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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十五章
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合縁奇縁1

 王都近郊の静養地カシュタエラは、歓迎の熱気に満ちていた。

 都市の正門には、二種類の国旗が掲揚されている。


 一棹は黒地に黄色の神犬旗、もう一棹は濃い茶色の布、中央には国を象徴する山と金槌を象った図案が、エルンチェアよりやや濃いめの黄色い糸で縫い取られている。


 通称を「金槌旗《きんついき》」というその旗を掲げるのは、大連峰の西、山裾に領土を持ち、鉱石資源に恵まれた王国ヴァルバラスである。


 当国の王太子が西より妃を迎える。

 二人が初めて顔を合わせるこの地では、王都より早く奉祝の様相を呈しているのだった。


「手回しが良い事だ」


 現地入りしたジークシルトは、大通左右に押しかけている市民達の無邪気な歓呼を聞きつつ、馬車の中で苦笑している。


 父は、早々に手配を命じていたのだろう。

 伝令が


「ヴェリスティルテ姫は、昨日ご到着におわす由」


 相手が既に王族専用の保養邸に入っていると知らせてきた。

 街の中心部からやや南寄りの位置に、北方建築特有の高塔式で建てられている小城がある。


 門には、当国国旗の他に、金槌旗《きんついき》旗も立てられており、ヴァルバラス軍人と思われる茶色の軍服を着た士官が数人ばかり姿を見せていた。


 冬の太陽が、午後の日差しを黒雲の隙間から投げかける時刻、ジークシルトは馬車を降りた。


「ジークシルト・レオダイン殿下。

 御成りにございます」


 触れ係の号令で、門に整列する人々が一斉に辞儀を捧げた。


「大儀である」


 一言だけ残し、王太子は普段の通りの足早で邸内へと消えて行った。

 エルンチェア側には馴染みの態度だが、ヴァルバラス側は驚いたらしい。


 忙しない彼の様子を、あっけにとられた様相で見送ったものだ。

 ジークシルトは侍従団を振り切りかねない速度で、屋敷の玄関をくぐり


「姫はいずこにおいでか」


 下問した。

 事前に彼の性格を言い含められていなければ、対応に難を生じただろう。

 王の手配はその点も含まれていたらしく、屋敷付きの執事は畏まって


「居間にご案内しております。

 殿下のご到着をお待ち申し上げておわします」


 答えた。

 この気が短い王太子を満足させるには、素早さが肝要なのだった。


 ジークシルトの行動力は、屋敷勤めの者達の想像を超えている。

 通常であれば、まず休息の間で一刻程も疲れを癒し、衣装を礼装に改めて登場となる。

 だが、彼は


「では居間へ参る」


 早々に足を対面の場へ向けた。

 執事は、道理で初めから礼装を調えていたのだと合点した。


(これは余程に御面会を御望みでおわしたか)


