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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十九章
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南央に乱は出づ4

「エテュイエンヌは、かなり強気にでたな」


 南限の港で起きた事件は、ツェノラを通じてダリアスライスにも報じられている。

 ダディストリガは、軍の出動を意識していた。

 先方の真意が分からない。


 頼みのロベルティートは、消息不明のままであり、仮に連絡が可能だとしても、実権を掌握したであろう弟のシルマイトを掣肘できる立場でないに違いなかった。

 ランスフリートも、既にエテュイエンヌは盟友にあらずと覚悟したとみえ


「この際はやむを得ない。

 場合によっては、戦いも有り得る」


 引かないとの態度を明確にしていた。

 南限の港は、どの国にも所属していない。

 強いて関わりが深いというならツェノラであり、その彼らは


「港を荒されては黙っていられない。

 水揚げされる魚介類は、我が国にとって生命線である。


 ヴェールトならばまだ分かるが、これまで港と何の関わりも持たなかったエテュイエンヌが突然入り込んでの勝手気まま、黙認しては後日のためにならん」


 たいそう鼻息が荒い。

 臣下を経由して、話を聞いたランスフリートは、ダディストリガに


「ツェノラの主張にも一理ある。

 ヴェールトのみならず、エテュイエンヌまでが、ツェノラを差し置いて港を自分の都合通りに扱おうと画策するのは、黙認出来る話ではないだろう」


「では、我がダリアスライスは問題に介入を」


「無視はしかねる。

 我らの基本戦略である、対ヴェールト包囲網は、いずれ起こるであろう北との対決への備えでもあるはず。


 今、エテュイエンヌが我らの構想から外れた。

 すなわち、南方圏南部地方が丸ごと敵に回ったに等しい状況と考えるべきだ。


 ツェノラ、ラインテリアの北部地方まで失えば、それでなくとも孤立しがちな我がダリアスライスは、ますます身動きが取れなくなりかねない。


 ゆえに、ツェノラが望むなら、あるいは望むように工夫してでも、彼らの問題に寄り添って、強い絆の存在を周知させる考えだ」


 きっぱり言った。

 ダディストリガも首肯した。

 彼の考えに一致していたのだった。


「殿下の御意に心からご賛同申し上げます。

 ただちに閣議を招集し、陛下の御裁断を賜るよう、手配致しましょう」

「そうしてくれ」


 形式上は、当代国王であるランスフリートの父から命令を受けなければならない。

 さらに言えば、ダリアスライスの国法として、閣議決定も省略不可だった。

 立ち上がる従兄を見送りながら、ランスフリートは


「このような場合は、かのエルンチェアの方が、仕組みとしては秀逸だな。

 一刻を争う事態でも、会議を要するのは」


 何とももどかしいと思わざるを得ない。

 だが。


 その手間が、ダリアスライスの状況に思わぬ流れを呼び込んだのである。

 いわく


「ランスフリートってお偉いさんに会わせてくれ。

 知り合いだ。

 イローペのカムオが、大事な話を持って訪ねて来た。

 そう伝えてくれりゃあ、あちらさんは必ず分かる」


 南国境に、遊牧民と軍人貴族の二人連れが、現れたのだった。



 国境を守る防兵塁では、役目につく一同がことごとく仰天していた。

 レオス人が、イローペ人と肩を並べて塁門前に立っている。


 それだけでも前代未聞なのに、口上を述べたのが遊牧民の方だったのだ。

 栗色の髪の若い門衛は大いに驚き、思わずといった体で


「あの、これはいったいどういう」


 沈黙して控えていた軍人へ問い合わせていた。

 カムオは不愉快そうに太い眉を寄せた。


「話してるのはおれだろうが」


「致し方あるまい。

 詳しい説明はおぬしに任せるが、とりあえず、今この場では、わたしが話を引き取ろう。


 門衛、よく聞け。

 わたしは、ワルシュコン・レオガイト・オタールス。

 エテュイエンヌ王国第六師団に所属している」


 軍人貴族、つまりオタールスが声を張り上げると、周囲は騒然となった。

 ダリアスライス宮廷中枢で何が起きているのか、国境の塁にはほぼ伝わっていなかったが、エテュイエンヌ王国の政変は、さすがに知られていたらしい。


「我が主人(あるじ)ロベルティート殿下の御下命により、これなるイローペの棟梁を召し連れて参上した次第。

 ただちに塁の司令官閣下へ取り次げ」


 高圧的な物言いに、門を守る下級兵士らは恐れ入り、あたふたと散って行った。

 その様子を眺めたカムオは


「なるほど。

