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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十四章
142/248

赤い雪3

「よう。

 足はもういいのか」


 明るい声が、縄をなっていたリュコームを振り返らせた。

 二人とも、山岳民(カプルス)によく見られる浅黒の肌、太い縮れた黒髪をしている。


 一点だけ違っているのは、リュコームがラズタン族なのに対して、声をかけて来た彼はグーレン族だった。

 山の民でない者には、彼らの部族の違いを見た目で判別するのは難しいだろう。


「やあ、ソーユル。

 うん、もう痛くない」


 屈託の無い笑顔を見せ、彼の名を呼ぶ。

 今、リュコームは天幕の中に居て、同齢と思われる若い男達と一緒に円陣を描くように座り込み、縄をなっている。


 若者の集団も、作業の場に姿を見せたソーユルへ盛んに笑いかけ


兄貴(スーラ―)


 口々に敬称と思しい呼びかけをし始めた。

 ただ部族が違うリュコームだけはそう呼ばす、自分の言葉で


親切な人(メィ)


 と、親しみは十分に込めて呼びかける事もあった。

 縄をなう円陣は和やかな雰囲気に包まれている。


 ラズタンとグーレン、両部族間に憎悪は無い。

 前者はカプルス人としては温和な部類だったし、後者が仇敵と見なして殺意を向けるのはひたすらレオス人であって、同種に負の意識は持ち合わせていなかった。

 だから、峠の中腹にあたる岩続きの合間に、足首を負傷した若い男がうずくまっているのを見た時、ソーユルは


「そこの男。

 おまえ、ラズタン族だな。

 どうしたんだ。

 転んだのか、岩から落ちたのか」


 少しも躊躇わずに近づいた。

 足を怪我をしているらしいと見て取って、覗き込み、盛大に顔をしかめた。


「こりゃあ酷い。

 足首がえぐれてるじゃないか。

 歩けるか。

 何なら肩を貸すぞ」


「少しならきっと歩ける。

 ありがとう、グーレン」


「いいって事よ。

 おれの宿営場(ターナル)はそんなに遠くない。

 ちょいと頑張って歩け」


 皿には部族の宿営場まで連れ帰ったのだった。

 黒髪の若者は、彼に肩を借りて怪我をした足を引きずりつつ歩き、自分は次の鍋の管理人(ダータ)だと語った。

 ソーユルは、ラズタン族が単独行動を良しとしない事、ダータが部族長を意味する事を知っており、聞いた途端に随分と驚いた。


「次の族長(ケップ)が、何でまたこんなところを、一人で歩いてたんだ。

 もしかしたら、峠から転がり落ちて来たのか」


「うんまあ、そんなところ」


「一人で峠なんぞに行くやつがあるかよ。

 おれ達グーレンだってやらないぞ」


「あんたこそ、だったらどうして一人で峠の近くにまで来てるんだ」

「これ以上は近づかないがね、あんまりうるさいから、様子を探りに来たのさ」


「そう。おれもだよ。

 てっきり、ラチャリチャだと思ったんだ」


「レオスどもがラチャリチャをやるものか。

 まあいいさ、とにかく一緒に来い。

 宿営場に戻らなきゃ、薬草も包帯も無いんでな」


 あれからかなり時間が経っている。


グーレンの寝床(グスミ・ターナル)


 と。部族民が呼ぶ宿営場に身を寄せたリュコームは、単身で峠に乗り込んだという話を聞いた彼らの、特に若い男達から大いに感心された。


「みんな、ラズタンの勇者だ。

 大事に扱えよ」


 ソーユルの言葉に、全員がこぞって頷いたものだ。

 あれからかなりの時間が経って、リュコームはすっかり本復したと見える。


 若衆とも仲良くなり、近頃は仕事専用の天幕で、彼らに混じって縄をなっている。

 ソーユルがこの異部族の若者に気を遣い、若衆にも


「ラズタンには珍しい、勇気ある男だ。

 怪我が治るまで大事にしてやってくれ」


 口利きをしたのは、実はリュコームが知らない事情に基づいていた。

 どうやら傷も癒えたらしい様子を見て、安堵した表情になり


「そりゃあめでたい。

 だったら、そろそろ自分の宿営場(ターナル)に帰れるな」


 勧めた。

 リュコームは作業の手を止めずに頷いた。


「ターナル。

 ああ、宿営場(トゥッシェ)の事か。


 うん、帰れるよ。

 世話になったね」


「なぁに、お安い御用ってものだ。

 あんたは次の族長(ケップ)なんだろう。


 ケップの身に何かあれば一大事だ。

 グーレンもラズタンも同じ事さ」


「うん。

 きっと、みんな心配しているだろうな」


 リュコームはしょんぼりと言った。

 ソーユルは長い前髪をかきあげて


「ま。済んだ事はしょうがないさ。

 あんまり考え込むなよ、ラズタンの若い族長(ウァ・ケップ)


