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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十四章
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赤い雪5

 襲撃の爪あとは凄まじいものだった。

 ゲルトマ峠で発生した乱戦は、先の局地戦とは比べものにならない程の被害を出した。


「何たる事だ」


 日がすっかり落ち、かがり火で照らすにも限度があるという時分になって、ようやく山岳の盗賊団が退いた。


 敵が闇に紛れて姿を消し、静けさが戻って来た時。

 ヴェールト守備隊は、総数の実に八割を失っていた。


 せっかく補充した兵士らも、物言わぬ姿で累々と転がっている。

 現在の生存者は僅か十七名であり、最も軽傷でさえ腕や足を骨折していたものだ。

 何とか生き残った隊長と周囲は、心底から疲れ切った体で武官詰め所の椅子にへたりこんでいる。


「隊長どの。

 盗賊の死骸が見当たらないとの報告が上がっております」


 ふらつきながら、手も足も頭も包帯に覆われた兵士が注進に来た。


「あの騒ぎに取り紛れて、カプルスどもが持ち去ったと思われます」


 頷いて了解の意を伝えるのが、隊長の精一杯だった。

 守備隊上層部の一人が


「……首無しの死骸を見たカプルスども、激昂にかられて再び襲撃してくる懸念はございますまいか」


 力無く呟いた。

 全員が俯き、唇を噛む。

 無いとは言えない。


「宮廷に、至急増員を求める他は無いと存じます」

「そんな体力がある伝令が、生き残っていればの話だな」


 隊長は、やっとの思いといった様子で応じた。

 現状、まともに体を動かせる者がほとんど居ない。


 単独で峠を降りるのも、今となっては危険と見なければならない。

 山の地理事情は、この辺りを根城にする盗賊団が精通するところに相違なく、拓かれた正道は彼らの目が光っていると考えるべきだった。


 ましてや獣道、脇道の類は論外と言える。

 詳細を伝える事には向いていない、手旗や狼煙を使っての速報を送るのが唯一の方法と思われた。

 もっとも


「……握り潰されなければ良いのですが」


 当国宮廷としても、まさか山の盗賊団に塁が襲撃されるなどとは、想定外も甚だしい事態だろう。

 隊長の補佐役が顔色を悪くしながら口にした通り、事情を知った宮廷が、即座に支援の兵力を送ってくれれば良し。


 だが、責任問題に気をまわした誰かか、正しく伝えなかったとしたら。

 暗号による速報は、伝令の口上と違って、書類のやりとりである。

 その気になれば、黙殺が可能だった。


「目下は、峠で孤立するのが一番の懸案事項だ。

 カプルスどもがいつ襲ってくるか予測は不可能で、しかも冬だ。もし吹雪いたらどうなるか」


 新任隊長は、負傷をおして立ち上がった。


「……ヴァルバラスと協議する」

「えっ、それは」


 周囲がぎょっとして


「隊長どの。

 それは如何かと思われます」


「当方の話を聞くゆとりは、先方にはございますまい。

 むしろ、よくも巻き込んでくれたなとばかりに、更なる紛糾が予想されます」

「ご自重ください。

 塁に入れてくれるとは考えられません」


 口々に制止した。

 が、隊長は自席に腰かけ直そうとはしなかった。


「被害を受けたは先方も同じ。

 天気が荒れれば、あちらは北側だぞ。下山にせよ救援の到着を待つにせよ、ある意味で南の我が方より条件は悪い。


 我らの惨状を、他人事で済ませられる余裕は無いだろう。

 罵詈雑言を浴びせられたとしても、一時の事だ。


 気が済めば、話を聞くゆとりは戻って来る。

 それに賭ける。

 今は、遠くの友人より近くの喧嘩相手だ」


 彼の決意を、今度もヴァルバラスはまるで評価しない、事も無かった。

 杭打ち刑を片付けるよう抗議しに来た、北の副長が面会に応じると言うのである。

 塁門では


「何をしに来た、この疫病神めが」


 とでも言わんばかりの視線にさらされた隊長だったが、詰め所には迎えられた。

 ヴァルバラス守備隊の方も、かなりの被害が出たと判る様子だった。


