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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十七章
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ゲルトマ、再び2

 むろん、峠を領地に収めるヴァルバラス王国が一報に接した時、何ら行動を起こさなかったわけではない。

 むしろ直ちに守備隊の増員を決定し、派遣している。


 ただし、狙い通りの効果は得られなかった。

 山麓に囚人を捕らえる施設は、ヴァルバラスにもある。

 最も迅速に出発可能な三十名が差し向けられた。

 だが。


「敵襲ッ」


 待ち構えていたカプルス盗賊団が奇襲をかけてきた。

 行軍の頭上から投石を行い、混乱に乗じて多数が一挙に攻め寄せる。

 山岳民が得意とする戦法が三十人の増員隊を襲ったのだ。


「落ち着け、敵は軽装だ。

 手近の敵を剣で切り倒せ」


 隊長が叫んだが、盗賊団はその軽装を大いに利用していた。

 重い装備で、しかも攻撃に間合いを必要とする剣を使う守備隊員は、容易に密集する事が出来ない。

 同士討ちを避ける為に一定の距離をとっていたせいで、盗賊団に入り込まれる隙が生じた。


「ドラァッ」


 敵は、麻で編んだ布に大きな石をくるみ、殴りつけてくる。

 一人を倒せば、その武器を拾って自ら使う。


 剣術を修めていない彼らは、定石をまるで無視して自己流に剣を振るい、まるで棍棒のように扱うのだ。

 防寒よりも迅速に動く事を目的とした毛皮姿の男達は、極めて俊敏に動き回って、ヴァルバラス隊の反撃を寄せ付けない。


 カプルス人は、彼らに属さない人々には理解出来ない民族語で、盛んに意思を疎通している。

 独特の雄叫に交じっているらしい言葉は、守備隊員には、威嚇の声なのか仲間への指示なのか判別がつかなかった。


「怯むな、密集隊形をとれっ」


 隊長の命令は、だが先手を取られて混乱の頂点に達し、散開してしまった配下には聞こえていない。

 あっというまに分断され、一人に対して三人から四人のカプルス人が襲い掛かる。


 兜もろとも石で殴りつけられ、奪われた剣でめった刺しになる者。

 腰に組み付かれて身動きがとれず、水平の一薙ぎで首を飛ばされる者。


 あるいは、三人に囲まれて、石をくるんだ布を振り回され、四方から全身を殴られて見るも無惨な姿を雪に埋める者。


 三十人の増援部隊は、出発から半日も立たないうちに、峠を見る事も無く全滅した。



 誰一人として逃亡に成功した者はおらず、遣わされた部隊の惨状は、しばらくどこにも伝わらなかった。

 夏と違い、冬は元から峠の利用者が少なく、山の街道を通る者もいない。


 ヴァルバラスは、開国以来ゲルトマ峠を管轄し続け、カプルス盗賊団とも長く対峙してきた。

 その経験から、冬は彼らがあまり活発でない事も知っており、この際はその先入観も次の行動を遅らせた一端となった観がある。


 動きを見せたのは、北隣国の方だった。

 盟友リコマンジェにも、峠の事件は伝えられており、事態を重く見た先方が問い合わせの使者を立てたのだ。


 ヴァルバラスの返答を聞いた北西沿岸国の宮廷は、使者が戻った僅か二日後には、二百名で編成した軍を送ったのである。


「に、二百」


 国境の防兵塁を守る兵士らは、かつてない規模で現れた明灯旗を掲げる一軍団を見て、絶句し狼狽した。


「お待ちください。

 このような大規模な軍派遣は聞いておりません」

「のんきらしい問答をしていられる場合ではない」


 指揮官のレオス人は、うろたえる塁守備隊の責任者を大喝した。


「事は一刻を争う。

 今こうしている間にも、ゲルトマ峠はカプルス人に占拠され、手の打ちようが無くなるやもしれんのだ。

 通せっ」


 茶色に赤い線を入れた鎧姿の指揮官は、鬼気迫る表情で守備隊を叱りつけ、つい後じさりした兵士らの動揺に乗じる形で塁門を押し通った。


 行軍が始まれば、装備も人数も劣る守備隊は実力行使する事もしかね、全くやむなく塁を通過させざるを得なかった。


「こんな事は初めてだぞ。

 リコマンジェの軍隊が事前通告も無しで、我が領土に足を踏み入れるなど」


 ぼう然と見送る守備隊長の言葉通り、前代未聞と称するべきだった。

 警備を主目的とする守備隊に比べれば、軍隊は重武装で、それだけに国外への派遣は慎重であるべきとの不文律が大陸には存在する。


 国境を抜け、王都を目指すリコマンジェ軍の行進は、街の人々を仰天させるに十分すぎた。

 中には侵略戦争が始まったのかと誤解し、荷物をまとめて街から逃げ出す市民もいた。


