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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十六章
157/248

遥かなり地平線6

 馬の足元に、何かが突き刺さった。

 急に前脚を振り上げ、激しくいなないて、ロベルティートの乗り馬は興奮の様を露わにした。


 慌てて手綱を引き、停止させる。

 何が起きたのか、主従が周囲を見渡した時だ。


「へええ。

 こいつは驚いた。金髪の旦那が草ッ原なんぞにどんな用だい」


 いつのまに近寄ったのだろうか。

 五人の男が、性質の良くない笑みをにやにやと浮かべ、二人の目前を遮るように立った。


 草原の枯草をかき分けて、飛び出してきたのだ。

 一人は矢をつがえ、残りは大陸で柔剣と俗称される刀身の長い剣を、さかんにちらつかせている。


 どの男も、髪は炎の色に染まっており、肌も褐色で、高丈の民族として知られるレオス人に勝るとも劣らぬ身長だった。


 流賊。

 ロベルティートもオタールスも、失策を悟った。


 赤毛の民(アーリュス)と呼ばれ、各国の軍隊ではトアイア民族と共に傭兵として重宝される、大陸先住民だった。


 ただ黒髪のトライア人と違うのは、定住しない文化を持ち、しかも極端に個人主義で、法の存在を歯牙にもかけない。強暴性のある民族という点だ。


「この、ならず者どもッ」


 オタールスが気色ばんだ。

 手は馬の綱を強く握り、鞭を構えて、今すぐにでも全力疾走の用意になっている。


 相手は徒歩だ。暴走を覚悟で即座に鞭を入れれば、振り切って逃げおおせられるかもしれない。

 臣下がそれを狙っている様子がロベルティートにも伝わった。

 しかし。


(こやつら、初めからおれが狙いだったのだろうか)


 横目で畑を見やり、農民の母子がこちらの異変に気づいた風ではなく、熱心に雑草を抜いている姿を視界に収めた時、馬の速度を落とした自分にたまたま目を留めて、獲物を急きょ変更したのではないか。そう思えてきたのだ。


 馬を脚をもってすれば、人の足では追いつけるはずもない。

 仕損じた賊が次にどう出るか。物分り良く退散するとは、ロベルティートには思えない。


(おれが引けば、アーリュスどもは最初の狙いに戻るに違いない)


 すなわち、襲われるのはトライア農民の一家だ。

 せめて、彼らが身近で起きている異常な状況を察し、加勢を呼ぶなり逃げるなりしてくれれば、まだ動きようもあるのだが、畑仕事に夢中な人々は、一向に行動を変えようとしない。


 オタールスがやきもきした表情で、


(逃げましょう)


 視線でそう訴えてきている。

 無理もない。


 重傷者に五人の流賊と戦えとは、命令出来ない。と言って、背後で惨劇が起きると判っていながら、逃げるのも躊躇われる。


(どうする)