 あんたが一緒に来るって言い張って、一歩も引かなかったのは、こういうわけか。

 確かに、話は早いわな」


 かつて、ランスフリートに頼まれてイルビウクという地方都市を訪れた際、なかなか話が通らず、苛立たされた記憶を、苦々しく思い出したとみえる。


 オタールスは、身体のあちこちに包帯を巻き、額には膏薬を貼り付けた壮絶な姿で、それでも背筋を伸ばし、軍人らしく振る舞っている。

 カムオを見ないで


「草原であれば、遊牧の民が優位に立つを認めるのも(やぶさ)かでないが、我がレオスの民が支配する世界では、そうはいかん。

 殿下の御身にまつわる重大事だ、大人しくしておれ」


 声を低め、指示してきた。

 イローペ人としては、率直に言って愉快ではないのだが、しかしレオス人が最上位とされる場では、無闇に出張るべきではないのも確かである。


 ほんの僅かの会話が終わり切らないうちに、塁門がたいへん素早く開かれた。

 兵士らが左右に整列し、レオス人ではないながら一隊の指揮官と思わしい壮年男性が中央に立っていた。


「お待たせ申し上げました」

「たいして待ってないぜ」


 カムオがぼそりと言った。

 オタールスは聞こえないふりをして、指揮官に軽く目礼した。


 とはいえ、心底から尊大な態度をとっているわけではない。

 ダリアスライスがどのように彼らを遇するか、まだ判らないのだ。


 先方がいくら礼儀正しく振舞ったとしても、命令一つで迅速に豹変する。

 その事は、オタールスには身に染みている事実だった。

 渾身の努力で緊張を隠し、表向きは胸を張って


「我が主人(あるじ)ロベルティート・ダリアレオン殿下より、貴国の将来にまつわる極めて重大な伝言を携えて参りました。

 披露の場をお借り致したい」


 勝負に出た。

 ダリアスライスは、どのように反応するか。



 未明。

 まだ星明りが空を覆う時刻、東刻の一課である。


 円冠王都の目抜き通り、貴族街から王家居城へと伸びる目抜き通りを、一頭の馬が駆け抜けて行く。

 石畳を叩く蹄の音が、静まり返った都市に響いた。

 騎手は何度も鞭を振るい、馬を激しく追う。


「開門ッ」


 王城正面の脇門にむけて、怒声が張り上げられた。

 門衛が二人、大慌てで飛び出して来る。


「ティエトマール剣将閣下っ」

「開門だ、急げっ」


 命じたのはダディストリガだった。

 ただちに門が開かれ、彼は鞍つぼから跳ね飛んだ。


「ランスフリート殿下に御目通りを請う」

「えっ。

 しかしこのお時間では、殿下はまだ御寝あそばさ」


「急げと申しておる。

 今すぐ、殿下に奏上仕るべき重大事の発生であるッ」


 血相を変えている若い武人の勢いに逆らえる下級兵士など、いるわけがない。

 慌ただしく伝令が走り回り、典礼庁の役人も飛んできた。


 そして、王子の私室にも連絡役が訪れた。

 文字通りたたき起こされたランスフリートだったが、すぐに目を覚まし、着替えを省略して


「わたしの居間に通せ。

 ティエトマール剣将がそれ程に急ぐというのなら、余程の緊急事態だろう」


 寝間着に軽い上着をはおっただけの恰好で、寝室を飛び出した。

 馬が目抜き通りを駆けてから、ものの一刻もたたないうちに、従兄弟は顔を合わせていた。


「何事だ、剣将」

「ロベルティートどのの御消息が知れました」


 ダディストリガも、もったいはつけない。

 ランスフリートは息をのんだ。


「何だとっ。

 ロベルティートどのが、して御無事か」


「御無事とは称し難い模様ながら、まずは生きておられます。

 現在は、我がダリアスライスの南国境を守る塁にて、当方の軍が御身を安んじ奉りました」


「そうか……何はともあれ、御存命か。

 祝着。

 御無事とは称し難いというのが気にかかるが、どうかしたのか」


「先程、拙宅に到着しました急便によりますれば、かの御方は右の御目を失われたとの由」

「失われた、とは」


「そのままの意にございます、殿下。

 事情は未だ不明ながら、現在のロベルティートどのは隻眼におわすと」


「ロベルティートどのが、隻眼に。

 いったい何があった」


 ランスフリートはぼう然として呟いた。


「……話を聞かねばならないだろうな」

「御意。

 ぜひ、殿下に御目通りを願うとの申し越しにございます。


 レオス人の武官何某に、なぜかイローペ人が同行しているとも、伝えられております。

 その者が、殿下の知己を得ているゆえ、必ずそのように伝言せよと強く主張し、武官も同調したとか」


 従兄は、レオス人武官はともかく、イローペ人の件についてはひどく不可解げな顔つきで語った。

 その瞬間、ランスフリートは表情を明るくした。


「カムオか。

 カムオだなっ」

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