表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十四章
140/248

赤い雪1

 ゲルトマ峠における局地戦は、発生から半月を過ぎて、長い睨み合いに突入していた。

 戦火拡大を、当事者のどちらもが望んでいない。

 南方側のヴェールト王国、特に現場の守備隊にすれば


「先に弓を射て来たのは、ヴァルバラスである」

「威嚇の積もりだったのだろうが、たとえ()てる気では無かったといえども、矢を射かけた事実は事実」

「断じて、当方が下手に出る事は無い」


 発端を(かんが)みるに、強硬論が渦巻くのも無理からぬところだろう。

 が、理屈はその通りだとしても、理屈通りに物事が進むとは限らない。

 (わきま)える者が、指導者層の多数派だった。


「決してヴァルバラス隊に手を出すな。

 下知を得ずして動いた者は、理由動機の如何(いかん)を問わず厳罰に処す」


 死傷者が出た守備隊に、補充の兵士を送りがてら、厳しい達しを出した。

 朝な夕なに訓令が出され、一度は不穏な動きを見せた数名が罰されてもいた。


「ならんと言ったら、ならんのだ。

 報復などもっての外、煽動者(せんどうしゃ)階級剥奪(かいきゅうはくだつ)の上、兵舎で無期限謹慎を申し付ける。

 扇動に乗りかけた者も、同じく謹慎せよ」


 新たに着任した守備隊の隊長は、宮廷の意向に忠実だった。


 負傷した守備兵のうち、主だった者が軒並み下山した。入れ替わりに送り込まれた一隊の長は、とにかく非戦を唱えたのである。


 峠の攻防戦を実際に経験した者達は


「隊長どのは、当日の悲惨な状況をご存じない。

 暦改めの日に起きた事件でございますぞ。

 生き残りの一同は、ヴァルバラス隊の暴慢、到底許し難しで一致しております」


 代表を立てて異議を唱えた。

 が、隊長は頑として報復を許さない。

 彼当人というより、宮廷が何を恐れているのか。


「ヴァルバラス自体よりも、エルンチェアとダリアスライスだ。

 やつらがどう出てくるか」


 この一点に尽きる。



 当国宮廷でも、連日のように対策会議が開かれていた。

 北方の国境戦争が一段落し、彼らが新たに手を組むとしたグライアスが


「塁を占拠されたというのだ。

 大口をたたいた割には、この体たらくか」


 重臣達を失望の極みに追い込んでいた。


「せめて膠着状態なら手の打ちようもあったが。

 今はエルンチェア優勢、その彼らはヴァルバラスと縁組するという」


「婚礼は、今春の話と承っているが、約定は既に取り交わされているはず。

 現状、エルンチェアとヴァルバラスは盟友関係にあるだろう」


「破棄の可能性もあるのでは」


 閣僚の一人が示した疑問に、別の者らが相次いで首を横に振り


「この期に及んで、それは無い。

 ヴァルバラスが、あくまで北方西部地方の一王国というだけなら、場合によっては有り得ただろう。


 だが、生憎とかの国は、それ。

 あの貧国と手を結んでおる。


 南北経済同盟と称する、厄介極まりない結びつきがな」


「聞いた当初は、貧国の分際で何の()(ごと)かと思ったが。

 いつのまにか、ダリアスライスを背後につけおった。

 我らを差し置いて臆面もなく尻尾を振りおったのだ、かつての敵国に」


 怒りと蔑みを交えつつ、今更の動向が変わる見通しはまるで立たないとの見解を語った。

 暦改めの前、昨年の終わり頃に


「王太子ランスフリート・エルデレオン殿下の麗妃、ティプテ妃殿下に対し奉り、毒による暗殺を企てた嫌疑有り」


 などという、当宮廷にすれば仰天の「言いがかり」を、南の中央に位置する富国から吹っ掛けられている折である。

 更に、なぜかどうしてかツェノラ王が憤激し


「かかる蛮行不実は云々」


 ここぞとばかりに、当事国でさえ言及していない部分にまで踏み込み、非難を言い立ててきてもいる。

 当初は鼻で笑っていた「南北経済同盟」が、じわじわとその効果を現してきているのだ。


「ダリアスライスは、我がヴェールトから国力を削ぎ、北方圏への影響力を低めるように手を打つだろう。

 ツェノラは、生き延びる為になりふり構わずの体だ、援助を得る為なら何でもやるだろう。


 そしてエルンチェアは、グライアスに鞍替えようとした我らに対して、この一件を最大限に活用し、優位に立とうとするだろう。


 よって、今は迂闊(うかつ)にヴァルバラスへ仕掛けてはならん。

 北西の雄国、南方の中央ついでに南東の貧国、きゃつらに(はさ)()ちされかねん」


 そればかりではない。

 最悪は、代理戦争の矢面に立たされる可能性までが、首脳部には見えている。


 この、ヴェールトにとってはとんでもない国難を、不本意ながらも呼び込んでしまったのは、外務卿だろう。


 グライアスとの密約。

 ダリアスライス王位継承にまつわる抗争への関与。


 どちらも今更取り繕いようがなく、しかも当国の国際信用をひどく揺るがす大問題だった。

 次にしくじれば、当宮廷に居場所は無いものと思わねばならない。


