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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十八章
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南方炎上5

 閨閥の持つ影響力は、なかなかどうして、侮れるものではない。

 シルマイトからの通報は、ラフレシュア保守派にとって、重大な内容だった。

 折しも


「ご、五名も。

 我が方の人的損失は、五名にも達したのか」


 革新派の残党狩りに出動させた捕縛役の、思いも寄らない戦死報告が持ち帰られている。

 更に問題視すべきは、戦場が公有地だった点にある。


「ダリアスライス軍は、自国領土を逸脱し、我が方の内紛に余計な手出しを致しました。

 我らがダリアスライス領を侵犯した結果であればいざ知らず、事はどの国にも属さない草原で発生したのです。

 誓って、我が方はダリアスライス領土に一歩も踏み入ってはおりません」


「国境外で起きた事件に、故無く介入するとは、我がラフレシュアの権限を犯したも同然。

 五名もの損失は、あげてダリアスライスに責任有りと考えます」


 戻って来た捕吏の説明は、ラフレシュア首脳陣には正論に聞こえた。

 確かに、主権への不当介入と称するに足ると思われた。


 シルマイトの連絡は、当国宮廷にはたいそう頼もしかったのだった。

 すぐに、外務関係者がエテュイエンヌ王国へ差し向けられた。

 事件発生から、十日ばかり後には、外交官はシルマイトへの目通りを許されていた。


「されば、殿下にあらせられては、我がラフレシュアにご加担を賜る思召しと」


「申すまでもあるまい。

 我がエテュイエンヌは、南西三国の東に連なる、歴とした貴国の同盟国家である。


 まして、如何様に考えても、本案件がダリアスライスの不当なる軍事介入事件たるは明白。

 我がエテュイエンヌとしては、例え貴国が我が同盟にして親戚筋にあたる国では無かったとしても、捨て置くわけにはゆくまい」


 しかつめらしく語る南西の梟雄だった。


「ラフレシュアは、断固たる態度でダリアスライスの暴挙に臨むべし。

 ここで弱腰になれば、かの国がますますもって図に乗るは必定であろう」


「仰せの通り」


「わたしは、正義に照らして万事を決する主義である。

 他国の正当なる権利を侵犯したダリアスライスを、許し置くは到底あたわず」


 たいそうな真顔で言い切った。

 他はともかく、自らの正当性を認められたラフレシュア役人にとっては、ありがたい言葉だっただろう。


 さらに、シルマイトは、先に外交官を下がらせた。


 謁見においては、主がまず退席するのが作法なのだが、例外として謁見相手に敬意、あるいは親愛を示す場合は逆になる。


 見送りの礼を受けた彼は、さぞ足取りが軽かった事だろう。


「これでよい。

 ラフレシュアは、我がエテュイエンヌが自陣営についたと考えるだろう」


 仕事を終えたシルマイトも満足している。

 無口すぎる執事だけではなく、今や腹心も周囲に集めた彼は、着々とある準備を進めていた。

 甚だ好ましい進捗状況と言えた。


「ダリアスライスめ、南西三国の事情に進んで首をつっこむとは。

 かねて西に乱ありと称される如く、ラフレシュアはとかく血の気が多い。


 そのうえ、事の発端は保守派と革新派の勢力争いだ。

 保守派が宮廷を握ったからには、外国の理屈をそうそう聞き分けるはずがない。

 ラフレシュアは、内紛を鎮めるためにも、外に目を向ける」


「その余裕が、彼らにございましょうか」


「まだ余力は残っている。


 敵陣営とはいえ、身分が低い残党如きにわざわざ捕縛役を差し向ける程だ、心情にゆとりが無かろうとも、武力自体は活きていると見るべきだろう。


 内側が揉めている時、外敵の存在を強調して、全体の足並みを揃えさせるのは、昔からの定法だ。

 むしろ、国内をまとめるための敵役を、よくぞ引き受けてくれたと感謝したいところだろうて」


「して、我がエテュイエンヌはいかに動きますか、殿下」


「直接の武力援助は、まだ時期尚早だな。

 ラフレシュアが頭を下げてきてからでも遅くは無い。


 今は、同盟たるサナーギュアを語らって、南西三国らしく結束する。

 我らが抑えるのは、ダリアスライスの背後だ。

 我がエテュイエンヌに望ましいよう、南方圏の勢力図を書き換える」


