表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十八章
166/248

南方炎上3

 大陸における国境とは、幾つかの防兵塁周辺を除いて、概ね草が生い茂るに任せた平地である。

 国によっては柵を設ける場合もあるが、広大な領土の全てを囲うわけにはゆかず、特に目印も無く、草原と区別がつけにくいのが一般だった。


 従って、自国を抜け出す事それ自体は、さまで困難ではない。

 ただ、周囲を徘徊する盗賊ども、あるいは野生動物に襲われる危険がある。


 内乱の収束する見込みが全くつかない故郷を捨てた盾爵は、塁を避けて、国土の東端までたどり着いていた。


「行かねばならん。

 何としてでも、ダリアスライスに行かねば」


 無事に到着したとして、その後はどうなるか。

 考えはまとまっていなかった。


 が、このまま留まったところで、いかに楽観しても近々捕縛、投獄は目に見えている。

 農家の納屋に置き捨てる格好になった同志に、それでは顔向けが出来ないではないか。


 彼は、ひたすら草の海が続く公有の遊休地を見晴るかした。

 いま手元にあるのは、僅かな路銀と固く焼き締めたクエラ、塩漬け肉が恐らく二、三日分のみだ。


 水に至っては、腰にぶら下げてある皮袋に、せいぜいが今日を凌げるくらいしかない。

 もう、一刻も猶予は無い。

 大きく息を吸うと、思い切って(あぶみ)を蹴った。


「ハイっ」


 東へ。

 命を繋ぐ可能性が見出せる、唯一の国へ。

 彼は馬を走らせた。



 ダリアスライス王国は、現在の十三諸王国中、最も常設軍隊を充実させている。

 領土は南方圏の中央に位置し、国境の全方位をかつての敵に抑えられるという、他に無い特徴を持った国だった。


 開国以来、絶えず国境巡視と称して軍隊を派遣し、時には大規模な軍事訓練も行う。

 その習いが、遥か西から駆けてくる不思議な一団を発見させしめた。


「何だあれは」

「馬だ。

 こちらに向かって来ているぞ」

「追われているのか」


 国境巡視中の兵士らが口々に騒ぎ、やがて指揮官の知るところとなった。


「何だと、こちらに誰か逃げて来ているだと」

「はい、閣下。

 西から馬が一頭、確実に当方を目掛けて駆けてくる様子が報告されました。


 物見によれば、背後から同じく騎馬の一団が迫っており、見たところ、馬上の貴族と思わしき御仁を追跡している模様との由」


「それで、その仁は」


「物見隊が様子を見ております。

 まだ詳しくは分かりません、一人が戻って現況を報告したところです」


「西と言えば、ラフレシュアの方角だな」

「はい、ほぼ真西から来ております」


「貴族らしい身なりならば、まずラフレシュアからの逃亡者と見るべきだ。

 騎馬一隊を支援に向かわせよ。

 内乱にまつわる、何か情報を持っているかもしれん」


 見殺しにも出来ないと判断が下され、騎馬隊から増員が差し向けられた。

 同時に狼煙が上がる。


 逃亡者と行き会った物見兵は、援軍派遣の知らせと気づいた。

 馬を許されている隊長格の兵士が、急いで鞭を当て、逃げてくる馬に近づいた。


「ラフレシュアのお方とお見受け致します。

 当方は、ダリアスライス軍です。

 事情をお伺いする用意がございます、当方に従って下さいませ」


「ありがたい」


 決死の形相だったラフレシュア盾爵は、見るからに安堵した。

 馬首を並べて話しかけてきた兵士に、何度も素早く頷きかけて


「いかにも。

 わたしも貴軍に重大な話がある。

 どうすれば良いか、言ってくれ」


 その時。

 ぎゃっという、短い悲鳴を盾爵は聞いた。


 今まで真横にいた兵士が、馬の背から消えている。

 驚くまもない。


 彼の左頬のすぐ横を、矢がかするようにして飛び去って行った。

 追っ手が、ダリアスライス軍との接触に気づいて、矢を射かけできたのだ。


「何だとッ」


 並走した兵士は、彼の身代わりで射抜かれたのだろう。

 たちまち、周囲が騒然となったのが分かった。


 馬に乗った兵士は、まだいたようだ。

 別の者が血相を変えて、近づいて来た。


「真っ直ぐに、走って下さいッ。

 我が軍の本隊は、至近に待機しておりますッ。

 増員の騎馬隊もすぐ来ますっ」


「承知っ」


 ほとんど絶叫で、返事をする。

 なるほど、目前には白地に飛び立つ鷹の図案を縫い取った旗を掲げる騎馬隊が、駆けつけつつあった。


