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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十四章
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赤い雪6

 ゲルトマ峠にて、ヴェールト・ヴァルバラス間に流血騒動起こる。

 一報は、発生からしばしの間をおいて、ようやく南西三国にも伝わった。


 その頃の現場は、不幸にも替え玉に仕立てられた若いカプルス人盗賊の生首および晒し胴体が、双方に物議を醸しているさなかである。


 暫定ながら王太子となるべき立場に身を置いたシルマイト・レオンドールが、その報に接したのは、物議が物騒な事件に発展したあたりだった。


 この時、まだカプルス盗賊団の塁襲撃事件は伝わっていない。

 南北間の局地紛争を聞いて


「ばかか」


 きわめて簡潔に、第五王子は感想を吐き捨てた。


「何が原因かは知らぬが、双方とも愚かの極みだ。

 事にヴェールトの愚劣ぶりはどうだ。


 ヴァルバラスの背後にはエルンチェア有りと存じておろうに、何を血迷って北方国家と剣を交えたものか。

 先方が先んじたというなら、兵士の五人ばかりも差し出せば良かろうに。


 射るなり斬るなり好き放題にやらせておけば、今頃は北に悪役を押し付けて、南方諸国家の同情を一身に集められたものを。


 小競り合いなぞやらかしたお陰で、進んで北に隙を見せたも同然と成り果てたではないか」


 ただでさえ、北方東国境の戦争がグライアス不利となり、彼らと手を結んだヴェールトは、対エルンチェア外交において厳しい状況になりつつある。


 シルマイトから見れば、現状がこのまま推移すれば、ヴェールトの巻き返しは絶望的と思われるのである。


(……ま。せいぜい絶望の渕を彷徨ってもらうとするか。

 旧帝国時代きっての名門貴族が、この屈辱に耐えられるかどうか。

 見ものと言ってよかろうな)