 はっきり言ってしまえば、全ての責任を一身に背負い、いや押し付けられた挙句に、状況改善の犠牲とされかねないのが現在の立場である。


 ユピテア大神に泣きつきたい心境で、際どくも峠の抗争が局地的な一戦に留まっている現況を見守る外務卿としては、どうにかして双方が納得できる落としどころを発見したい。


 絶対に、当事国以外の思惑を排除する方向で。

 しかして。


「何。

 事の起こりは山岳民(カプルス)にあると」

 たいそう耳寄りな情報を得たのだった。


「して、その者はいずこに。

 捕えてあるのか」


 外務卿の問いは、しかしあまり芳しいとは言えない答えで報われた。

 いわく、問題のカプルス民は姿をくらまし、逃亡している。


「生蕃こと山の民は不定住の者が多く、生活の場を突き止めるのは困難です。

 もし北側に逃げていたら、発見したとしても、身柄を確保するのは難渋(なんじゅう)を極めると思われます」

「……まあよいわ。

 それならそれで、どうにでもなろう。

 所詮はカプルス人よ」


 彼は、これ以上こじれてしまう前に、何としてでも穏便な解決策を施さねばならないとの思いから、脱け出せなかった。


 重大情報の取り扱いを間違えば、どのような事態に陥るか。

 その危険を知らない身ではないにも関わらず。


 経験も想像力も、この時ばかりは一定の方向にだけ、大きく傾いていた。

 そのうえ、大陸支配者の選民思想が、先住民を軽んじさせた。

 必然的と言って良い思考の流れは、やがて彼に、安易な解決策の発見を促した。


「我がヴェールト領内の牢に、若いカプルス人はおるか。

 年の頃は十五から十八の辺り、又はそのように見える者だ。

 至急に確認致すよう」


「かしこまりました」


 側近への問いは、半日も待たされないうちに答えが戻って来た。


「タンバー並びにゲルトマ両峠の(ふもと)に建てられている獄舎に、かつて捕えたカプルスの盗賊団がつながれております。

 若者と思しい者も幾人かは混じっているとの由」


「誰でもよい。

 一人用意せよ」


 事の発端となったカプルス人を探し出すのが至難であれば、替え玉をしたてればよい。

 山岳民族における実態を知ろうともせずに、ヴェールト外務卿は、そう考えたのだった。



 外務卿の命令が届いた日、一人の若い囚人が、牢番達の目に留まった。


「一人でよい。

 若い又は、若く見えるカプルス人を用意せよ」


 下級役人には意味不明だったが、とにかくも王都からの命令である。

 牢を見に行き、たまたま獄舎の隅に座り込んでいた、見た目が若いと思われる男を見つけた。


「あいつがいいんじゃないか」


 汚れた薄い毛布にくるまって、檻の隅に座り込んでいる男が、命令内容に一致するように思われた。

 たちまち下働きの男達が呼び集められた。


 獄舎の囚人は十二人ばかりが居り、四人一組が狭くて不潔な牢に放り込まれている。

 目をつけられた若者が入れられている牢には、実に八名の下働きが入った。


 全員が手に棍棒や槌を持ち、簡素ながらなめし革の鎧を着用している。

 相手は丸腰とはいえ、縄が打たれていない以上、もし自暴自棄になって暴れられれば、牢番側にも被害が出かねない。

 囚人を一人だけ牢から出すというのは、全員を連れ出す以上に神経を使うものだ。


「ホーウ、オーウ」


 大声を放ちつつ、棍棒や槌で周囲の囚人らを威嚇し、目当ての若者に近づいて行く。

 問題の彼は、自分の身に何かが起きると悟ったらしく、しばらく目を丸くしていたが、急に首を激しく振り、民族語らしい言葉を大声で叫んだ。


 囚人達が刺激を受けたように、一斉に騒ぎ出した。

 牢内の男達が、若者へ駆け寄ろうとした。


 牢番側は許さない。

 棍棒で打ち払い、または足蹴にして、たちまち全員を床に転がした。

 悲鳴があがる。


「急げ」


 嫌がって暴れる若者を、よってたかって毛布もろとも取り押さえ、引きずる。


「出ろ。

 さっさと立たんか」


 何人かが彼を小突き回し、ぼさぼさに伸びている頭髪を掴んで、無理やり立たせる。

 死への抵抗を込めていると思われる響きを牢内に充満させながら、若者は引き立てられていった。


「乗れ」


 口では一応命じるが、実際のところは力づくで護送馬車に押し込める。

 五人がかりで厳重に捕縛し、腰縄を引いたり背中を押したりしつつ、ようやく乗せた。


 若者は口に(くつわ)をかまされ、目隠しも施されていた。

 向かったのは、山麓から少し離れた位置にある広葉樹林の中だった。


 広場、つまりは刑場がある。

 葉に覆われていない林の寒々しい様子に加えて、広場は罪人の命を奪う斧と断頭台、磔、黒く汚れた大岩で占められている。


 太めの杭も七本ある。

 どれも年季が入っており、血糊と思わしい塊がこびりついている。


 盗賊は再び手荒に、護送馬車から引きずり下ろされた。

 幸いと呼ぶにはあまりにも小さいが、断頭台へ連れて行かれるまで、若者の視界は回復しなかった。

 轡もかまされたままであり、呻くのが精一杯だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