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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十五章
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合縁奇縁5

「却下であるッ」


 グライアス王は、戦争の続行に対して消極的な文治派貴族らの説得を、頑として受け付けなかった。

 単に意地や誇りの問題ではなく


「今ここでエルンチェアの出した条件を受け容れ、和議に応じてみよ。

 グライアスそのものが存在し得なくなる。


 条件に服すれば国体護持が認められるなど、この内容から察するに、有り得ぬ仕儀である。

 何らの対抗要件も支度せず和議の席に着く事はない。

 断じて無いッ」


 条件闘争の一面を、王は強く意識していた。

 西から和議の使者が遣わされ、全権を委任されたと称する外務卿が提示したのは


「エルンチェアからグライアスへ、以下の提案を行う。

 第一条。当代国王は直ちに退位する事。

 第二条。次の王位継承者指名は、エルンチェア宮廷との相談を経る事。


 第三条。王位が空く間は、エルンチェア宮廷より派遣された然るべき人物がグライアス宮廷の指揮を執る事。

 第四条。グライアス西国境にある全ての防兵塁は、エルンチェア軍の指揮監督下に入る事。


 第五条。グライアス軍はエルンチェア軍の指揮下に入り、その与力として行動する事。

 第六条。タンバー峠の通行時は、例外なくエルンチェア宮廷に相談を要し、その許可を得る並びに必要に応じた検閲を受容する事。


 第七条。戦争勃発に至る経緯については、全てをエルンチェア宮廷に対して詳らかとし、大陸諸国家への説明は当国に一任する事。


 上記一切に応じるなら、和平の道は開かれるであろう」


 平たく言えば、属国化の要求だった。

 主権はほぼ完全に西へ移譲し、軍隊も単独行動はとれない。


 戦争のくだりに至っては、当方の言い分は黙殺され、全てが先方に都合よく語られる。そのような前提になっている観がある。


 屈辱どころではない。

 まかり間違えば、国名たるグライアスを失う恐れすらあるではないか。

 東エルンチェアあたりにでも改名させられたら、目も当てられない。


()んでたまるものか、このような条件。

 予の命などはどうでも良い。

 だが、グライアスの将来を西に売り渡してなるものか」


 怒りに震える王の意向は、武断派と目される軍人達、あるいは一部の文官貴族が理解するところだった。

 本条を無抵抗で受け容れる事だけは、何としても避けなければならない。


「塁を取り返す、ないしはエルンチェアに対していかなる形であれ、何らかの痛撃を与え、条件闘争に持ち込む。

 他には無い」


「では、具体的にどうされるのか。

 中途半端な手向いは、先方の怒りを増大させる。当方には何らの利益もない。


 徹底抗戦すると、主張するのは簡単だ。

 しかし、もう戦争を続ける余力は我が国のどこを絞っても出てこないのだ。


 無理をして、国を失う結果になったらどうする」


 非戦論者も激しく反論する。


「今は忍耐あるのみ。

 何を差し出しても、頭を垂れ続けても、まずは王家の血の安泰を図らねば。

 再起の道を模索するのに、王家なくして何が出来る」


「条件を受け容れれば和平の道を開くとは、なるほど本書状に明記されている。

 だが、国体護持を認めると、いったいどこに書いてある。


 先方は陛下の御退位を求めているが、その後については抽象的な事しか言明しておらんではないか。

 第三条を読んでみるがいい。


 我が王家は良くて傀儡、悪ければ、きゃつらは停戦後に捏造してでも非を鳴らし、断絶を申し渡してくる可能性もある。


 これでどうして、血の安泰とやらを無邪気に信じる気になるのか。

 理解に苦しむわ」


 武断派はひどく苛立っている。

 会議室に掲げられた双虎旗(そうこき)を見上げ、思いつめた表情で長く佇む者の姿も見られた。


 双頭の虎(グライアルフォス)は、大陸において盛んに物語、または絵画の主題として描かれる伝説の神獣である。

