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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十四章
143/248

赤い雪4

 悪い予想であればある程、なぜか的中の精度は上がるものだ。


 二日が過ぎている。

 誰の意表もつかない結果が現れていた。


 首を持ち込まれたヴァルバラスの守備隊は、ヴェールト側の新任守備隊長が、恥を忍んで語った当宮廷の意向を、まるで評価していない。


「此度の一件にまつわる不始末を解決する品」


 などと銘打った、酒精漬けの男の生首を手渡され、杭打ちの惨刑に処された胴体が目前に掲げられ、見せつけられる。


 気分が良くなる道理が無い。

 ヴェールト側も


「やはりな」


 諦めていた。


 北側から射込まれる厳しい視線、冷たい視線、囁き声、等々。


 予想していたとはいえ、北守備隊の硬い表情を目にするたび、居たたまれないのだった。


「あれを何とかして頂きたい。

 解決どころか、新たに火種を抱えたとしか思えません」


 今朝は、とうとう抗議された。


 ヴァルバラス守備隊の副長と名乗る若手レオス人が、可能な限り冷静を心掛けたらしい様子で当塁を訪問し、可能な限り理性的な口調を保ち、杭打ち刑を片付けろと要求したのである。


「貴軍から手渡された首桶も、引き取って頂きたいのですが」


「それはあのう、どうかお受け取りを」


「カプルス人の生首を眺めて楽しむ習慣は、我がヴァルバラスにはございません」


 表情が無い、あまりにも平静すぎる態度から、逆に怒りの程が推して知れた。


 木箱を開けた時、中に見たくも無い代物が鎮座していたのを、彼はどういう心境で凝視したのだろうか。


 それを思うと、新任隊長を始めとする当軍関係者の一同は、決まりが悪い事この上ないのだった。


 返事に窮して身じろぎする彼らを、北の副長はしばらく醒めた目で見ていたが、やがて顔つきを少し柔らかくして


「お手前方も、お役目。

 御一存ではどうにもなし難いのは、承知しております。


 互いに宮仕えの身です。

 それがしも無理を言っていると、実は自覚しておりますよ」


「何ともその、面目ない」


「しかしながら。


 当方としては、あの首無し胴体をせめて、人目に付かないところへ下げて頂きたい。


 望ましくない事態に発展した場合、当方は責任をとりかねる」


 申し入れを済ませ、即座に席を立って行ったのだった。

 先方が言わんとしている事は、当方も察している。


「盗賊どもを怒らせ、報復を招いたらどうするのか」


 確かに望ましくない。

 北から指摘されるまでもなく、当方も、これ以上の「展示」は危険だと見ているのだ。


「他ならぬヴァルバラスからの申し越しですからな」

「ええ。

 この際はありがたく、北の意向に従って盗賊の死骸を始末しましょう」


 宮廷に事前の相談、あるいは了承という順当であるべき手順は、もはや新任隊長を含めて誰も重視していなかった。


「無駄だ。

 時間がかかりすぎるばかりか、現場が望む答えも期待し得ない」


 極めて現実的な判断が下っている。

 いつどこから、この壮絶な門飾りの存在が山岳民に漏れないとも限らない。


 南の守備隊一同は、緊張した心境にあった。

 峠の守備隊には伝わっていなかった。

 事も有ろうに、山麓の獄舎に勤務する同僚達が


「盗賊どもに告ぐ。

 斬首および杭打ち刑を執行した」


 慣例に倣って太鼓を打ち鳴らしてしまったとは。



「敵襲ッ」


 扉を開く手間ももどかしく、飛び込んで来た兵士が叫んだ。


 峠の南、雪が積もった岩陰から続々と姿を現し、ひきもきらぬ勢いを駆ってヴェールト守備隊の塁へ、男達が押し寄せる。


 レオス人からは山岳民と一まとめに呼ばれているが、彼らはグーレン族を自称する山の戦士達だった。


「ドラァッ」

「オーラー、ドラァッ」


 このように聞こえる、独特の雄たけびを上げ、グーレン達は峠の雪を蹴散らしながら突き進んで来る。


 精巧な武器を持つわけではない彼らは、攻撃手段として主に石を使う。


 たすきのように長く、また幅も取った革または布を盛んに振り回し、中央に包んだ石を投げつけるのだ。

 ごく単純な投石器の一種と考えられる。


 単純は、無力と同義ではない。


 大きな物であれば、成人の拳を優に二回りは上回る石が、技に長けたグーレンの腕で振り抜かれた投石器から放たれる時、不運にも直撃を受けた兵士の頭を、兜もろとも影も形もなく吹き飛ばす威力を帯びるのだった。


「ドラァッ」


 若衆らの先頭に立ち、ひときわ人々の耳目を集める大声を張り上げているのは、ソーユルである。


 驚くべきは、リュコームの姿までもがある。


 彼は、グーレン族のように投石器を操る事は出来なかったが、高山に自生する硬い茎を持つ野草を編んで作った籠を背に負い、中から石を取り出しては、手近な戦士に受け渡す役を引き受けていた。


