カムオ、ロベルティート付き侍女アンクを除いた部族一同が、塁周辺に腰を据えている。


 塁内に宿泊を許されたカムオは、客室を与えられ、アンクは激しい抵抗の末に、ロベルティートの病室を兼ねる貴賓室へ居着いた。

 意識を取り戻した王子が


「アンクが居てくれると安心するよ」


 そう言ったので、誰も彼女を追い出せなかった。

 寝台の下にうずくまるイローペ少女と、弱々しい声音で会話を交わすだけの日々は、しかし、急に終わった。


「殿下。

 ダリアスライスから、使者が遣わされて参りました」


 オタールスが告げたところによれば、ダディストリガと名乗る若い武人が、面会を求めているという。

 ロベルティートには、聞き覚えがあった。

 恃みのランスフリートが語っていた、一歳年長の従兄ではないか。


「お通り頂くように」


 言葉は短いが、心中に渦巻く思いは別だった。

 ロベルティートは、()()()()()、ようやく一息つける心境になれた。


(ティエトマール家の次期総帥が会いに来たのなら、いきなり殺されはしないな。

 エテュイエンヌへ追い返される心配も無用だろう)


 それなら、ダディストリガ程の要人が、直々に国境まで足を運んで来るはずはない。

 処刑なり追放なり、命令書の一枚で用は足りるのだ。


 少なくとも、当方の話を聞きたい。

 利用価値を見出す限りは、身柄の保護も視野に入れる。


(考えとしては、こんなところだろう。

 問題は、おれにその価値があると、先方に信じさせる事が出来るか否か。


 ……まあ『右目を失った甲斐』はあったんだ。

 価値が無いとは、言わせないさ)


 寝台に上体を起こして、ロベルティートは使者の入室を待った。

 程なく、彼は現れた。


「わたしの従兄は堅物ですよ。

 信頼は群を抜いて置けます。

 ただ、扱いが難しい」


 ランスフリートが笑いながら従兄について話した時の事が、思い起こされる。


「なるほど」


 つい声に出した程に、言葉の通りの印象だった。

 ダディストリガは、軽く目を瞬かせた。


「……お初に御意を得ます、ロベルティート殿下」


 独白は、聞き流す事にしたらしい。


「それがしは、ティエトマール剣将ダディストリガ・バリアレオンと申します。

 この度の御横難、衷心よりお見舞い申し上げます」


「役目大儀に存ずる。

 見苦しい姿を晒している、許されたい」


 敢えて、と言うべきだろう。

 ロベルティートは人好きする微笑を控え、口調にも王族らしい威厳を滲ませている。


 ダディストリガは、先程とは色合いが異なる驚きの表情を浮かべた。

 従弟を筆頭に、関係各位から聞いていたエテュイエンヌ第四王子の印象と、目の前の人物が、重なりづらい様子である。


 もっとも、戸惑いは短い時間の事で、彼の気性からすれば、王子が王子らしく振る舞う当然の姿は、落ち着くものだった。

 話しやすいと思ったのだろう、姿勢が鋭く改まった。



 ロベルティート・ダリアレオン来たる。

 王城にその一報が届いたのは、昼を少し過ぎたあたりだった。


 負傷しているとの情報から、城に外国要人を迎える際に使われる迎賓の間で、宮廷付きの医師らが待機し、通常の歓迎式典は全て省略された。

 ランスフリートが面会に漕ぎ着けたのは、夕方だった。


「ロベルティートどの。

 お久しくございます」


 室内に招じ入れられ、凄惨な姿に成り果てた王子を見て、ランスフリートはそっと拳を握り締めた。

 寝台の背に上半身を預けた姿勢の盟友は、不揃いなざんばらの頭髪に、頬もこけ、顎の線も記憶よりくっきりしていて、いかにも怪我人じみていた。


 何よりも右目に巻きつけられた包帯が痛々しい。

 ダディストリガから聞かされた事情によれば、赤毛の盗賊に襲われて、矢を受けたというのだ。


 よく命があったものだと、心から思う彼だった。

 視線に気づいたのだろう。


 ロベルティートは、肉付きの薄くなった右手をよろよろと持ち上げ、包帯をさすりつつ、静かに微笑した。


「さぞお見苦しいでしょう、ランスフリートどの。

 不甲斐ない我が身を恥じる次第です」


「何を言われる。

 ご存命、心から喜ばしく存じております。

 よくお越しくださいました」


 ランスフリートは思わず寝台に駆け寄っていた。

 膝をかがめて両腕を伸ばし、ロベルティートの左手をとって、押し包むように握手する。

 その力の入り具合が、ロベルティートに


(良かった、命を賭けただけの事はあった)


