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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十七章
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ゲルトマ、再び6

 山岳民から見て、北から突然に現れた武装集団は、さすがに脅威だった。

 峠に居る彼らの敵は、戦う相手としては自分達と極端な差は無いと思われ、手こずらされる事はあっても、恐怖には値しなかった。


 だが。

 石つぶてをものともせず、力任せに殴りつけてもよろめく程度で、簡単には死なない。


 一方で、先方の武器は、当方の若い戦士を二、三人あるいは五人までも、一度に倒してしまう威力を有する。

 カプルス人は、武装を調えた軍隊と戦った事も、守備隊ではない軍人を見た事も、今まで無かったのだ。


「兄貴、あいつらは強すぎるぞ」


 初めてこっぴどく損害を受け、腹立たしい思いを抱えながら、やむなく撤退したグーレン族の戦士達は、彼らが指導者と仰ぐ「兄貴分(スーラ―)」に、深刻な顔を見せた。


「これまでのレオス人とは全然違う。

 おれ達の戦い方が通じない」

「ああ。

 おれも驚いている」


 スーラ―と呼びかけられている若い男、ソーユルも、考えを変える必要に迫られていた。


「いったいどうやったら、服をあんなに硬く出来るんだ。

 石を弾き返す上着なんて、聞いた事も無い」


 宿営場で、被った怪我を手当てしつつ、彼は信じられない光景を思い出していた。



 峠に立てこもるレオス人達は、挑発しても姿を見せようとしなかった。

 カプルス人は、部族単位で動く際、必ず占い師を兼ねる長老格に伺いを立てる。

 信仰する山の神の意を問うのだ。


「本日は良い日だ」


 その言葉を受けて、街道を待ち伏せしたり、峠に置かれている敵の宿営場を襲う。

 石を投げつけ、威嚇し、閉ざされた木の門を盛んに蹴り飛ばす。

 南側の門は、足の一撃で吹き飛んだ。


「行け、戦士達っ」


 ソーユルは勇んで叫び、自ら先陣を切って塁に踊り込んだ。

 雪を蹴散らし、グーレン族戦士が続々と従う。


 だが、敵はいなかった。

 南の宿営場には、もぬけの殻となった兵士の詰め所や寝所らしい建物、食堂がある。


 グーレンの人々は、食料がありそうな場所を探し出し、数人がかりの体当たりで木の扉を壊して、戦利品を漁ったものだ。


 ソーユルは、南北の宿営場(彼らの敵は塁と呼ぶ)の中間に立ち、襲撃初日に見たグーレン族の若者の、首が無い凄まじい杭打ち姿を思い出した。


 撤収の折、危険を犯してでも仲間を取り返したのだった。

 グーレンの怒りも凄まじい。

 ソーユルは北の塁門を睨みつけ、部族語で


「必ず仇をとってやるからな。

 レオスども、皆殺しだ。

 誰もこの峠から生きて降りられると思うなッ」


 怒鳴った。

 北から弓が数本飛んできたが、彼は両足を踏ん張ってその場に立ち、あえて的となったかのように微動だにしなかった。


「今日のところは引き揚げるぞっ。

 明日だ。

 明日こそは、峠にいるレオスも、その手下どもも、全員まとめて殺してやるぞ」


 指導者の宣言を聞いて、襲撃に参加した若者らも興奮し、口々に


「殺せ、レオスを殺せ」

「峠はおれ達のものだ、山の神に誓って、取り戻せっ」


 喚いた。

 敵にその意味は通じなかっただろうが、怒りの程は伝わったに違いない。


 北の宿営場は沈黙し、弓矢も射かけられなかった。

 ソーユルらは、食料の他に衣服など、めぼしい品を残らず奪い取り、悠々と戦場を後にしたのだった。


 次の日は、北側に襲撃をかけた。

 南側に居た守備員らは、損害が少ない北側に移動したものと見て、略奪されて何もなくなった宿営場には目もくれなかった。


 石を投げつけ、それでも弓の反撃は多少ながらあったため、少し距離をとっての包囲作戦を敢行したのだった。


「どうせ、あっちはそのうち矢の手持ちが無くなる。

 戦う方法が無くなれば、大人しくなるさ。

 そうしたら、一気に近寄って押し込むぞ」


 彼の指示には、部族以外からも「グーレンの寝床(グスミ・ターナル)」から加勢に来た若い戦士が大勢従っている。


 食料の略奪が噂を呼び、あちこちに点在する宿営場の男手を集めたのだ。

 百人まではいない。


 目算で、七十人から八十人といったあたりか。

 若者らは、レオス人とその配下が自分達より数が少ないと知って、意気軒高だった。

 石が盛大に投げられ、門が軋み始めた時。


「総員かかれッ」


 北側の街道から、大声が響いてきた。

 グーレン達が思わず手を止めたと同時に、赤い旗が出現した。