 とにかく、あんたは生きてるんだ。

 ターナルへ帰ればみんな喜ぶ」


 朗らかに言った。


「ただ、もうレオス連中のターナルに近づこうなんざ、絶対に思っちゃだめだ。

 冒険はラズタンの生き方じゃないだろう」


「懲りたよ。

 レオス連中があんなに気が短いとは思わなかったんだ。

 何度も言うけど、おれは悪い事はしてないのに」


 リュコームが不満顔を見せると、ソーユルは意味深に笑った。

 彼は、この若いラズタン族の次の族長には明かしてはいなかった。


 自分達グーレン族が暴れ回り、レオス人の目の敵になっているがため、この若者はとばっちりを食ったのだ、とは。


「ははぁ。

 この男、ラズタンなのにグーレンと間違われたんだな。

 そりゃ気の毒をした」


 その事情があったから、周囲にこの若者を大事に扱うよう頼んだ次第だった。

 もちろん詳しい理由は伏せて、恐らくはレオス人とグーレン族の対立について無知なのであろう彼を、変に刺激しないよう務めている。


「運が悪かったのさ。

 あんたは何一つ悪くない」


 つらっとして断固と言い切ったものだ。

 リュコームは何も疑ってない様子で笑顔を作った。


「そうだろうな。

 おれじゃない、運が悪かったんだ」


「ああ、そうだとも。

 とにかく、あんたは早く宿営場に帰って、部の民を安心させてやるといい。

 それも族長の仕事だろう」


親切な(メィ・)ソーユルさん。あんたの言う通りだ。

 さっさと縄をなって、帰る事にする」


「いいんだぞ、そんなのは。

 部族を放って置くな」


「いや。

 助けて貰った礼はしないと」


 リュコームは意外と頑固で、なかなか立ち上がろうとはしなかった。

 ソーユルは苦笑を浮かべたものの、若者の律儀な姿勢へ好意的な視線を投げてから、天幕を出た。

 そこへ、グーレン族の若い男が慌てた様子を隠しもしないで駆けつけて来た。


兄貴(スーラ―)、大変だ」

「どうした」


 気のいい青年然としていた兄貴分を、年下若衆の一言が変貌させた。


仲間(グスミ)が、またやられたぞ。

 レオスどもめ、グスミの首を切り落としやがった」


 報告に走って来た男は興奮している。

 ソーユルも表情を鋭くした。


 実際、この若い衆が現場を見てきたわけではあるまい。

 グーレン族は滅多な事では、峠に近寄ったりも、山を下りたりもしないのだ。


 しかし、峠付近の情勢にひどく疎いかと言えばそういう事もなく、特に盗賊の処刑については素早く情報を入手する。


 峠の守備隊が、見せしめ及び恫喝を目的として、受刑後の凄惨な姿を山の中腹辺りに晒す事がままある。


 このような折には、多分にグーレンへの通告を意識しているのだろう、太鼓が打ち鳴らされる。

 数え切れない多くの経験から、ソーユルも宿営場(ターナル)の人々も、その音を


「グスミが処刑された」


 合図だと知るようになっている。

 若い衆の一人は、太鼓の連打を聞いたのだ。


「いつもの音か」


 ソーユルは静かな口調で訊いた。

 若い衆は何度も頷き、激しく体を揺すった。


「あの打ち方は、南の連中だぞ」

「レオスども。

 そんなにおれ達を挑発したいのか」


「やっちまおう、兄貴。

 他の連中はやり返せと言ってる。

 みんなみんなだ」


「まぁ、少し待てよ」


 ソーユルは、もちろんレオス人に強烈な敵意を抱いているが、若衆ほど血気に逸ってはいなかった。

 なぜだと意気込む相手に


「うちのターナルの男じゃないだろうよ。

 ここしばらく、うちはレオスどもを襲ってないし、この中で捕まったやつも居ないじゃないか。


 だったら、よそのターナルのグスミだろう。

 そいつの身内よりも先に、おれ達が暴れ出すわけにはいかんよ。


 加勢を頼まれれば、もちろん断る理由は無いがな」


 言って聞かせた。

 その通りで、彼が住む宿営場の男達は、近頃は大人しい。

 理由は、カプルス民族共通の概念である山神祭り(ラチャリチャ)で、必ず行う吉凶占いの結果による。


「今は控えるように」


 とのお告げがあったからだった。

 部族毎、さらに細かく宿営場毎にお告げは違う。

 たまたまソーユルの宿営場では


「慎むべし」


 との結果が出たが、正反対の場合もある。

 ただはっきりしているのは、このまま放置される事は無い。


 必ず報復行動が起きるだろうという点だった。

 レオス人達は、何とかしてカプルス人盗賊団の跳梁を抑えたく思い、定期的に梟首や磔刑を見せ付けてくるのだが、かつて奏功した例は無い。


 むしろグーレン族を復讐に駆り立てているほどで、正直に言って良いなら無駄はおろか、逆効果も甚だしかった。


 考えるまでもなく、そのような見せしめ手段が有効であれば、とうにカプルス人盗賊団は霧消し、みな恭順しているはずなのだ。


 しかるに、実際は今もなお峠に防兵塁を築き、守備隊を置かねばならない事態のままである。

 そして、ある一定の期間が過ぎると、盗賊団の活動は一段と激しさを増す。


 レオス人は、自ら山賊の報復を呼び込んでいるに等しい。

 過去の例をいちいち挙げるには及ばない。


 元々レオス民族を敵視して憚らない彼らである。

 どこの宿営場(ターナル)から出た犠牲者だろうと、復讐を躊躇う男は一人もいるわけがなかった。


「なぁに。

 仲間をやられて黙っていた事なんか、グーレンはこれまで一度も無かったぞ。


 すぐにやり返す日が来るさ。

 まずはそいつの身内が先だ」


 ソーユルは、先程リュコームに見せた朗らかな笑顔とはまるで色彩の違う、凄みに満ちた微笑を唇に刻んだ。

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