「それでは、サナーギュアの姫を早めに輿入れさせましょう」


 腹心の提案に、シルマイトは大きく頷いた。


「そうして貰おうか。

 わたしが掴んだ情報によれば、ダリアスライスはラインテリアとの縁組を内定させたという。


 勢力を固めるのに、閨閥を利用するのは初歩の初歩と言える。

 あちらでも、急いで縁固めするよう、手を打っているに相違ないのだ。

 我が方も後れをとるな」


 彼が胸中に宿す南方の姿は、南西三国にヴェールトを加えた連合軍の姿だった。

 対するのは、ダリアスライス、ラインテリア、貧国ことツェノラ。


 これまでは北方に比べて混沌としていた南方圏も、少しずつその形を変容させつつある。

 ただしくは、シルマイトの手によって、南西対北東の構図に作り替えられている、その最中なのだった。


(おれは、ダリアスライスと手を結ぶ気には生涯なれん。

 このおれではなく、ロベルティートを評価した国になど、誰が誼みを求めるものか。


 おれの膝下にねじ伏せてやる。

 ダリアスライスは、未来永劫にわたって、我がエテュイエンヌの配下となるのだ。


 元々は、帝国時代に逆賊が押し込められた領土というより、牢獄の国だ。

 逆賊の結末に最もふさわしいではないか)

 


 南西三国も、大陸統一時代だった帝国においては、必ずしも皇帝の覚えめでたい優良な臣下領というわけではなかった。


 中央と一線を引いて、なるべく関らないように心がけてきたのだ。

 それでも、派手に反逆を企てた事は過去に一度も無い。


 最後まで抵抗を諦めず、時の皇帝一族が成した大陸統一に異を唱え続けたダリアスライスは、歴然とした敵手であって、帝国崩壊から三百年近い歳月が流れた今もなお、反帝室の志を捨てていないと見做されている。


 エテュイエンヌが、そのダリアスライスを従える。

 統一時代でも帝国が成しえなかった快挙を達成する。

 シルマイトには、悪くは思えない。


(旧帝国を、このシルマイトが超越するのだ。

 見ているがいい。

 大陸における当代の勝者は、このおれだ)


 彼は、腹心らを見据えて薄く笑った。



 ラフレシュア首脳部は、シルマイトの見立て通りに動いた。

 公有地で、自国の役人が五名も命を落とした。

 公務執行中の出来事であり、相手国たるダリアスライス領土内ではない場所での衝突事件である。


「シルマイト殿下が仰せの通り、我らに落ち度はない」

「我が国の権限をゆえなく犯したダリアスライスを許すべからず」


 首脳部には、軍人が多い。

 城の内部制圧に踏み切った彼らにすれば、今更の武力行使を遠慮する理由など、どこにも見たらなかった。


 外敵の出現をきっかけとして、内紛を収める見込みならついたのだ。

 俄然、ダリアスライス討伐を叫ぶ機運が高まった。


「今は内側で揉めておる場合ではない。

 外敵が現れたのだ。

 ひとまずは、ダリアスライス対策が先決」


「確かに。

 当方の役人が五名も殉職しておる。

 今は国内問題よりも、対外問題である」


 話は、あっというまに広がった。

 しかも、元の話とは似ても似つかぬ噂が飛び交う。

 風聞が下町に届く頃には


「ダリアスライスがラフレシュア人を、理由も無く惨殺した。

 被害者は十名を超えるという」


「いや、二十名だというぞ」


「何でも、国境侵犯の疑いを一方的にかけて、碌に審議もせず、その場で切り殺したそうな」

「いやいや、喧嘩が原因だったらしい」


 収拾がつかない大騒ぎに育ってしまっていた。

 シルマイトの息がかかった者が、裏にいる。

 彼らは


「ラフレシュアの民衆に、ダリアスライスへの対抗心を植え付けよ。

 怒りを煽って、討伐を求めさせるのだ」


 密命を拝していた。

 南央の大国へ、民衆が憎悪を向け始めたと知ったラフレシュア首脳陣には、内乱を終息させる絶好の機会到来に思えただろう。


「その通り。

 ダリアスライスの暴虐を許してはならない。


 さしたる理由も無く、我が国の役人を手打ちにするなど言語道断である。

 あるいは、我が南西三国に従属を迫る算段やもしれぬ。


 今は、敵の襲来に備えよ。

 戦って、きゃつらを追い払え」


 身分の上下を問わず激しやすい国民性は、扇動に対してたわいもなかった。

 暦替わりを迎えても容易に鎮まらなかった内乱は、みるまに鳴りを潜め、外国に対する敵愾心が取って代わった。

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