 図案の意味は判らないが、何かの目印と思われる。

 ソーユルについてきていたラズタン族の若長、リュコームが


「あれ。

 確か、峠のレオス人も持っていたやつだ」


 つぶやいた。

 どういう意味かと聞く前に、新たな敵が殺到して来た。


「怯むな、グーレン。

 戦え、受けてたてっ」


 ソーユルが叫ぶ。

 だが。

 新たな敵、すなわちリコマンジェ軍は、守備隊とは戦力も戦術も違っていた。


「展開ッ」


 頭だった先頭の男が何か怒鳴ったと同時に、縦に長い列を作っていた敵集団が左右二手に分かれた。

 動きの鈍さを見て、ソーユルは安心し


「ふん、のろまめ。

 たんと石を食らわせてやれっ」


 若手が何人も前方へ飛び出して、盛んに彼らの特技を見せつける様子に軽い檄を飛ばした。

 その飛んでいく石を、敵は避けなかった。


 最前列に立つ戦士らは、多少の投石を身に受けても動じなかったのだ。

 半身を覆う大きな盾も持参している。


 石つぶてが降り注ぐ中、敵最前列は身をかがめて盾の内側に潜む。

 投石の攻めが途切れたと同時に、その真後ろから弓兵が顔を出した。


「放てっ」


 号令がかかった。

 十分に引き絞られ、(やじり)を揃えた敵の飛び道具が一直線に飛来し、グーレンの若者達を次々と射抜いてゆく。


 驚きは命中率ばかりではなかった。

 弓の射手は、攻撃を終えると即座に退いて次の者と交代、同じ動作がほとんど間を置かずに繰り返されるのである。


 グーレンの戦士が、使い慣れた布に石をくるみ、振りかぶるよりも数段速い。

 またたくまに、前へ飛び出した若い男達が、全身に矢を受けて何人も倒れていった。


「何だ、この連中」


 ソーユルは、守備隊との戦いとは勝手が違うと気づいた。

 敵は距離を詰めさせず、投石の間合いを上回る仕掛けの手際で、山岳民の戦法を封じた。


 そして、弓兵の支援で足止めされたグーレンの集団へ、剣士が斬り込んで来た。

 革鎧の軽装ながら、ところどころに金属の防具を施しており、兜も硬いようだった。


 当方戦士らも、石で殴りつける戦い方に切り替えて応戦したものの、敵が手首につけている丸い盾は、見た目より遥かに頑丈だった。


 軍隊の重装歩兵は、全軍の守りを役目とする。

 機動歩兵が、防御力を犠牲とする代わりに必殺の敏捷性を重視する姿勢とは逆だ。


 敵の攻撃を受け流し、まず戦力を消費させた後に逆襲する、あるいは味方の攻め手に機会を与えるのが主眼だった。


 山岳民のような、兵法を修めずに自己流で暴れる戦法は、この防御を分厚く敷いた集団には通じない。

 最前に立った重装歩兵へ、てんで勝手に攻撃を仕掛けたは良いが、石を弾かれ矢を浴びせられ、グーレンの戦士達は狼狽した。


 そこへ、剣士らが踏み込んで斬撃を加える。

 鎧すら身に着けていない山岳の先住民である。


 首を刎ねられる、喉や胸を突かれる、ほぼ即死を遂げる者が続出したのだった。

 しかも敵は整然としていて、退路も確保しており、一定の攻撃を終えると即座に交代する。

 何時まで経っても、相手に損害を与えられないのだ。


「だめだ、いったん引け。

 やり直しだっ」


 ソーユルは、食い下がっても勝ち目はないと理解した。


「生き残り、居るかぁっ」


 意味が判らない怒鳴り声が耳に入る。

 グーレン戦士には、自分達を叩き伏せろという、敵の指導者の指令だと思えた。


 押されていた彼らは、兄貴分の「引け」に応じて、門から離れて行く。

 幸い、追手はしつこくなかった。

 ただし、宿営場に戻って来れたのは、出発した時の半分以下だった。



 街道を昇って来た敵集団は、全滅に成功したのだったが、その後に決行した塁襲撃は、とんだ失敗に終わった。


「調子に乗りすぎたな」


 ソーユルは反省の弁を呟いて、怪我の治療を優先する決断を下した。

 意気消沈している仲間に


「北の連中は手ごわい。

 少し放っておいた方がよさそうだ」

「でも兄貴、このまま黙って引き下がるのは、山の神を汚す事にならないか」


「おれもそう思う。

 だいたい、悔しいじゃないか」


「まあ待てよ。

 おれは、北の話をしているんだ」


 強面を見せる。


「南は話が別だろうさ」

「じゃあ、南を襲うのか」


「あいつらは、しょっちゅう峠を行き来している。

 行き来が出来なくなったら、いろいろ困るんじゃないか。


 あいつらがゲルトマと呼んでいるこの辺りを、通れなくしてやる。

 南の道をな」


 何も峠を襲うだけが復讐の全てではない。

 グーレンの若い指導者は、仲間を励ましながら、そう気づいたのだった。

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