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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十五章
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合縁奇縁4

 国境は今日も吹雪いている。

 戦争はエルンチェア側の勝利に終わり、グライアス側は防兵塁を占拠され、捕虜も身分に応じて幽閉されている。


 司令官である王太子は、国王の命によって王都へ帰還し、入れ代わりに行政の指揮を執る人物が到着した。


 残されたツァリース大剣将と、王太子の代行を務める行政官が、現在の塁を守っているのだった。

 置き去りにされた旗本隊、特にダオカルヤン・レオダルトはひどく焦燥していた。


「そう焦るな。

 苛立ったところで、都に帰れるわけでなし」


 将官向けの談話室で、茶に手を付けようともしない彼を、僚友のエルゼボネアという青年が諫める。

 まだ帰都の許しは無いか、塁出立の下命は無いか、毎日のように気にしている王太子の側近を見かねているらしい。


「この塁におっては、都の情勢は何も判らん。

 不安に思うのは理解するが、それは我らも同じだ。

 今は待つしかない」


「判っているさ、エルゼボネア。

 だが、気が急いてならん。


 暦が改まってから既に二十日ばかりが経つのに、未だ何の沙汰も無い。

 都で何が起きているかもさっぱりだ。

 落ち着いてはおれん」


「そういえば」


 最年少のチェルマ―が口を開いた。

 グライアスの女性武官マクダレアを捕らえた功労者である。


「先程、塁門が騒がしかったようです。

 誰か、人が来たのかもしれません」

「商人ではないのか」


 疑問を述べたのは、旗本隊の一人で、ダオカルヤンとも付き合いが長いクライダルという若者だった。


「この塁に居る兵士は、一部の捕虜も含めればざっと一万人。

 塁の居住の限界まで収容しておる。


 糧食の手配だけでも一苦労だろうよ。

 毎日のように来るのは商人だけだ」


「それなら、塁門ではなく、商人用の脇門を通ると思います。

 正門に人が来るとなれば、相応の身分の者でしょう」

「何だ、正門だったのか」


 クライダルが顔を明るくした。

 エルゼボネアも頷いた。


「なら、話は別かもしれん。

 少しは期待してもよいかもしれんぞ」


「だといいがな」


 ダオカルヤンは、なかなか普段の陽気さを取り戻せないでいる。

 エルンチェア軍は、進発時に四個の師団、七万人に達する兵を派遣した。


 大軍を維持するためにかかる膨大な負担と、状況が判らない事への不安が、どうしても気分に翳を落としているらしい。


「我が方の撤兵計画は、当初の見立て通りになっているのだろうか」


「何とも判らんな。

 ジークシルト殿下がおわせば、我らにも詳細が伝わるだろうが、生憎と御老人の他はよく知らん行政官どのが一切を取り仕切っておられる。

 何も教えて下さらないからな」


「大方、ダオカルヤンが実情を知ったら脱走しかねないと、御心配なされておいでなのだろうよ。

 何せ脱走は、御幼少の殿下にお仕え申し上げていた頃からの、おぬしの得意技だ」


「そんな昔の話を持ち出すなよ」


 修学仕時代の逸話である、傅役ツァリース大剣将の目を盗んで若主君ともども課題を放棄して、逃げ回っては遊んでいた事を揶揄され、ダオカルヤンは顔をしかめた。

 エルゼボネアが真面目な顔をした。


「いやいや。

 御老人閣下は、遠い昔の事とは御考えではおられまい。


 むしろ、昨日の事のように鮮明に覚えておいでだろうよ。

 年寄りは、近頃の事より昔の事の方を、よく覚えていると言うからな」


「なるほど。

 昔の悪戯を覚えておられるから、殊の外おぬしを警戒なさるのやもしれんな」

「あのな、おぬしら」


 ダオカルヤンが頭を抱えた時だった。

 王太子気に入りの側近衆のうち、席を外していた一人が談話室に顔を出した。


「何の話だ」


 名をアルテンシュライスという彼を含めて五人が、かつてブレステリスが起こしたジークシルト暗殺未遂事件において、若主君直々の指揮の下、襲撃犯三名を取り押さえた武官達だった。


「おおアルテンシュライス。

 我らでダオカルヤンを弾劾していたのだ。

 御幼少の殿下を唆し奉り、脱走技を繰り出してツァリース大剣将閣下の御手を煩わせた事についての」


「ちょっと待て、クライダル。

 話が変わっているぞ。


 誰が唆し奉った、誰が。

 逆だ、おれが唆しを賜ったのだ」


「ほほう。

 少し元気になったな」

 