 さすがに看過し得なかったらしく、早馬がヴァルバラス宮廷へ駆けつけて、事の次第が緊急奏上された。

 もちろん、宮廷一同も腰を抜かさんばかりに驚いている。


 王都からは、大慌てで師団の一つが北へ遣わされた。

 両軍は、王都に行程一日といったあたりで落ち合ったのだった。


「待たれよ。

 これ以上の行軍はご遠慮願いたい」


「我らは、我が宮廷より下命を肯った者です。

 我が宮廷より新たな命令が無い限り、行軍停止は致しかねる」


「しからば、貴国に問い合わせの使者を立てる。

 しばらくはお待ちあれ」


「なりません。

 今は一刻を争う時」


 国境での問答が繰り返された。

 両者は引かず、緊張感が満ちる。

 三日ばかりの睨み合いを続けた末に、ヴァルバラスが折れた。


「峠に行かせた増員部隊が全滅」


 実に十日を経て、ようやく事件は首脳陣の知るところとなったのだ。

 リコマンジェの押しかけ加勢には、率直に言えば閉口した当宮廷ではあった。

 しかし、計算が無いわけでもなかった。


「頼んだわけではないが、すぐに使える武力である事は確かだ。

 我が方の消耗は尋常ではない。

 リコマンジェに盗賊団討伐の負担をさせて、我が方の兵力温存が叶うなら許可しよう」


 カプルス盗賊団の執念深さ、戦い方の違いからくる対処の面倒さに、ヴァルバラスは悩まされ続けている。


 軍隊の損耗を懸念する声も多く、宮廷の決断は速かった。

 リコマンジェにしても、西の峠で盗賊団が跋扈して、その結果が好ましくないとなれば、相応の損害を被る立場である。

 ヴァルバラスはその事情を承知している。


「許して大丈夫ですか」


 不安を訴える者もいるが、多くの宮廷人は、その点はあまり心配してはいなかった。


「この機に乗じて我がヴァルバラスを軍事的に制圧するような野心は、リコマンジェは持ち合わせておらん。


 エルンチェアと結んでいなかった頃であれば話は別だったかもしれんが、今はあの北の雄国とも盟友関係にある我が国を、武力でどうこうする積りなどあるまい」


「東の峠は、リコマンジェには遠すぎる。

 具体的な距離もしかり、領有するブレステリスとはほぼ没交渉である、外交上の距離もしかり。


 西の峠を失えば、我らもむろん痛手を被るが、リコマンジェにとっても南との交易が不可となるのだ。

 自弁で援軍を出す気を起こすのも無理はない」


 勝手に軍を派遣した件については厳重抗議し、峠の使用料を値上げする際に交渉材料として活用する道もある。

 それなりの成算に基づいた決定だった。


 許可を得たリコマンジェ軍は、王都へ帰るヴァルバラス軍を抜き去る勢いで行進した。

 峠の通行に伴う安全を守らねば、今後に障る。

 その一心だった。


 かくて、援軍は襲撃を受ける真っ最中の塁に到達し、生き残っていた守備隊を救出するに成功した。

 が。

 北方圏のごく一部にはその思いが通じても、南方圏は別だった。



 西峠の塁では、二百名にも及ぶリコマンジェ軍到来で、とにかく九死に一生を得た将兵が確かに居る。

 現況より数段ましな手当てを受け、温かい飲み物を差し出されたヴァルバラス側の守備隊は、まさに生き返った様子で、何度も彼らの恩人に礼を述べたものだ。


「まさか、貴軍がご到着とは思いもよらず。

 我が方からは、誰も来なかったのでしょうか」


 少しばかり肩を落とした北の副長に、リコマンジェ指揮官は、気の毒そうな顔を見せた。


「さにあらず。

 救難の増員は、当然ながら差し向けられておりました。

 しかし、残念ながら」

「……ああ」


 やはり、待ち伏せを受けたのだ。

 副長は察した。


 救援部隊は峠に近づけなかったのだろう。

 それはつまり、守備隊が下山を試みた場合に辿ったと思われる末路だった。

 僚友らの受難に思いを馳せたらしいヴァルバラス人に、リコマンジェ人は


「貴国の将兵らは、勇敢に戦い、名誉ある戦死を遂げられた。

 その場に居合わせてはおりませんが、あの戦いの場を通過して来た我らは、貴殿のご同僚が最後まで敵に立ち向かい、任務完遂の意気が高かった事を存じております。


 激しい戦闘だった模様が、山道に残っておりました。

 一軍人として、ご壮烈だった貴国守備隊ご一同を、心より尊敬します」


 精一杯の言葉を尽くして励ました。


「もちろん、周囲をうろついていた山賊どもは、我らが退治仕った。

 仇は討ちましたぞ」

「それはありがとう存じます」


 せめてもの慰めになったのだろう、副長は微笑して頭を下げた。

 その様子を、南の兵士らは横目で見ていた。

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