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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十六章
153/248

遥かなり地平線2

「それはめでたい。

 あの貧国が、食事に事欠かなくなるとはな」


 話を聞いたシルマイト・レオンドールは、嘲笑を浮かべつつ評した。

 まもなく主が変わるエテュイエンヌ王国から見て、北隣国にあたるツェノラ王国が、新たに後ろ盾を得たおかげで空前の美食趣味に沸いているというのだ。


 彼にとっても悪い話ではなく、軽蔑の笑みは別として、以前よりも食卓が充実しているらしい隣国を、一応は寿いでいる。

 一報は、外交を管轄する役所の筋からもたらされた。


「ダリアスライスから融通された主要な食糧は、下々に行き渡り始めているとの事です」


「何なら、我がエテュイエンヌからも援助の手を差し伸べてやるに吝かでない。

 精々、豊かな食生活を楽しめばよいのだ、国を挙げてな」


「それで宜しいのですか、殿下。

 ツェノラはダリアスライスとの間に、いよいよ密接な関係を築く模様ですが」


「大いに結構。

 その方が我がエテュイエンヌの為になる」


「いかに貧国とは言え、国には違いありませぬ。

 あまりダリアスライスの勢力が強まるのは如何なものかと思われますが」


「永遠に勢力が強まり続けるのであればな。

 そのような話があると思うか。

 いや、このシルマイト・レオンドールが許すと思うか」


 王子の私室に、低く冷たい笑声が響いた。


「ダリアスライスの目論見は知れている。

 やつらは、この南方圏の北側、ザーヌ大連峰に張り付いている東西の国を抑えたいのだろう。


 東のツェノラ、西のラインテリア、中央にダリアスライス。

 狙いは、ヴェールト包囲網だ」


「ヴェールトを抑え込むのが目的と思し召しにおわしますか」

「ああ。

 武力行使を視野に入れる、または入れない。


 どちらにしても、ヴェールトに対して何らかの制裁を加えるのなら、単独でやるより仲間を募った方が効果的というものだ。


 ラインテリアとは縁組で、ツェノラには経済で、それぞれ自勢力に引き込み、ヴェールトの南方貿易における影響力をそぐ考えだろう。


 流通の要たる峠を二つも領地して、北には絶大な力を振るえる旧帝国の首都といえども、南方に対して身動きが取れなくなれば、とたんに価値が下がる。


 薪だけが貿易ではないのだ、重要な利権は今一つある。

 塩の利権。

 我が南方圏にすれば、薪よりも重い」


 北の薪に匹敵するのは、南にとっては塩である。

 夏の強烈な暑気は、生鮮食品を腐敗させ、人々の体内から水分を奪う。


 経験上、塩が持つ保存能力は、命の根源とも称すべき水を、人の体に留めさせる効果がある事を、南方の住人達は知っている。


 もちろん、南にも海はある。岩塩もある程度は産出しない事も無い。

 だが、品質が良く安価で、かつ利潤を追求する商人を満足させる。


 このような塩となると、エルンチェア産を凌ぐものがなかなか見つからないのが現状だった。

 人は、安価高品質に慣れてしまうと、その基準を下回る品にはそう簡単に納得しない。

 シルマイトは、その点を重視していた。


「北から塩が入って来ない。

 塩を扱う商人達は、そのような事態を笑って済ませはしないだろうよ。


 ダリアスライスよりも更に南の国々は、現状の塩市場を失う事を恐れる。


 つまり、我が南西三国は、塩の値が暴騰する事態を招こうとしているダリアスライスとその一味を、良い国だとは思わないようになる」


「それが殿下の」


「それだけではない。

 我がエテュイエンヌの国益につながる諸般の状況が、ゆっくりと形作られている。


 正確には、このわたしが作っている。

 一度でも満ちる事を知った者は、飢餓への逆戻りには耐えられないものだ。

 たとえば、ツェノラの如きはな」


 シルマイトの冷徹な目が見ている光景は、美食の味を覚えた来た隣国の人々が遠からず迎えるであろう、昔の日々と、以前より忍耐心を失い荒れ狂う姿なのかもしれない。

 そしてその日は、彼の手によって招来させられる。


「まあ、長い目で見ていろ。

 最後に生き残るのは、我がエテュイエンヌだ。


 ユピテア大神は、この国を勝者に選び、寵愛すると決めたらしいからな。

 ゲルトマ峠が悲惨な状況に陥ったというのが、その良い証拠だ」


「は。

 例の、山岳民(カプルス)襲撃事件でございますな」


「あれのおかげで、西は峠が使えない。

 東の峠は東の峠で、大雪に見舞われているという。


 後は、多少の問題を抱えていても、海を使うより他に無くなりつつある。