 エルンチェアが国旗の図案に用い、王都にある王家居城(テューロッセ)の名称由来ともなった三つ首(テューロ)の神犬(シフォン)と並び、大陸神話ではしばしば語られる。


 グライアスは、初代国王となった王家家祖が国の象徴として双頭の虎を選び、それにちなんで名付けた国名だった。


 旧帝国末期時代に、当時の皇帝から今の領土を与えられた折、その証として下賜された剣と文書にこの図案が施されていた。


「双虎の彫り物は、皇帝陛下の御手より直々に授かった剣の意匠である。

 これすなわち予が陛下の御意を賜った証であり、よって国を建てるにあたり、象徴と()すに最も相応しい」


 建国宣言とともに高々と掲げられた双虎旗(そうこき)は、当王家がその正当性を主張する際に無くてはならないものだった。

 奪われる時とは、王家が滅亡する時。


 国王とその周囲を固める代々の家臣団が、そのように思い詰める最大の理由なのだ。

 どれも不承知とするに十分だったが、特に第三条から第五条にかけては、絶対に拒否せねばならない。


 エルンチェア軍の与力となれば、当方の軍は独立性を喪失し、旗を降ろすしかなくなる。

 従って、突き付けられた条件は断固として突っぱねる。

 この点で、主従はむしろ団結したのだった。



 少し読みが外れたと、シュライジルは舌打ちせざるを得なかった。

 王が当宮廷における求心力を失ったと見ていたのだが、エルンチェアがあまりに強気の条件を提示したためだろう、近頃は国王周囲が先鋭化しつつあるように見受けられる。


「余計な事を。

 エルンチェアも、なかなかどうして強欲だな」


 リューングレスに残った縁者と連絡を取り合い、アースフルト第三親王に従う算段をとった彼は、非戦派の取り込みに精力を注いでいる。


 その伝手で聞いた西の条件に、目を瞠ったものだ。

 彼の周囲に集まり始めた文治貴族、特に同じような境遇で、要請に応じたがために何度も苦杯を飲まされた人々は、既に二十名を超え、一つの勢力を形成している。


 彼にこっそり和議文書を閲覧させた外交官は、苦笑いを漏らして


「こちらの予想を超えた条件だったな。

 まるで煽り立てているかのようだ。


 恐らく、西もこの条件が当宮廷を素通りするとは思っておるまい。

 どう読んでみても、第三条から第五条は拒否されると織り込み済みとしか思えないぞ。


 条件の調整で、この辺りを削除する代わりに、もっと厳しい内容を出してくる腹積もりと見るべきだ」


「西は、意図して当方に和議を拒否させるという事か」


「服すればよし、否であっても別に構わない。

 否なら否で、戦争を続行する。


 南に揺さぶりをかけるためにも、当方との紛争は長引いた方が得策だ。

 あっさり終わらせてしまえば、ヴェールトは、グライアスに責任を押しかぶせて知らぬふりをするだろう。


 それはそれでも、薪の取引さえ無事なら良いとも言えるが。

 西にすればせっかくの機会だ、より優位な条件で取引し直せるに越した事は無いと考えてもおかしくは無い。


 簡単に終わるならそれでも良い、こじれてヴェールトをも表舞台に引きずり出し、南への影響力を増大させられるならなお結構。

 考えとしては、こんなところではないか」


「抜け目なく計算しているというわけだ」


 シュライジルを首肯させた。


「この件は、早速にあの御方へ伝えたいが、良いか」


「もちろんだ。

 叶うなら、駆けつけてでも奏上仕りたい程だぞ。

 言うまでもないだろうが、軍人連中に捕まれないようにな」


「ああ。

 あの御方も、我らの安全については殊の外お気を回しておられるという。


 抜かりはない。

 必ず、あの御方へ文書を届けて差し上げる」


「それにしても、我が陛下は肝心なところで手抜かりをあそばされるものだな。

 こう言っては何だが、武断王と称される西の陛下にあらせられては、このような極秘文書の漏洩をまず許すまい」


「全くだな。

 お陰で、我らとしては仕事がやり易い。

 西の陛下であれば、とうに首が飛んでいるだろう」


 彼らは冷笑をこぼし合った。

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