 宿営場に救われた折なっていた縄は、この籠の原料だったのだ。


 次のダータたる立場でありながら、縄作りのみならず、律儀にも戦いにまで手を貸そうというのである。


「ド、ドラー」


 おずおずとではあったが、リュコームも雄たけびをあげている。


 ソーユルは、いかにも荒事に慣れてなさそうな彼を軽く横目で見やり


「あいつ、レオスどもには懲りたとか言ってた癖に。

 死ぬんじゃないぞ、ラズタンのケップ」


 苦笑していた。

 どうしても加勢すると言い張って、部族の宿営場に戻らなかったリュコームを


「ドラァッ。

 ラズタンの勇者も味方してくれてるぞッ。

 グーレン、戦えッ」


 上手く使って、自勢力の闘争心を煽るソーユルだった。


「オーラー、ドラァーッ」


 呼応する鬨の声が、岩場という岩場から湧きたつ。

 やがて目の前に、厚手の盾で防御線を布いたヴェールト守備隊の兵士達が迫って来た。


 先方も戦いを知らぬ集団ではない。

 当然ながら、商人の隊列とは反応が違う。


 奇襲を受けて虚をつかれ、右往左往したのは暫時の事であって、今はもう組織だった動きを見せ始めている。


 ヴェールト隊は、グーレンの主な攻撃手段は投石だと見抜いたらしく、上半身を覆う程の大振りな盾を手にした兵士を前面に押し出して来たのだ。


 その背後、塁門付近には木製の足場が用意されつつあり、弓兵が出てくる様子も伺える。


 峠の攻防戦から後、新たな兵士が補充されたばかりで、機動力が回復している南の守備隊である。


 やや年嵩の戦士が目を剥いて、緊張感を(みなぎ)らせつつ


「ソーユルッ。

 向こうは飛び道具を持ち出してきたぞっ」


 叫んだ。

 判っていると、グーレン族の兄貴分は余裕を見せて頷き、左手を挙げ頭上で水平に円を描くような仕草を見せた。


 戦士達が一斉に散らばって行き、一瞬で攻撃目標を拡大させた。

 ヴァルバラス側も標的にしたのである。


「ドラァッ。

 手を抜くなよ戦士達ッ。


 レオスと、やつらの手下ども、片っ端から叩いてやれっ」


 両国守備隊の上層部が案じていた事態が起き、しかも、戦火はヴァルバラス守備隊へ容赦なく飛び火した。


 凶悪な威力を宿らせた石の雨が、南北を区別せずに等しく降り注ぐ。

 ヴァルバラス側の不幸は、山岳民の襲撃を


「他人事」


 として受け止めた、事情に疎い着任したばかりの交代要員が多かった点にある。


「ヴェールトめ、いい気味だ」


 そうではない。

 カプルス盗賊団は、ヴァルバラス守備隊をも襲撃の標的と見なしている。


 気づいた時には、敵は小集団に分裂して絶えず位置を変え、岩に隠れながら、手当たり次第に石を投げつけ始めていた。


 油断に乗じられて、北の兵士らにも瞬く間に犠牲者が出た。


「ぎャッ」


 下級兵士の顔が破裂した。

 石というより、小さめの岩と称した方が正しい。そんなものが北の兵士を真正面から襲った。


 その男は身をかわすどころか、何が起きたかも恐らくは理解出来ないまま、顔面を粉砕されて崩れ落ちた。


「これが……カプルス。

 盗賊どもの戦い方なのか」


 南北ともに、守備兵士らは慄然としている。

 レオス人の目には、ラズタン族もグーレン族も同じ山岳民に見える。


 同じ理屈で、先方にすればヴェールトもヴァルバラスも等しくレオス人、区別の意味は無いのだった。


 石つぶてが縦横無尽に飛び交い、応じて二つの塁からも矢が放たれ、峠の雪は刻々と赤く染め上げられてゆく。


 グーレン族の戦士達にも、死者が見られ始めた。

 混乱から立ち直ったヴェールト守備隊が、盾で投石を避けつつ前進し、剣を振るいだしたのだ。


 鎧を身に着けていないグーレン族にとって、近接戦闘に持ち込まれるのは少々不利だった。


「スーラーッ」


 指示を請う声がソーユルをあちこちで呼んでいる。

 彼は振り回していた革製の投石器に大きめの石をくるみ、今度は投げつけないで、直にヴェールト兵を殴りつけた。


 頭から血を流して倒れた相手が放り出した剣をすかさず拾い


「半分は下がれ、半分は武器を奪って戦えッ」


 自ら範を示す。

 グーレン族に銅や鉄を扱う技術は無く、剣を持つ事もめったに無い。


 襲った相手から武器を奪取し、棍棒と同じ要領で相手を殴り、壊れるまで使う。


「おい、ワンナ・ターナル。

 やられたのは、お前達の身内だろうよ。

 前へ出ろ、戦えッ」


 ソーユルから檄が放たれると


「オーラーッ」

「ドラァッ」


 若い衆の一団が雄叫を張り上げながら飛び出し、次々と岩場を飛び越える。


 至るところで持ち主を失った剣を拾い上げ、敵地めがけて突進を始めた。


 ソーユルにすれば、犠牲者の身内として心当たりがあるという宿営場が「敵討ち」を志願したので、自分の身内から加勢を出したのである。


 あくまでも志願した彼らが攻撃の主体でなければならないと、彼なりのいわば筋目を重視していた。


「おれ達が後押しを引き受けるっ。

 行けッ、グーレンッ。

 レオスを殺せッ」


 グーレン族戦士の突撃は、南北両面に及んだのだった。

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