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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第三章
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北方騒然1

 鐘が連打されている。

 時を報じる音ではない、もっと低い響きのそれは弔意を表すものだった。

 いや、慟哭と言った方が正しいかもしれない。


「我が英雄達に告ぐ」


 礼拝堂に、国王の声がどよむ。


「祖国の為、一命を投げ出した勇気に対して、予は心より感謝を捧げるものである。

 闘神も御照覧あれかし。


 雄々しき魂を慰め、健闘を讃え、天へ導くにあたり、予は誓いを奉納する。

 必ずや、我がグライアスに勝利と栄光をもたらさん」


 王の祈りと誓いが、万能神と御子四神を祀る祭壇に献上された。

 同時に喝采が渦を巻く。


 某日朝。北方圏の東、グライアス王国で行われた神への拝礼は、通常の式次第とは異なっていた。

 戦没者の鎮魂式典であり、王の決意表明の場でもあった。

 彼は神像群を背に、生きている臣下達へ向き直ると


「諸君。

 予は既に心を定めておる。


 此度のみならず過去には幾度も類似の事態が起き、我が勇士達は奮戦の末、祖国の為に散華していった。

 これ以上は耐え難い。

 あらゆる手段を講じてでも、事態を解決する所存である」


 大声を張り上げた。

 応答する声も同様に勇ましく、神殿に集まる人々が怒りに満たされている様が見て取れる。


「此度の勇者は三十五名に上る。

 彼らの魂を慰め、忠誠に対して篤く報いる為にも、諸君の更なる努力を要する。

 英雄達に倣い、一命を賭して各自の事にあたれ。予も如何なる苦労も厭わぬ」

 

 演説の締めくくりには、熱狂を帯びた万歳ジェイルの合唱が被さった。

 発端は、数日前に遡る。



 草原を輸送馬車の隊列が進んでゆく。

 四頭立てで、曳いている荷車には薪の原料となる南方産の木が積まれている。

 