にやにやしながら、エルゼボネアが言う。


「やっぱり、おぬしを元気づけるのは、からかうに限ると見た」

「要らん、そんな気遣い。

 それよりもアルテンシュライス、おぬしはどこに行っていた」


「ついさっき、塁門に王都からの使者が来った。

 様子を見に行っていたのだが、まずかったのか」


「素晴らしい。

 さすがはおぬしだ。

 他とは出来が違う」


「どの辺りがさすがなのか、よく判らんのだが」


 会話の流れをつかめないでいるらしい、当惑した様子で、彼は首を捻りながら椅子に腰かけた。


「まあいい。

 当塁の守り手に関する、新しい命令があるようだ。


 明日にでも発表されるとまでは聞き出せたがな、どうにもツァリース閣下は口が重たい。

 塁の収容人数が限界に達しており、吹雪のせいで補給路の確保にも難儀しているらしいな。


 恐らく、そう長くは塁占拠を維持する方針を続けられないだろうというのが、行政部の見通しだと聞いた」


「おぬし、案外に情報通だな」


 クライダルが目を丸くした。

 彼はアルテンシュライスと仲が良い。

 が、それでも自分の知らない友人の側面を発見したといった驚きを素直に表した。


「大剣将軍閣下の口が重たいというのに、どうやって聞き出したのだ」


「閣下にはお尋ねしてはおらん。

 行政部に、我が父の古い知人がおられたのでな。

 父上の縁故(よしみ)をたぐり寄せて聞き出した。


 おれにも子供の頃からの縁があるので、少し便宜を図って頂けたのだ。

 あんまりあてにされても困るぞ。

 そうそう何度も話を聞きに行ける程の間柄でもない」


「十分だ。

 昔の脱走騒ぎで、未だに大剣将閣下の御懸念を払拭しかねている男も居る。

 それに比べれば」


「何か、おれに含むところがあるのか、エルゼボネア」


「この男のからかい癖は、今に始まった事ではなかろうが。

 いちいち気にするな、ヴェルゼワース。

 話が進まんではないか」


 クライダルに注意されて、ダオカルヤンは腹立たし気ながらも黙った。

 アルテンシュライスは続きを促され


「さしあたり、撤兵は四万人まで進んだそうだ。

 おぬしらも知る通り、当初は塁を占拠して一月は耐えられるように計画してあった。


 王太子殿下の御帰還後は、我が方の塁から順次帰都、あるいは周辺塁への転属で、だいぶ人数が減っている。


 とはいえ、まだ西にも一万、こちらの占拠塁にも八千五百が駐留しているとの事だ。

 明日からは、捕虜のうち身分が低い者をまとめて解放するという話だぞ。


 補給路の確保が困難で、兵士向けの糧食が不足する前に、足手まといはさっさと東の王都へ帰すという方針らしい」


 聞き取って来た内容を語った。

 確かに、糧食や水の手配、衛生への配慮を考えた時、塁に確保する捕虜の人数は絞った方が合理的というものだろう。


 自国領ならまだしも、敵国の領土に補給無しで駐留し続けるのは難問であり、駐留する当方の将兵らを問題なく生活させるのが優先となれば、将官級の数人を身柄拘束すれば事足りるのである。


「雑兵はもっと早く解放するはずだったらしいが、悪天候に配慮して、しばらく様子を見ていたそうだ。

 しかし、吹雪を懸念していてはきりがないのでな。


 この辺りで見切りをつけ、解き放ちと決まった。

 まあ、塁を出された捕虜たちが幸運かどうか、議論の余地はあるが、そこまで気を使ってもいられないとの由。


 どうやら、グライアスは和議に応じない構えだというのだ」


「まだやる気満々なのか、東は」


 クライダルが露骨にあきれた。


「これ程の大敗を喫して、なおも意気軒昂とはな。

 おれなら、とっくに降参を考えているところだ」


「何とかして、せめて塁でも取り返さねば、まともな条件で和議など成らない。

 東の国王陛下は、我がエルンチェアに出された条件をそのまま呑み込む気にはなれなかったようだな」


「どういう内容だったのだ。

 和議についての話し合いは始まっているのだろう」


「そこまでは、教えて貰えなかった。

 和議に応じない構えとしか判らん。


 まあ、話し合いを呼び掛ける使者なり、文書なりは間違いなく先方に届いている。

 この程度だ、おれが聞き出せたのは。

 後は」


 アルテンシュライスは居ずまいをただした。


「我らがジークシルト殿下は、先頃、西から妃をお迎えあそばされた。

 内婚の儀が挙式されたという話だ」


「なにッ」


「喜べ、ヴェルゼワース。

 おぬしが何よりも気に懸けていた件は、どうやら方向性が変わったようだぞ。

 弟君の御討伐を控えて、内婚の儀も無かろうよ」


 僚友の一言が、ダオカルヤンにたちまち生気を取り戻させた。

 付き合いの長いガニュメア人青年ラミュネス・ランドの怜悧な童顔が、脳裏に思い起こされる。


(おぬしだな、ラミュネス。

 弟君を御救いまいらせる、何か妙案を考え出してくれたに違いない。

 良かった)


 彼は、ようやく心から安堵した表情を浮かべた。

 東のグライアス王国が今後、どのように出るかはさておいて。

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