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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十三章
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日は西より出づる2

 胸中には、深い悔恨が根を張っている。

 あの時、何が何でも親王邸へ駆けつけていれば。


 当初の計画通り、たとえ誘拐も同然であれ、パトリアルスを前線へ連れてゆく事が出来ていたら。

 しかし。


「行け。勅令である」


 王の一言に怯み、進発を号令してしまった。

 弟にとって父が君臨する宮廷は、自分の目が行き届く戦場より遥かに危険だと、認識して然るべきだった。


 いや、はっきりと判っていた。

 にも関わらず、その最も恐るべき場所へ、無力な彼を置き去りにしたのだ。


 結果は、パトリアルス元親王の討伐命令という形になって、目の前に突き付けられた。


「ラミュネス、ラミュネスッ。

 これはいったい何事だ。


 あのパトリアルスが、反逆者だと。

 逆賊の汚名を着せられ、おれの手によって死なねばならぬ、だと。


 何の冗談だ」


 あれだけ兄を尊び、誇りとし、敬意を惜しまなかった弟が「反逆者」と呼ばれる。

 あからさまに長男を疎んじ、毒酒を手配までした母が助命される。


 凄まじいまでの皮肉が衝撃だった。


「こんな結末を迎える為に、兄弟仲を睦んできたというのか。

 おれは、パトリアルスにとっては、死神の手先だったのか」


「殿下。

 決してそのような事は」


「あいつを、殺せと命じられたッ。

 死神でなかったら、何だと言うッ」


 慰めを受け付けず、激した彼は、声を荒げた。

 同時に自分の両膝を、拳で殴りつけた。


「暦が改まれば、間を置かずに北湖岸の別邸へ行かねばならん。

 弟の首級を、あげて来なければならんのだ」


「お待ちくださいませ、殿下。

 暦が改まればとの仰せ、真にございますか」


 ラミュネスは冷静だった。


「まだ幾許か時間の猶予がございますなら、手の打ちようはあるかもしれません」


「何を。

 ばかを言えッ。

 父上がそんな」


 鋭い口調で否定はしたが、ジークシルトは、あえかながらも差し込んだ光明を見て、色めき立っている。


「……そんな手がッ。

 父上に先んじる手が、まだあるのかッ」


「絶対のお約束は致しかねます。

 わたしも、具体的な方策があって申し上げているわけではございません。


 もしも時間が、たとえ僅かであれども猶予されるのなら、ブレステリス側に手を回せる可能性を見出す次第にございます」


「ブレステリスに、手を回す」


「はい、殿下。

 パトリアルスさま御討伐は、三つの利を得る為の策でございましょう。

 

 一つは、親王陣営を自称する反対勢力を一掃する。

 今一つは、王太子殿下の御身辺における盤石を図る。

 最後の一つは、ブレステリス対策です。


 本案件は、筋から申せばクレスティルテさまに責めを負わせるべきですが、既に祖国へお帰りとなれば、正面切っての問責は致しかねる。


 陛下はこのように思し召しと推察致します」


「その通りだ。

 この件で揉めたら、今度こそブレステリスは、我がエルンチェアから離反するだろう。


 きゃつら自体は別にどうでも構わんが、タンバー峠の通行権を完全に捨ててしまうのはな。


 北西側を掌握したとは、まだ言い切れん。

 さすがの父上も、そこまでは」


「殿下。

 つまりは、揉めなければ良いのです」

 