 考えている間にも、流賊達はじわじわ間合いを詰めて来ている。


「よう、旦那。

 大人しくしたほうが身のためってもんだぜ。

 いい子にして馬から降りな」


 頭らしい男が嘲笑を交えて一人が命令した。どうやら、身代金目的の誘拐か人買いへの売却を企んだと見える。


「射手か」


 弓を持つ流賊の存在と、両脇に回って剣を構えている二人の男を視野に入れたロベルティートは、逃げる時機を逸した事を痛感した。


 オタールスも同じく思っているらしい。唇を噛み締めている。

 今になって馬を追い出したところで、振り切るのは容易ではない。矢を射かけられ、剣で脇腹を突かれるのが関の山だった。


 二人は、動けなかった。



「バズッ。

 ドゥマがいないぞッ」


 馬を吹っ飛ばして後方から駆けつけてきた若衆に注進され、先頭を走っていたカムオは文字通り仰天した。

 何だと、と怒鳴り返した時には既に、馬首を巡らす手綱さばきを始めている。


「パンジャバーリはどうしたッ」

「あいつもだ、二人して居ないんだ」

「ダッラッ」


 イローペ流の罵倒語を思わず吐き捨てて、カムオは


「先頭の若いの、十人ついて来いっ。

 残りはおれに構うな、進めっ」


 指示を飛ばした。

 ボーラの唱和が起き、集団の流れから外れた馬群が砂塵を撒き散らしつつ右回りに反転し、元来た草原を駆け戻って行く。


「ドゥマの脱落に、一人も気づかなかったのか」

「遅いと思ったやつは居たが、こっちも止まれんよ」


 カムオの呟きに、共駆けしている一人が応じた。


「すぐに追いつくとも思ったさ。

 なあ、バズ。ドゥマは馬乗りが下手なのか」


「そんなの知るかよ」

 不機嫌に顔をしかめた時だった。その共駆けの男が前方を見て


「まずい、バズッ。

 赤髪どもだっ」


 叫んだ。もちろん、カムオも気づいた。

 真正面で、ここからでははっきり見えないが、とにかく複数と思われる赤い髪が、馬を取り囲んでいる。


「ちょいと目を離したらこれかい。

 何やってるんだ」


 カムオは自分の額を軽く叩き、ため息をついたが、即座に気を取り直した。

 馬の腹を強く蹴り、腰から剣を引き抜いて


「ボーラッ」


 雄たけびを上げた。従う若衆も族長に倣い、口々に怒号を張り上げて剣を頭上に掲げる。

 大陸原種の馬としては、恐らく総力を振り絞っての猛速度だろう。馬群はぐいぐい突き進み、枯れ草も土もまとめて弾き飛ばし、流賊団の輪に肉薄して行く。


「ひええっ」


 やっと異変に気づいたらしいトライア農民が、農耕具を放り出し、妻子を庇って畑から逃げ出し始めた。

 アーリュス流賊連中がぎょっとした表情でこちらを見ている。

 馬上の人はといえば


「カムオっ」


 安堵した様子で片手を挙げ、大きく振り、族長を苦笑いさせた。


「手を焼かせてくれる王子さまだな。

 よーし、若いの。

 うちの客人にちょっかい出してるばかどもだ、遠慮するこたぁない」


 族長に言われた途端、やたらと嬉しそうな返答の合唱を戻して、馬を御すイローペの男衆はアーリュス連中に次々と切りかかって行った。


 カムオは、血の気が多い若衆たちが、猛然と言いたい勢いで馬を駆り、肝を潰したらしいアーリュスの野盗五人組を追い回し始めたのを見て、笑い出した。


 すっかり形勢が逆転し、赤毛の男たちは悲鳴を上げて草原を逃げ惑い、弓の射手も縦横無尽に走る馬に狙いをつけられず、むしろ立ちすくんでいては格好の攻撃目標となるため、矢を絞るどころの騒ぎではない。

 イローペ語の威嚇が陽気に湧いている。


「ひゃああっ」


 アーリュスの一人が、馬に跳ね上げられた。

 丸太のように筋肉が盛り上がっている前足で蹴られ、軽々と宙に舞った男の叫び声に、イローペ若衆の笑い声が被さる。


 さすがに、ロベルティートは眉をしかめた。


「カムオ。あれは何をしている」

「さあてな。

 遊んでいるのと違うか」


 なるほど、彼らは実に楽しそうだった。

 だが、ロベルティートにとっては、あまり喜ばしい光景ではなかった。


「いかに野盗流賊とはいえ、なぶるのは如何なものかと思うのだが」

「だったらドゥマが仲裁に入るかい」


 何を思っての事か、カムオは急にそっけなくなった。


「あれだけ血気に逸った連中だ、話なんか聞くもんじゃない。

 何せ、露営場をうろついていた不審な連中を、皆殺しにしちまうやつらだぞ。


 止めたきゃ止めなよ。 

 力余って、ドゥマを斬っちまうかもしれんがね」


「何を言うかッ」


 冗談だとしても、聞き流せるものではなかったのだろう。オタールスが怒気を表情に上らせた。


「無礼な。殿下に対し奉り」

「黙れッ」


 いつもは気のいい族長も、怒号を張り上げ返した。

 オタールスは口をつぐみ、ロベルティートも息を呑んだ。

 初めて見る、怒れるカムオだった。


「ここは草原なんだ。何回も言わせるな。

 ドゥマ・ロベルティート。出発前におれが言った事を覚えてるか」

「ああ」


「いいか、助けてやるのはこの一回きりだ。

 他はともかく、移動の時にゃ、あんたの気まぐれに付き合える余裕は無い。


 無茶な事をやったら、どんな混乱が起きるか判らん。死人が出たらどうしてくれる。

 今度はぐれたら置いて行くからな。

 おれは本気だぞ」


「何たる言いぐさだ」


 憤慨にしたオタールスが、その反動で再び口を開き、族長の傍若無人な物言いを咎めた。

 もっとも、カムオは全く恐縮していない。


「おれはイローペで、この部族のバズだ。

 レオスのシェビじゃないんでな」


 周囲では、まだ遊牧民たちがアーリュス人を追い回している。

 ひぃひぃ泣き喚く声、許しを請う声を、威勢が良いボーラの声がすばやくかき消すのだった。


 だが。

 イローペ人は機動力に優れてはいたが、注意力についてはその限りではなかった。


 剣を持った男がもう一人、馬に跳ね飛ばされ、歓声が上がったとき。

 小さな突風が、剣の使い手ばかりを選んで追い回し、追い詰めていた馬上の人々の隙をついて、まっすぐ飛んだ。

 鋭い一瞬が過ぎ、それはある的を射抜いた。


「ああっ」

「で、殿下ッ

 ロベルティート殿下ァッ」


 残っていた弓の射手が、まさしく一矢報いるために放った矢は、ロベルティートを襲ったのだ。

 乗り馬から、矢を受けた王子の体が転がり落ちた。



 エテュイエンヌ王国の第四王子は、右目を射抜かれていた。

 ひとしきり怒声が飛び交い、狼狽するオタールスを何とか宥めて、カムオはとりあえず負傷した青年を担ぎ上げて自分の馬に乗った。


 急いで先行する集団を追いかけ、昼頃には追い付いて、新たな怪我人を部族の荷馬車に乗せ替えた。

 イローペの集団には、初歩的な手当てを心得る者は居ても、本格的な大陸医学を修めた者は居ない。


「どうするよ。おれ達にゃあドゥマを助ける手段は無いぜ」


「どうもこうもない、西に向かえ。

 クラマイズには、大きな薬問屋がある。


 今でこそ鄙びて寂れているが、かつてはそれなりに大きな都市だった。

 殿下を救いまいらせるには、あの町で医師を探し、治療させる以外に無い」


 オタールスの主張を聞き、カムオは予定通り西の町クライマイズに行くと決めた。

 ロベルティートが持ち応えるか、誰にも判らないが、確かに他の手段は無かったのだ。


 そして、現在。

 かろうじて、王子は一命をとりとめた。


 しかし、意識はまだ戻っていない。

 一行にとって、ダリアスライス国境は遥か遠かった。

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