 賭けの勝利を確信させた。


「早速ながら、大切な用事を済ませましょう」

「お体のご様子は。

 あまり無理をなさるのは如何かと思いますが」


「だからこそですよ。


 ダリアスライスを目指した一番肝心の理由を、話せもしないで寝込んでしまっては、何のために来たのか判らなくなります。


 わたしの意識が鮮明なうちに、あなたへ託しておきたい」


 口調こそ冗談めかしてはいたが、内心では自分の寿命について楽観してはいなかったのだろう。

 ランスフリートは察して、小さく頷いた。


「お伺いしましょう」


「これからお話しする内容には、書面の裏付けがあります。

 詳しくは、我が臣下オタールスに預けた書類をご覧あれ。

 愚弟がしでかした悪事の記録です」


 ロベルティートは笑わずに言った。



「確かに、我が主人よりお預かり致しました」


 ダディストリガに面談を求められたオタールスは、木製の文箱を荷物から取り出してきた。


「中に収められておりますのは、我がエテュイエンヌの地方都市クラマイズにて入手したもの。

 古くからある大店の薬問屋が、シルマイト一味に鉱毒を都合した旨が記録された、取引台帳でございます」


「取引台帳。

 写しですか」


「いえ、原本です」

「それは、大変に興味深い」


 普段は表情を変えない剣将も、興奮を隠しきれない様子だった。

 無理もない。


 エテュイエンヌ王太子の毒殺事件は、ダリアスライスにとっても重大な影響を与えた。

 第二王子が事件にまつわる主犯として、更には第三王子までが、自裁を余儀なくされている。


 両名には、既に宝玉の杯と称する実態は毒酒が差し下されており、同じ日に他界したとの報も入っていたのだった。


 だが。

 実際はシルマイトの企図するところだという。


 証拠が発見されたのであれば、ダリアスライスも無関係ではない以上、関心を寄せずにはいられない。

 ダディストリガは書類を手に取り、まず冒頭へ目を通して


「ほう」


 声を上げた。

 エテュイエンヌ宮廷が崩壊の危機に面している、王家はシルマイトの手によって分断され、ダリアスライスが望まない方向へと外交の舵を切った。


 明記されていた。

 かいつまんだ事情が続き、二枚目の書類は、問題の台帳だった。

 劇性鉱毒の購入希望について、詳細が記されている。


「買い求めたのは、シャウドルトという名の男か。

 オタールスどの、この者を御存知か」

「はい。

 第五王子の元傅役にして、現在は執事を務める者です。

 要するに、シルマイトの手駒とお考えくだされば宜しいかと」


 オタールスは、どうあっても現在のエテュイエンヌ指導者を自らの主人とは認めない積りであるようだった。


 手厳しく呼び捨てたものだ。

 ダディストリガの意識はそこには向かず、シャウドルトなる者がシルマイトの意を受けて動く人物だという方へ注がれた。


「この男が劇性鉱毒を買い求めた事が、すなわちシルマイト殿下の御意向という証拠になるわけですな」


「左様です、閣下。

 シャウドルトは、シルマイトに忠実です。

 我がエテュイエンヌ宮廷に、それを知らぬ者はおりますまい」


「ふむ。

 確かに、医師や薬師が学問のために買い求めるのであればまだしも、親王号を身に帯びる御方が劇性鉱毒を欲する正当な理由など無い。


 念のために伺いますが、シルマイト殿下が医学なり薬学なりにご関心をお持ちという事は」


「ございません」


 問いが終わるか否かというあたりで、オタールスは、まことにきっぱりと断言した。

 王太子毒殺の真犯人は、シルマイト・レオンドールなり。

 ダリアスライスがこの結論に達するのに、夜まで待つ必要は無かった。


「宣戦布告のめどがついたな」


 ランスフリートは目を細めた。

 彼は決心していた。

 エテュイエンヌを始めとする南西部との開戦を。

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