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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十五章
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合縁奇縁2

 この姫は、杭打ち刑の意味を正しく理解し、その上で落ち着き払っている。

 貴族、それも王家連枝の出にあるまじき胆力と評して差し支えない。


「一理あるな。

 思うに、ヴェールトは戦々恐々なのだろうよ。


 この際は冤罪だろうが何だろうが、責めを負わせる南北共通の存在を見繕い、手仕舞いにしたいと見える。


 要は、我がエルンチェアに横やりを入れられたくはない、ひいては戦争の口実にされたくない。

 その一心と見てよかろう」


 寛いだ、というか腹心を相手に持論を語る時の態度になっている。


「もっとも、(いにしえ)の帝都にお住いのお歴々が、おれの知らない書物を紐解いて、暦改めには杭打ち刑を晒すべしとの記述を発見したのなら、話は別だがな」


「そのような奇抜な新年の風習があるなんて、寡聞にして存じませんでしたわ。

 わたくし、これでも本は読む方なのですが」


 ヴェリスティルテも、微笑しながら茶を喫しつつ、ジークシルトの冗談に応じた。


「機会があれば、ぜひその書物をご紹介頂きたく存じます。

 もし実在するのなら」


「おれもだ。

 姫とは意見が合うようだな」


「光栄に存じます」


「では、意見が合うという事で、引き続き姫の御卓見を伺おう。

 おれは、ヴェールトの狙いは判らん事も無いが、不首尾に終わると考えている。

 姫は如何(いかが)か」


「はい、殿下に同じく考えます。

 ヴェールトは、二点を見逃しておりますもの」

「ほう、二点か」


 ジークシルトは、明らかに興味津々の体で、愛飲する酒もそっちのけといった様相を見せた。

 身を乗り出している。

 彼の見立てと、今のところ一致しているのだった。


「彼らは、何を見逃している」


「一つには、根回しです。

 宮廷間の意向を一致させ、合意の裏付けを基に、事件が発生した塁を納得させる手順が必要と考えます。

 でなければ、被害を受けた兵士らを抑えられないと思うのです」


「ヴェールトは、その手順を省略していると見ておられるか」


「先程の伝令の様子からして、あの速報は、わたしどもヴァルバラスの報告ではございませんでしょう。

 父なら、わたしにも一報入れてくれるはずなので。


 それだけでなく、わたしどもの宮廷を経由したにしては、報告が早すぎます。

 ヴァルバラスにもまだもたらされていない、南側から漏れてきた間諜の報告なのでは」


 ヴェリスティルテはすまして答えた。

 ジークシルトは少し険しい表情になったが、すぐ破顔した。


「これは。

 たったあれだけのやりとりで、そこまで看破されるとは。

 感服した」


「恐れ入りますわ」


「ちっとも恐れ入っているようには見えんがな。

 まあいい。

 ゆえに姫は、まだ宮廷同士で話がついていないのに、現場が先走ったと見ておられるのだな」


「はい。

 今一つは、山岳民がどう出るか。

 計算に入っていないように思われます」


「……ほう」


「杭打ち刑は、山の盗賊に対する威嚇でございましょう。

 これまでに何度もありましたが、一度として威嚇が成功した例がございません。


 むしろ、盗賊達は一段と活動を活発化させる傾向すら、あるのですわ。

 峠の守備隊を増員したり、通行を希望する者へ注意を呼び掛けたり、先に手を打たねばなりません。


 そして、わたくしの知る限り、御国では事前の対策を施した形跡が無いのです。

 少なくとも、ヴァルバラス宮廷では存知していない事です。


 恐らく、ヴェールトも同じ。

 峠を管轄する者が、盗賊の跋扈ににどれだけ手を焼かされるか。

 南も知らないわけはないのです」


「にも関らず、杭打ち刑の執行が突然すぎるという事か」


「左様です、殿下。

 従って、峠の安全に関する事情をよく弁えない誰かが、周囲に諮らず独断で行った事だと思います。


 近いうちに、山岳民の盗賊団が報復と称して暴れ出す可能性を、お考えに入れておいて()くはないものと」


「二点の見落としか、なるほど参考になった。

 我がエルンチェアは海国だ、山の事はよく知らん。


 ゲルトマ峠を管轄するヴァルバラスの意見は、実に貴重と言わねばならんな。

 姫、謹んで礼を言う」


 ジークシルトはしごく真面目だった。


「姫の思考は、おれにはよく理解出来る。