 彼らも何事かを怒鳴り、叫んでいる。

 恐らくは、目の前で自軍兵士が矢を受け、落馬した様子を目の当たりにしたのだろう。


 誰もが怒りを露わにしていた。

 数騎が、盾爵の近くを素通りして、抜刀し、後方の追っ手集団へと斬り込んで行った。


 盾爵には、振り返るゆとりはない。

 言われた通り、前方を目指すより仕方がないのだ。


 やがて、多数の軍勢と思しい一団に行き着いた。

 減速し、まだ馬に余力があるうちに鞍から飛び降りる。

 ダリアスライス兵が駆け寄ってきた。


「お怪我は」

「大事ない。

 それよりも、貴軍の指揮官に目通り願う。

 貴軍兵士に犠牲が出てしまったかもしれない」

「ええっ」


 青ざめ、ふらついている盾爵の絞り出したようなかすれ声が語った内容に、兵士らも仰天したらしい。

 ただちに一人が復命し、まもなく


「我が軍の指揮官です」


 責任者を案内して来たのだった。

 話を聞いたのだろう、指揮官も殺気立ち、凄い形相をしている。


「我が軍から犠牲が出たですと」


「生死の程は、わたしも存じかねる。

 しかし、わたしを誘導しようとした兵が、敵の矢に倒れたのはしかと見ました。

 事情を話したい」


「ぜひともお聞かせ願いましょう。

 ただし、紛争の解決が先です。

 貴公はとりあえず後方へご避難あれ」


 指揮官の合図で、数人の下級兵士らが盾爵を介抱に走って来た。

 さしあたり、彼自身は何とか安全らしい状態を確保出来たのだが、しかし。


 ラフレシュアから追って来たのだろう、保守派の手の者と、ダリアスライス国境巡視団が、衝突するという結果になったのだった。



 壮絶な斬り合いが始まった。

 ダリアスライス兵士を射抜いてしまった、標的を取り逃がしたとの現状は、ラフレシュア追手側もすぐに察知した。


「しまったッ」

「まずい、あれは我らの敵ではないぞ」


 とはいえ、すでに相手方は鞍から転がり落ち、冬の草原に沈んでいる。

 狼狽した時には、南方中央の王国騎馬隊に突撃されていた。


「おのれ、よくも我が軍の兵士をっ」

「ま、待たれよっ。

 我らは、貴軍を狙ったわけではな」

「問答無用ッ」


 弁解を聞き分ける意思は、欠片も無いらしい。

 騎馬の剣士達は剣を振りかざし、馬の突進する勢いを借りて、早速に一人を討ち果たした。


 鋭い切っ先が、馬を御しきれずに突っ込んできた兵士の胸を貫いたのである。

 悲鳴があがって、刺された男は体を浮かせ、まもなく落馬した。

 こうなっては、ラフレシュア勢も応戦せざるを得ない。


「ええい、判らんやつばらめが」


 十人ばかりの追手方も、剣を抜き、あるいは矢を引き絞る。

 馬が入り乱れ、踏みにじられた土くれと枯草が飛び散り、流血の飛沫と交じり合う。

 たちまち、生臭い匂いが乾いた空気を湿らせた。


「斬れぇっ」

「応戦、総員応戦っ」


 ラフレシュア側は、二人乗りの馬もある。

 一人は専ら手綱を取る役で、後ろの者が射手だった。


 対するダリアスライスは、全員が単騎の剣士で、十五名いる。

 接近戦を挑む白鷹旗(はくようき)の剣士を、背後に回ったラフレシュア射手が矢で襲う。

 右腕を射抜かれた者が出た。


 すかさず僚友が彼を庇う。

 ダリアスライス側に射手は居ない。が、速度では一人乗りの馬が遥かに勝る。


 弓の使い手を狙って、横から痛撃を加える者もいる。

 今、戦場に秩序は無い。


 ともに興奮しており、手当たり次第に切りかかり、さらには敵に組み付き、強引に地上へ引きずりおろす者すら現れている。


 ラフレシュア兵士に掴みかかられ、たまらず態勢を崩したダリアスライス剣士が、敵手を巻き込んで落馬した。


 それを、馬で踏みつける西方の剣士がいた。

 ダリアスライス軍には、とてつもない侮辱に見えた。


「それが剣士のやる事かぁっ」


 激昂した騎馬武者が、その相手の顔面へ剣を叩き込んだ。

 二目と見られない恐ろしい姿となり果てて、その剣士は絶命し、周囲のラフレシュア隊をして恐慌状態へと陥れた。


「ひ、ひけっ」


 頭だった者が、声を引きつらせて命令を飛ばし、ダリアスライス軍も深追いはさすがに避けた。

 戦闘が終結した時、死者は双方あわせて八名にのぼっていた。


「……このままでは終わるまいな」


 西へ引き返してゆく生き残りを見やりつつ、ダリアスライスの騎馬剣士は、小さく独語した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