 北方圏の平野部に国土が広がる沿岸地方では、この木材を運搬する馬車の往来は、ほぼ毎日見られる。

 翼ある双頭の猛虎をあしらった国旗を掲げて進むこの輸送団は、グライアス王国に所属していた。


 五十人の護衛がついている。

 帰国途上のある時。


「そこの馬車、停まれっ」


 西から駆けつけてきた武装の一団が、隊列に割り込もうとしたのである。

 複数の馬車が縦に並んで進んでいる最中を、横から急に止められるのは危険だった。まして重量のある荷物を満載している。

 一台でも横転したら大惨事は避けられない。


「何をするかっ」


 護衛隊の一人が怒鳴り返し、その声に反応して周囲の数人が武装集団の割り込みを、文字通り体を張って防いだ。

 双方、早くも殺気立っていた。


「何のゆえあって危険行為に及ぶかっ」

「国境侵犯だっ」


 先方も威嚇の意思を露わにしていた。彼らが掲げていた旗の図案は、交錯する二本の剣と三つ首の犬。即ちエルンチェア王国の国旗である。

 もう何度も繰り返されている、国境を越えた越えないの議論が、またしても勃発したのだった。


「国境だと。

 我らが進む道は公有地であり、貴国領土ではない」

「いいや、当方の領土に間違いはない」


 判りやすい目印等があればともかくだが、生憎とそのような物は無かった。

 大概は、配属されている警備兵の主観に基づく主張であり、反論する側も明確な根拠を示す事は出来ず、従って毎回が怒鳴り合いである。


 この時も、口論は瞬く間に罵倒の応酬へと変化を遂げ、エルンチェア側は明らかに業を煮やして


「どけっ。

 馬車をあらためる」

「断る」

「その場をどけ、我らを通せ。

 役目である」


 グライアス護衛団の一人を突き飛ばした、あるいは押しのけようとした。

 元から殺気立っていたところに、その行為は刺激が強かったらしい。


 グライアス兵の数名が、帯剣の柄に手をかけた。

 エルンチェア兵もすかさず応じた。


 もはや引けなくなっていたと見えて、先手を取ったのは東側だった。

 輸送団の人々は、生きた心地もしなかったであろう。


 兵士達の怒鳴り合いが聞こえたかと思う暇もなく、両方が剣を抜き、目前で入り乱れての斬り合いが始まったのだ。


「行け、先に進めっ」


 護衛隊の頭だった者が叫んだ。

 国境兵も逃すまじとばかりに


「ならんっ。

 国境侵犯の疑い、晴れておらんッ。停まれッ」

「足止めだ、兵を増員しろ、応援を呼べッ」


 声を張り上げる。

 そこへ、数人の護衛兵が飛びかかり、斬った。


 グライアス側はとにかく乱戦に持ち込み、敵の応援が到着するまでに、せめて輸送馬車団を現場から遠ざけようと躍起になっていた。

 先方と違い、当方には増員の当てがないのである。


「引くなッ。引いてはならぬ、押し返せッ」


 護衛隊の統率者らしい壮年の剣士が、必死の形相で味方を鼓舞する。

 国境兵も黙ってはいない。


「黙れ蛮人がッ。我らが領土を汚い足で踏み荒らすな。退けい。早々に立ち去れッ」

「何をほざく。この地は己らの領土ではないわ。図々しいにも程があるぞ」


 指揮官は、務めて勇猛に振る舞い、率先して身近の敵兵を斬り捨てた。士気を維持しなければならない。

 長期戦化は不利、だが馬車の一隊をなるべく安全に逃がすには、一定の時間が要る。

 やがて覚悟を決めたように、彼は一段と表情を険しくし


「総員かかれっ」


 先頭を切って、敵兵集団へと踊り込んで行った。



 本国に辿り着いた時、護衛隊のうち、実に三十五名の姿が無かった。

 全員がその場に留まって戦うわけにはいかず、馬車に付き添って王都に戻った者は十五名だった。


 ほとんどが若者で、一番年長でも二十歳の下級士官である。

 間を置かず城に一報が届けられ、生き残りの最年長は主君直々の求めで面会し、報告した。


「何だとッ」


 直ちに御前会議が招集され、また一隊を現場へ派遣するよう命令が飛んだ。

 凄まじい怒気が、当時の王の全身を覆っていたという。


 彼は軍隊の出身で、穏健な人格とは世辞にも言えない。

 集まった閣僚に


「事情はかくの通りである。

 現在、事の次第を調査させておる。状況が判明次第、予は報復を行う」


 事態収拾の指示ではなく、結果を報告したものだ。

 臣下としては、立場が逆転してまことに奇妙な状況と言わざるを得ないが、誰も異を唱えなかった。


 当宮廷の王は元軍人、気質も相応で、下の者を追い越して行動する事も珍しくない。

 数日後、紛争現場から遺体が回収されて来た。

 残留した三十五人は、全員が戦死していた。


「その者達は、どこに安置しておるか」


 執務室で下問を受けた侍従が


「城の外に」

「外とはどういう事か」

「は。

 城門近くの開けた場所に毛布を敷き、その場に並べてございます」


 答えると、彼は拳を執務机に叩きつけて憤慨した。


「礼を弁えよッ。

 国の為に戦い、一歩も引かずに最期を遂げた勇者を野ざらしにするとは何事かッ」


 城の中、それも第二謁見室へ運べ。彼は強く命じた。


「勇敢に戦った、その者達は一人残らず予の英雄である。

 礼をもって遇せよ。非礼は許さん」


 異例と言っていい。

 どの国でも、第二謁見室は公式の場として格が高い。輸送馬車の一団を護衛する一隊であれば、その中に貴族の子弟は居ないのが通常である。


 平民階級の兵士に対しては、戦死者とはいえ破格の待遇であろう。

 王は断固として譲らなかった。

 さらに、自ら室内へ足を運んで遺体との対面も果たした。


「よくやった。

 その方の忠誠、予は生涯忘れぬ」


 死者を個別に労い、損傷が激しい遺体からも目を逸らそうとはせず、退室の際には深々と一礼まで施した。

 立ち去りながら、彼は平民の為に涙を流した。


「遺族を引き取りに来させ、十分に褒めてとらせよ。

 弔い料も遣わす」

「御意」


 侍従に処置を申し渡すと、彼は教会の責任者を呼び


「諸神礼賛の儀を終えた後でよい。

 戦死者達の誉れを称揚し、魂を鎮めてやらねばならぬ」


「鎮魂式典を御所望におわしますか」

「前例に無いと言いたいのか。

 予も承知しておる。だが、やらねばならんのだ」


 支度を命じた。

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