 いろいろと、都合が良い」


「確かに。

 船と申しませば、先日の者達、首尾よくグライアスに到着しておりますかな」


「まだ何とも言えんが、相手は北東だ。

 着いたかどうかを知るには、今少し時間の猶予が要るだろう。


 なに、船が沈んでいなければ、辿り着いている。

 わたしは、不甲斐ない臣下を選んで北へ差し向けた覚えはないぞ」


 シルマイトは足を組んだ。

 先日、若手の外交官二名を選んで、グライアス王国へ親書を運ばせた。


 西は山岳民が塁を襲撃した事件の影響で、通行が極めて困難になっている。

 そこで、船の利便性を確かめる目的も兼ねて船を使わせるように命じた。


 まだ到着の連絡は無いが、待つ意外に策は無い。

 シルマイトは、楽観しているわけではないものの、気鋭の者を選んだ自負も有り、焦ってはいなかった。


 だめならだめでも良いと、心の中では乾いた思考を巡らせている。

 戦争の初手で盛大に躓いたグライアスにとって、彼の提案は魅力的に違いなく、辿り着けてさえいれば当国が持つ戦略の一環として、相応の効果を発揮するだろう。

 後は、ついに父王が陥落して


「立太子の挙式を許可する」


 との言質を手に入れた。

 ほどなく太子に立つ運びである。


 順調ではある。

 あるのだが、どうしても消息が知れない四兄についてだけ、胸中穏やかならざる王家末弟だった。


「まだ、ロベルティートは行方知れずか」


 笑みをひっこめ、厳しい面差しになって、臣下に問う。

 はかばかしい答えは得られなかった。


(なぜだ。

 なぜ、あの男が見つからない。


 消えるわけはないのだ、必ず草原の北のどこかにいる。

 いるはずだ)


 少し、手のひらに汗が滲んでいた。



族長(バズ)

 ドゥマ・ロベルティートはまだ目が覚めない。

 起こさなくていいのか」


「放っておいてやれ。

 で、あの戦士(パンジャバーリ)はどうしている」


「あいつは寝ない。

 旦那と正反対だ」


「そうか。

 ま、しょうがない。

 そっちも放っておけ。

 眠くなったら勝手に寝るさ」


 カムオは木の椀を満たす水を飲んだ。

 ひょんな事から知り合ったエテュイエンヌ王国の元王太子だという、ロベルティート・ダリアレオンを部族の客人に迎えて、随分と時間が経っている。


 諸般の事情から王都を追放されたという、無残な姿になった王子を保護し、行きがかり上から彼を連れて、北へ向かっている。


 当初の見込みでは、貴族を伴っている点を考慮に入れても、十日ばかりで客の希望であるダリアスライス王国国境に到着している予定だった。


 が。

 計算は初手から読み違いの連続で、極めつけは、ロベルティートの身に起きた大問題だった。

 カムオとしても、止むなく


「あれじゃ、ここから一歩も動けるもんかよ。

 目も覚めないっていうんだからな」


 某所に腰を落ち着けている。

 幸いと言っていいだろう。


 その場所は薬の入手が容易であって、王都からそこそこ離れた位置にありながら医師も居た。

 ただ根本の問題が、まだ解決に至っていない。


「バズ。

 ドゥマは大丈夫なの。

 死んだりしないよね」


 遊牧の部の民が、族長の元にやってきて、傍らに座り込んだ。

 まだ若い、少女の年齢を脱していない。


 豊かな肉置(ししお)き、盛り上がった両肩、見るからに頑健そうな「イローペ風美少女」のアンクだった。

 不安そうに、彼女の指導者を仰ぎ見ている。


 椅子に座る族長の足下にうずくまり、空いている席を求めないのは、彼らイローペなりの秩序意識によるものなのだろう。

 カムオは床に腰を下ろしているアンクを軽く見て


「たぶんな。

 おれは、医者とかいう職人じゃないからよく判らんが、あの黒い髪の男は手当てをしっかりやったと言っていた。


 あいつの言葉を信じるしかないさ。

 アンク。

 ドゥマに目を覚まして欲しいんなら、あんまり悪い事を考えたり言ったりするなよ」


「判ってる。

 ワシャルベの耳はどこにでも生えてくるから」


 イローペの信じる大地神にまつわる伝説に登場する悪神の名を口にした少女は、人差し指を鼻の先でくるくる回し、唇にあてた。


 まじないじみたその仕草は、部族に伝わる悪神除けの祈りだ。

 ロベルティートに懐いているらしい彼女は、ひどく心配していて、すぐカムオのそばに近寄ってくる。


「ドゥマは目が覚めたかな」


 決まって彼の様子を聞きたがるのだった。

 残念ながらイローペの族長は、彼女を喜ばせる答えを持ち合わせていなかった。

 事の次第を知るには、少し暦を遡らねばならない。

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