 ラミュネスは穏やかに言い、ジークシルトの度肝を抜いた。


「な、何」


「この際は、発想を逆転させましょう。

 クレスティルテさまのご処罰を、我が方が求めるゆえ、紛争が発生する危険が高まる。


 しかしながら、先方が進んで処罰を科すとしたら、如何ですか」


「ラ、ラミュネス。

 おまえ……」


 平然と、凄い事を言う。

 だが、考えとしては悪くない。

 若主君の関心を引いたと見たか、異民族の青年もやや身を乗り出した。


「ブレステリスとても、クレスティルテさまの御命を心底から大事とは、考えておりますまい。


 あるいは先方も、かのご婦人を扱いあぐねている可能性もございますれば。


 国の体面、宮廷の権威、王族に連なる立場への配慮。


 こういった要素があるからこそ、我がエルンチェアが強気に処罰を要求すれば、応じかねるのでしょう。


 ですが、少し言い方を変えて。

 一例として、提案といった形式を整え、先方の顔を立ててやれば、それでもなお強情に振舞うとは限らないかと」


「その手があったか」


 ジークシルトは、俄然として生気を取り戻した。


「確かに。

 ブレステリスも国家の命運、瀬戸際の更に際にある。


 話の持って行きようによっては、聞く耳を持つかもしれんな」


「要は、王太子殿下の御服毒事件に、万人が納得する決着がつけば宜しいのです。


 罪を犯した御当人が、相応の罰を被る。

 これ以上の決着はございますまい。


 何はともあれ、パトリアルスさまへの賜死を阻止するには、大義名分を無くすのが最も確実と考えます」


「でかした、ラミュネス。

 よくぞ思いついた」


 飛びつかんばかりに旧友を称揚する。

 ラミュネスは真顔で


「恐れながら、殿下。

 先にも申し上げました通り、成功をお約束は致しかねます。


 パトリアルスさまの御命をお救いまいらせるには、これだけでは不足と思われます。



 平行して、何としても寺院入りをお手配致さねばならないと考えます。


 そうなれば、殿下は御生涯を通じて、弟君との御語らいのお時間を御断念あそばさざるを得ませぬ」


 以後の親しい交際を遠慮するよう、忠告した。

 ジークシルトには是非もない。


「命には代えられん。

 生きてさえあれば良い」


「御覚悟の程は、確と承りました。

 さまで時間はございません。

 早速に動きましょう。

 

 わたくしも典礼庁に籍を置く役人なれば、国外人脈には多少の心当たりもございます。

 父にも助力を請いましょう」


「そうしてくれ。

 おれにも、満更知己がおらんわけでもない。

 おれもおれなりに、手を打つ」

 

 この時、ジークシルトは脳裏にあの学者めいた容貌を持つ武人を思い描いていた。


 ゼーヴィス・グランレオン・ロギーマと名乗った青年剣士は、有志を募ってエルンチェア軍へ合流したと語っていた。


 当人は宮廷から遠ざけられているとしても、彼には恐らく、それなりの有力者が背後についているだろう。


 でなければ、百名を超える一隊を、物資の補給も無しに国から出せないに違いない。

 

 彼の才覚をもってすれば、有力者に何らかの働きかけを期待出来る。


 まだ可能性の扉は閉ざされてはいない。

 努力の余地はある。

 やるだけの事はやる。

 強い決意がみなぎってくる。


「父上には父上のお考えはあろう。

 それは、おれも同じ事だ。


 どうなるかは判らん。

 危険も承知だ。


 しかし、おれは諦めんぞ。

 ラミュネス、おぬしの知力をありったけ、おれに貸せ」


「かしこまりました。

 最善を尽くします」


 この、およそ一月後。

 大陸北西地方を大きく揺るがす「ゲルトマ峠の攻防戦」が勃発する。

 彼らは、まだ知らない。



 山国であるブレステリスは、年の終わりの月から徐々に雪が多くなってきていた。

 

 一日、吹雪に見舞われた。


 山麓に首都を置いているため、ザーヌ大連峰が冬の荒れるさまを見せた時、庶民の住む下町も王城も、等しく乱舞する風雪に叩かれる。


 空を覆う分厚い黒雲は、雪つぶてを無遠慮に撒き散らし、山肌にぶつかって吹き降ろされて来る突風が、積もった雪を舞い上げる。


 吹雪とは、一方的に上から来襲するものではなく、上下左右の別無しに、あらゆる方向から吹き荒れるものなのだ。


 地の底を揺るがすかのような低音が響く。

 風、そして建物の壁に凄まじく突き当たる雪の喚び声。


 木柱のみならず頑丈な石の壁ですら、ごりごりと軋む音をたてて、住人を恐怖させる。

 天の黒、地の白が支配する冷気に満ちた世界。

 それが、北の山国ブレステリス王国の冬の姿だった。


 この悪天候に、だがゼーヴィス・グランレオンは外出の支度を整えていた。

 当国宮廷が、出頭を求めたのである。


 帰国から長い謹慎の日々が続き、庭にも足を運ぼうしなかった彼にとっては、久々に踏みしめる雪の感触だった。


 武人の正式礼装に、毛糸で編んだ防寒用の長衣をはおり、その上から外套をまとう。

 足にも、太ももから足首までをすっぽり覆う防寒履きをつけ、靴もなめし革を二枚合わせて作った、降雪季向けを用いる。


 靴底の内側には純毛製の防寒布を敷いてあり、雪道でも足をとられないよう滑り止めとして、木の皮で編んだ網状の底敷きがはめられている、重装備の靴である。


 手も、布製の指つき手袋をはめた上から、毛で編んだ防寒手套を使い、二重に保護する。

 最後に風防を顔に着用して、ようやく家の外に出られるのだ。

 部屋着のままでは、外出はおろか玄関にも辿りつけない。


 苦労して城に伺候した結果


「政務所へ参るよう」


 意外な指示を受けた。

 武人の自分が、どうして文官の勤務場所へ行かされるのか。

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