 ヴェールトの方は、さっぱり判らん。


 だいぶ焦っているのであろうとは、何とか思い至るが、どういう焦り方をすれば、山の生蕃を杭打ち刑に処せば万事解決、などとの考えに達するのか。


 田舎者のおれには理解しかねる」

「ご安心ください、殿下」


 ヴェリスティルテはにこやかに


「わたくしにも判りかねます。

 古の帝都に居ますやんごとない方々は、ユピテア教の大司教猊下にありがたい御神託を賜ったのかもしれません。


 寝言とも申しますけど」


 毒を吐いてのけた。

 ジークシルトは、危うく強酒でむせるところだった。


「姫も存外、お口が悪いようだ」

「田舎者ですから」


「結構だ。

 田舎者同士、うまくやれそうで安堵している」


「ありがたく存じます。

 どうぞ、ご遠慮などご無用にあそばされませ。

 今更ですけど」


「まったく、今更だな」

 いつのまにか、ジークシルトは美貌を和ませていた。



 本来の王族における婚姻は、十分に時間をかける。

 婚約内定から両者の顔合わせまで、相当に急いだとしても半年は時間をとるもので、その間に周知させる。


 女性の方が支度に手間がかかり、移動にも気を遣うため、成婚は大概が春から初夏にかけてが、特に北方の慣例なのだった。

 ジークシルトは


「ところで、姫。

 此度は、諸般の事情で前例の無い冬の婚儀となる。

 申し訳ないが、来客も少ない可能性がある。

 その点はご承知か」


 彼にしては上出来と言うべきだろう。華やかな式典になりにくい見通しを気の毒がった。

 ヴェリスティルテは、上品ぶるのをやめた。

 あははと豪快に笑い飛ばしたのである。


「承知しております。

 ここだけのお話ですけど、わたくしが志願して、顔合わせを早めて頂いたのですもの」

「やはりか」


 出発前、バロート王は冗談と受け止めたらしいが、ジークシルトはかなり本気で


「転がる勢いの婚姻は、姫の発案ではないか」


 と指摘したものだった。

 どうやら、予想は正しかったらしい。


「事のついでだ。

 今一つ的中(あて)て遣わす。

 先の国境戦で、ヴァルバラス軍が南国境において軍事演習を行ったと聞いている。

 姫の差し金だろう」


「はい。

 ご名答ですわ」


「世話になった。

 ヴァルバラス軍のお陰で、ブレステリスはつまらん野望を捨てる踏ん切りがついたと見える。

 姫の事だ、我がエルンチェアにまつわる北東の情勢も、正確な理解が及んでいるだろう」


「少しは」


 王太子の洞察力と器量に、彼女も内心で舌を巻いている。

 こちらに言わせれば、彼の方こそ、僅かな手がかりだけでヴァルバラス軍を動かすよう進言したのが目の前の姫君だったと、よく見抜いたと思う。


 レオス人社会は男性が優位で、女性が意見を求められる機会などまずないのだ。

 聞く耳を持ってくれただけでも、一般的ではない。


 貴族にとって普遍的な女性観にそぐわない自分を、気に入ってくれたようだ。

 女がでしゃばるなと一喝されてもおかしくない状況だったのに、真顔で向かい合ってきた。


 彼は真摯に話を聞き、頷き、実父を別とすれば恐らく初めて、ヴェリスティルテの見解を評価した男性だった。

 請われるまま、北東圏の事情に関する自分の所見を語って、何度も同意された時


「この良人(おっと)と巡り合うために、わたしの今までがあったのだわ」


 腑に落ちたのだった。

 そして、実父にも感謝の念が湧いてくる。


「ありがとう存じます、お父さま。

 わたしを娘と思し召しになられず、息子も同然にご教導くださったから、この御方の御目にかないました。

 縁とは不思議なものですね」


 話が一段落し、自然と浮かべた笑みを、婚約者は見とがめたらしい。


「何か、おかしな話でもしたか。

 おれはどうにも、女人扱いが下手だ。

 知らぬうちに、とんだ放言をしでかしている場合がある」


「いえ、違いますわ。


 縁の巡りの面白さを感じておりました。

 わたくし、生国ではまったく縁に恵まれておりませんでしたの、この性分のおかげで。

 そう、本当にこの性分のおかげがあったからこそ、殿下に巡り合ったのだと思っております」


「それは欣快。

 おれも、ブレステリス生まれの姫を押し付けられなくて良かったと、つくづく思っていたところだ。

 気が合わぬに決まっているからな」


 ジークシルトは頑として決めつけた。

 そして


「縁か。

 なるほど、奇妙なものだな。

 が、悪くない」


 また笑った。

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