 とりあえず包帯を巻いた程度の手当てしか受けられなかった兵士らが、負傷に耐えて残務をこなしている。

 現れた副長も、左腕に添え木を巻きつけられ、額にも粗末な布をあてがった姿をしていた。

 足も引きずっている。


「見苦しいなりで、恐縮至極です」

「いや、こちらこそ。

 この度は」


「見舞い口上はご無用に。

 時が惜しいのです。


 何か、当方にお話があっての御来訪とお見受けしております。

 どうぞ、本題に入られたい」


 彼から水を向けてきた。

 少し良い傾向だと思われ、隊長は早速に自軍詰め所で部下に語った内容を繰り返した。

 副長は、最後まで静かに聞いた。意外げな様子を見せず


「同じように考えておりました」


 首肯したものだった。


「率直に申しますと、そちらさまからお越し頂いて、ありがたく存じているところです」

「……なるほど」


 北副長の考えを、南の隊長は看取した。


(これは、ヴァルバラス隊の隊長が戦死したな)


 同格である彼が塁を訪ねて、副長が応接するのは軍の作法に反する。

 あえてそうしているのは、隊長が会えない状態にあるとしか考えられない。


 加えて、今後の相談をするのに当方が訪問をした事をありがたく思うと言う。

 結び付けて考慮すれば、北は隊長が死亡し、その責任はヴェールトにも有りとして、兵士らが動揺ないしは腹を立てている。


 配下を抑えるのにそれなりの苦労をしているのだろう。

 南の隊長は、そのように見ている。

 ほろ苦い気分がある。


「諸般の事情がございますゆえ、ご提案の共闘は難しいとも存じますが。


 確かに、今はそれどころではないと思います。

 我らも大雪につき下山は難しく、救援の兵を呼ぶにしても日数がかかるのは必定です。


 我が方は、生存の者は二十一名ですが、無事な者はおりません。

 貴軍も同じような状況と推察します」


「我が方の生存者は十七名、戦闘に耐えられる者はもっと少ないと思われる。

 もし近々に次の襲撃があれば、正直に言って支え切れるか」


「ご本心を承り安心しました。

 こちらについても、少し事情をお明かししておきましょう。


 今後にも関わって参ります、存じておいて頂きたい。

 実は、事の発端で貴軍に斬られた剣士がおりましたが」


「おりました、とは」


「先日、息を引き取ったのです。

 弔鐘が聞こえたかと存じますが、あれはその者を悼む鐘でした」


 いわく。

 傷を負った初日から大量の出血が見られ、止血も物資の不足から拙劣な方法で、強引に流血を抑えただけだった。


 高熱にうなされ、食事はおろか水もろくに取れず、傷の痛みからくる睡眠不足で体力が著しく落ち、ついには全身に血の毒が回り手足の指先までが腫れ上がった。

 呼吸をするだけでも激痛に見舞われる重体の患者を、どうする事も出来ず


「もはや、言葉も尽きた。うめき声さえ上がらぬ。

 これは覚悟せねばなるまい」


 医術の心得がある者が余命を宣告したその夜、彼は事切れたのだった。


「他はともかく、あの仁に死なれては抑えが効かなくなり、貴軍に押し込む者が出るかもしれない。

 その寸前だったのです」

「左様でしたか」


「祝日であるがゆえ穏便にと意見したばかりに、太刀を受けてしまいました。


 貴軍には貴軍の言い分もございましょうが、しかし当方にすれば理不尽な話だという見方が多数を占め、現在も変わりません。


 まして、我が方の隊長が戦死を遂げ、申し上げにくいのですが……我が方は貴軍に合力する事を承知する者は、決して多くは無いのが実情です」


「そういう事情が」


「ただいま申し上げました兵の心情並びに、件の仁がレオスの出自である点も加味すれば、共闘の提案は甚だ通りにくいかと。

 ただし、貴軍から当塁にお越し頂いた事が、多少の救いになるかもしれません」


「ふむ。

 要するに、当方が貴軍への無礼を詫びれば、という趣旨ですな」

「ご検討ありたい」


 副長は丁寧に頭を下げたが、簡単に返事をするわけにもいかなかった。

 難しい判断と言わざるを得ない。

 峠の塁を預かる隊長が、外交に影響を与えかねない行動を、ほぼ独断で起こして良いものか。

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