 ついでに、思わず勘ぐった。

 臣下の下世話など知る由も無く、彼は居間へ渡る。


 室内では、昨日のうちに全てが支度され、婚約者を待つ一行が控えていた。

 ヴェリスティルテは居間の下座に腰を下ろし、大人しくしている。


「まもなく殿下の御成(おな)りにございます」


 そう聞いていたが、もう身近なところまで来ているとまでは思っていない。

 王族は勿体をつけて登場するのが常識というもので、対面まで一刻以上は待つものだと考えていたのだった。


 ところが。


「お渡りにございます」


 慌てて飛び込んできた伝令の言葉で、姫当人のみならず周囲一同が仰天した。


「えっ、御到着はつい先程と伺いましたが」


「左様です。

 殿下は早速に御対面を御所望におわします」


「ええっ」


 さすがにヴェリスティルテも目を瞬かせた。


「あら、随分とお早い」


 などと言っているうちに


「殿下の御成り」


 扉が開かれた。

 一同は直ちに姿勢を正し、ヴェリスティルテも立ち上がった。


 ジークシルトは、彼女の後姿を目にしている。

 なかなかふくよかで、細身が有利なレオス人の淑女観から、いきなり外れている。


 正面へ回った。

 姫は優雅に、とは言いかねる所作で淑女の礼をとった。


 伏せられていた顔が上げられる。

 ジークシルトとヴェリスティルテ、第七代王太子夫妻となる両人の、初めての顔合わせだった。


「初めて御意を得ます。

 ヴァルバラス王国ドナンヴァール王爵家より参りまいた。

 ヴェリスティルテ・アロアにございます」


「お初にお目にかかる。

 エルンチェア王国が王太子ジークシルト・レオダイン・シングヴェール。

 以後はよしなに願う」


「恐れ入り奉ります」

 ごく無難な挨拶が交わされ、二人は腰を下ろした。


 双方とも、互いを探るかのような視線を向け、すぐには会話に入ろうとしない。

 そこそこの時間が経った頃、ジークシルトが


「どうも、わたしは気遣いが下手だな。

 失礼した。

 何か飲み物を用意させよう。

 好みを申されよ」


 苦笑しつつ口を開いた。

 ヴェリスティルテは微笑した。


「ありがとう存じます、殿下。

 香茶(かおりちゃ)を頂戴致したく存じます」


「承知した。

 すぐ持たせる」


 後ろを振り返り、侍従に合図する。


「姫に香茶を。

 わたしには、温めた強酒(こわざけ)を持て」


 面倒そうな顔つきになっている。

 彼としては、他意は無かった。


 王城であれば、言葉で指示するまでもないものが、いちいち言わねば通じない。

 宮廷からは、万事を手回しよくと助言されていたようではあるが、周知徹底というわけにはいかなかったと見える。


 苛立ちの傾向を見せる彼を、ヴェリスティルテは微笑みながらも実は注意深く観察していた。


(御気ぜわしくあられると聞いていた通り、いえそれ以上かもしれないわ)


 婚約者の人となりについては、かいつまんだ内容は聞かされたが、ヴァルバラスはエルンチェアとほとんど交流が無かった。


 従って、いわゆる事情通がおらず、ヴェリスティルテは婚約者をあまりよく知らない。

 第一印象は


「気難しそうな御方」


 だった。

 特に話が弾むわけでもなく、互いに黙ったまま、飲み物が届くのを待った。


 やがて用意が整った、その時だ。

 追いかけるようにして、伝令が入室の許可を請うてきた。


 王都からの連絡があるという。

 ジークシルトは少し考える仕草をし、茶杯を手に取った姫を軽く見やって


「失礼しても宜しいか。

 我が宮廷より、急ぎの用件があるという。


 中座させて頂く。

 それとも、お聞きになりたいか」


 何気なさそうに言った。

 ヴェリスティルテは茶を手にしたまま


「聞かせて頂けるのであれば」


 静かに答えた。

 その表情から何を読み取ったものか。

 ジークシルトは軽く笑った。


「宜しい。

 姫は御聡明と伺っている。


 あるいは、御意見を聞かせて頂くやもしれん。

 余の者は下がれ。呼ぶまで入室を禁じる。


 伝令、構わん。

 人払いを確かめたのち、この場にて報告せよ」


「はっ」


 部屋からは、顔合わせの当事者達と伝令使を残して、全員が出て行った。


「では、謹んで言上仕ります。

 ゲルトマ峠における情勢に変動あり。

 ヴェールトは、山岳民の盗賊を処刑し、杭打ち刑を晒したとの由」


「なに」


 さすがに予想の範囲を超えていたと見えて、王太子は眉根をよせ、次に姫を見た。

 気まずそうな表情を、彼女に向けている。


「これは申し訳なかった。

 このような内容だったとは」


「いえ、殿下。

 お聞かせ頂いて、宜しうございました」


 ヴェリスティルテは穏やかな口調で応じた。

 だが、その顔色、特に目の色合いには、確かに理知の光が宿っていた。


 向かい合う女性の表情を見て、ジークシルトも考え直したのだろう。

 驚いた様子だったのはほんの一瞬で、すかさず表情を引き締め


「ほう。

 なるほど、噂とは畢竟あてにならんというわけだな。

 噂以上だ」


 眼を鋭くすがめた。

 ヴェリスティルテに動じる気配は無い。

 ジークシルトは頷き、再び伝令に視線をやった。


「他は。

 今のところ、続報は無いか」


「ございません。

 杭打ち刑が執行され、峠に運ばれたとの連絡が当宮廷に入りましたのは今朝方、殿下が御立ちあそばされた直後の事でございます」


「大儀。

 下がってよい」


 室内は、本当に二人きりになった。

 だが、両人とも面差しは結婚を控えた男女のそれでは有り得なく、まるで会議に臨んでいるかのようだった。


「さて、姫。

 お聞きの通りだ。

 ヴェールトの意向を、如何に思われる」


「はい、殿下。

 武力衝突を可能な限り局地に留めたい、戦争に発展させたくないとの意思は感じます」


「根拠を伺おう」


山岳民(カプルス)は盗賊、峠を通行する商人らにとっては恐怖の対象です。

 言い換えるなら、罰を与えられても万人が納得する存在です。

 たとえ冤罪(えんざい)であっても」


 ヴェリスティルテははきはきと答え、ジークシルトを瞠目させたのだった。

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