 その方が、彼が率いるエテュイエンヌ王国には都合が良い。

 続報が待ち遠しいとシルマイトは思う。


 もちろん、おいおいに連絡が入ってくるであろう。

 今は遠いゲルトマ峠の事件よりも、気にかけるべき身近な問題に注意を向けるべきだった。


「シャウドルト」


 たいそう久々に、彼は脇に控える執事の名を呼んだ。


「あの男のその後はどうなった」

「は。

 変わりませぬ」


「まだ、消息が知れんのか」

「御意にございます。

 遊牧民に拾われ、北上を始めたとまでは報告が入りましたが、その後はどうにも」


「どこへ消えた」


 不思議な事態になっている。

 一計を案じて王都追放した実兄ロベルティートは、当初こそシルマイトの手の者に行動を捕捉されていた。


 しかし、ある時を境に、ぷっつりと行方不明となったのである。

 草原には、開拓民が村を拓いてそこかしこに点在している。


 王都から北に向かったある場所までは、遊牧民の一団を追う事が出来ていたという。

 だが。

 切っ掛けがあって、彼らを見失い、今になっても見つからないのだ。


「人が消えるものか。

 女子供ならまだしもの事、遊牧民の一部族が丸ごと消えるはずなどあるか。


 探せ。

 近くにいる」


 シルマイトは厳しく申し渡したが、反応が期待に背いている。


「北に向かったとなれば、あの男はダリアスライスを目指しているのは必定だ。

 他に行く場所も無い。

 北以外は探すまでもないのだ、必ずいる」

「……は」


 シャウドルト執事はうっそり頭を下げた。

 シルマイトは、手駒に関心は持たない。


 だから、忠実な老執事がいつもよりも憂えた表情でいる事に、全く気付いていなかった。

 彼には優先して意識に乗せなければならない事案が山とあるのだった。


「とにかく、街だの開拓村だの、どこかには立ち寄る。

 遊牧民だけならいざ知らず、宮廷しか知らぬ王子を連れているのだ、普段と同じというわけにはいくまい。


 ダリアスライスに通じる街道沿いの町にも、手の者を今少し増やしておけ。

 露商あたりに化けさせて、イローペと接触しやすくするのだ。


 いくらロベルティートがあほうでも、当人が町に乗り込んで来るとは考えにくい。

 いいな」


「はい」


 淡々と返事をするシャウドルトの顔色から、シルマイトはついに何も読み取る事は無かった。

 執事を退出させ、また自らの思考に沈む。


「なかなか。

 計画とは実現しにくいものだ」


 あの日の事を思い出す。

 さしあたりは上手くいったが、飛び入りの要素が絡んできた。

 四兄が遊牧民の庇護を受けて北上していると聞き


「意味が判らんぞッ」


 思わず取り乱した程に驚いた。

 あれから、何度も考え直したが、両者を繋ぐ「何か」に思い当たる節は無い。


 いったいどういう事なのか。

 今こうして考え直してみても、やはり想像は及ばなかった。


 仕方がない。

 思案を断念する。


 現在は立太子礼の挙式が重要な案件の筆頭となるべきだった。

 正式に王太子として冊立されてさえしまえば、恐れるものは何も無い。


「……今はどうにもならんな。この件も続報待ちだ。

 さて。

 ()()()にお目通りを願うか」 


 草原の状況については情報不足という事もあって、一旦は棚上げとする。シルマイトはそう決めて、考えを父の「説得」に向け直した。


 伝令を呼び、先触れを言いつける。

 当宮廷における現在の王は未だ父だった。


 たとえ有り様はシルマイトが実権を掌握しつつあるとしても、全ての王国に共通している文治派貴族による宮廷官僚の管理、実地の指揮権を、父は容易に手放そうとしない。


 先日はかなりあからさまに恫喝をかけた。

 レイゼネアの不幸をちらつかせ、ロベルティート追放と王太子の内令旨までは追認させたのだったが。


 立太子礼は、どうにも抵抗を諦めないのだ。

 太子に立てない今は、裏の方は別として、表向きには王室最後の男子という立場に畏まっているしかない。


 しかし。

 この説得がまたたいそう面倒であった。


 父は完全にシルマイトを見放した、あるいは毛嫌いした様子で、面会希望の申し入れも何度かに一度は拒まれる。

 ほとんどの場合は、体調不良が口実だった。

 つい先日も


「具合が悪い。安静にしていたい」


 との理由で面談の申し込みを退けられている。

 そして本日も、断りの返事が来た。


 もっとも、黙って引き下がるシルマイトでは無かった。

 いかにも心配だといった表情をけろりと作って


「おお。何たる痛恨。

 父上もお年を召され、玉体には御疲れが蓄積しておられると見える。


 こうも頻繁に御不例との御意を承るのが何よりの証拠。


 僭越ながら、このシルマイトが国事全般を父上に成り代わって切り盛り致しまするゆえ、御心を安んじて御静養あれ。


 そのように奏上致せ」


 厳かに王付き伝令使へ言い渡した。

 むろん伝言を聞けば、病床に臥しているのが真実だったとしても、父は大慌てで寝台から飛び起き、王座に腰を据えるに決まっている。


 彼は看破している。

 大仰に演技じみた言い回しを用いているのは、自分を厭う父への皮肉に他ならない。

 その上で


「ときに典礼庁は何を致しておるか。

 今般の、国王陛下にあらせられる著しき御不例を耳にしておらぬとは、よもや言うまいな。


 医師の派遣はいかがか。

 陛下の玉体に対し奉り、万全を期しておらぬというのであれば見過ごせんぞ。


 役目への怠慢は許し置くあたわざるところだ。

 陛下に万が一の事あらば、その責任を厳しく問う」


 だめ押しも喚いておいた。

 これ以上、仮病を口実に自分を遠ざけるなら、王の代わりに典礼庁を罰するぞ。


 露骨な脅しである。

 父は屈服するに相違ない。


 果たして。

 王は第五王子との対面に同意した。ただし、公式の場である謁見室ではなく、居間へ来るように。そう指示してきたが。


(どうしても嫌か、頑迷な)


 あくまでも私的な接触に留めたいとの意思を感じて、シルマイトは不敵に笑った。

 彼の見立てによれば、父の陥落は時間の問題なのだった。


 廊下を渡りつつ、彼は次の策を練り始めている。

 西の峠で起きた南北間の武力衝突を、自分が思い描く戦略にどう組み込むか。

 信じ難い愚行をしでかしたヴェールトは、さぞかし後始末に困っているだろうと読んでいる。


(さて。

 エルンチェアが勢いに乗じて強気の態度をとってきたら、あの連中はかわしようが無いだろう。


 状況次第で、ダリアスライスも動くはず。

 何せ、やつらはヴェールトよりも南、つまり背後を抑える地理条件を備えているのだ。


 しかし、我が南西三国は、そのダリアスライスを更に背後から抑え込めるのだぞ。

 あの気位ばかりが高い旧帝国の名門に恩を売るとしたら、今が最高の時期だな。

 全く、よくぞやらかしてくれたものだ)


 血染めの雪に埋もれたゲルトマ峠の、最新の情報を、シルマイトはまだ入手していない。

 勝算を胸に秘め、彼は父王の居間へ向かった。

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