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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十三章
134/248

日は西より出づる1

「厳重なる罰を受けるべし」


 とは、激烈な表現と言わねばならない。

 温情措置は無い、自裁も許さぬという意味でしかなく、つまるところ


「処刑を受けて罪を雪げ」


 との宣告なのだった。

 ジークシルトは自失した。


 これが、国境戦を勝ち抜いた功績への報いだというのか。

 バロートは、何も言えないでいる嫡男へ


「さて、ジークシルト。

 そなたに問う。


 罪を得た王爵を、余人に処断させるが良いか。

 それとも、そなたが直に始末一切をつけるが良いか」


 重ねて、残酷な二者択一を突き付けた。

 呻き声が、いやほぼ悲鳴が、迸った。


「父上ッ。

 わたしに……わたしに、パトリアルスの首級(しるし)をあげよと。


 弟を殺せと。

 仰せにおわしますかッ」


「嫌か。

 弟を、己の手にかけるは気が進まぬか」


 バロートはそっけない。


「どうにも気乗りせぬというなら、致し方無し。

 然るべき人材を選抜して、任に充てるまで」

「そこまでの必要がありますか」


 絞り出すように、ジークシルトは疑問を口にした。


「父上。

 毒酒の一件は、確かにわたしの不敏でございました。

 迂闊であった事を、深くお詫び申し上げます。


 しかし。

 パトリアルスに対し、厳重なる罰を差し下され給うのは、いささかならず過大に思われます」


「そなたが選んだ事ではないか」


 頬を腫らしながらもまだ食い下がる嫡男を、王はやや持て余し気味の様子である。


「この度の国境戦において、ブレステリスを赦すよう、戦場から文書をよこして来たのは誰だ。

 他ならぬ、そなたであろうが。


 予は、戦功を立てた王太子の願いを聞き届けて遣わすを、吝かでないと考えた。

 だがな。


 王太子暗殺を企てた、真犯人がおる。

 ブレステリスの赦免は、この者までをも許す事になるのだぞ」


「では、父上は、あの不愉快な婦人をッ」


 常は腹心相手にしか使わない母の呼び名を、思わず叫ぶジークシルトだった。

 バロートは薄く笑った。


「不愉快な婦人か、言い得て妙だな。

 そうだ。


 クレスティルテには離縁を申し渡した上で、帰国させた。

 そなたは、不愉快な婦人に何らかの罪を鳴らす積もりだったのだろう。


 予も、考えないではなかったのだがな。

 ブレステリスの赦免(しゃめん)と、クレスティルテの断罪は、同時には行えぬ。

 どちらかを選ばねばならん」

 

 そう言われた時、ジークシルトは


(父は、相当に前から委細承知だったのだ。

 そしておれは、先手を打たれたのだ)


 敗北感を胸に宿した。

 読み違いがあった。認めるより他は無い。


(おれが思っていたよりも、父上は、あの自称母親に価値を見出しておられなかった)


 他国から姫を輿入れさせる理由の一つには、婚姻を通じて同盟関係を結ぶ、相互の安全保障という側面がある。


 ブレステリス王室に連なる、キルーツ家出身の元王后クレスティルテ、彼女は当宮廷にすれば、先方に対する人質でもあった。


 手放すよりも、手元に置いて、交渉の材料とする。

 父ならそう考えると思っていたのだが、案に相違して帰国させてしまったという。


 折も折で、ゼーヴィスに、ある種の国王親書を託してしまってもいる。

 ならば、今更ジークシルト毒殺未遂事件の罪を、彼女に問うわけにはいかない。

 誰か他の者が、責任を肩代わりする事で、状況を治めるしかないのだった。


(おれは、パトリアルスを切り捨てて、ゼーヴィスを選んだのか。


 そのような積もりではございませんでした――無駄だ。

 父上がお認め下さるものか、こんな幼稚な弁解)


 唇を噛みしめる。

 バロートは、嫡男が理性を回復させたと見て取った。


「どうあっても、手を汚したくないか。

 持ち帰られた首級を、謁見室で検分する方が好みだというなら、そのように取り計らって進ぜる。

 ただし、それはそれで、後味の良いものにはなるまい。


 予であれば、左様。

 どうにも救い難いのなら、せめて、少しでも安楽な最期を迎えられるよう。


 精々手を尽くす方を望むがな。

 おまえは違うと。

 そういう事で良いのだな」


 さすがと称するべきだろう。


 頭ごなしの命令だけでは、ジークシルト制御は困難と見、譲歩する姿勢を作って心情に揺さぶりをかけてきた。

 言外に


「形式上は反逆の平定ではあれ、宝玉の杯をとらせてもよい。

 宮廷の威厳を損なわずに上手く計らうのなら、干渉しない」


 その意味を含ませている。

 ジークシルトは、一度だけ体を大きく震わせたが、その後は微動だにしなかった。


 蒼白な美貌を俯けて、自分のつま足を凝視している。

 唇はきつく噛み締められ、握られた拳も小刻みに震えていた。


 葛藤する息子を見つめつつ、父王も口を閉ざした。

 もはや言うべき事は無い。


 ジークシルトがどう返答するか、待つだけだった。

 長い時間が過ぎ、結果が表れる時が来た。

 王太子は、やにわに姿勢を正した。



 第一謁見室は、城内で最高の格式を備えている。

 武骨な造りで知られる王城だが、この広間だけは格別だった。


 大陸でも指折りの希少とされる上等な石で設えた室内、毛足の長い絨毯が敷き詰められた床、絹糸を惜しげもなく使った綴織の壁飾り等々。


 文官武官とも、第一礼装を身につけなければ、扉は開かれない。

 黄金を用いた王座が据えられ、国王が腰を下ろしている。

 両脇に控える人々も、厳重に序列が守られ、まさに荘厳の一言に尽きた。


「第七代王太子ジークシルト・レオダイン殿下、御入来(ごじゅらい)


 触れ係の声と同時に、びろうどの緞帳が左右に開かれた。

 今、ジークシルトは王位継承権第一位の身にふさわしい姿をしていた。


「おお」


 正門の出迎えで、長衣もはおらずに城へ乗り込まんとする武人姿を目撃した人々は、ほとんどが胸を撫でおろした。


善哉(ぜんざい)なり。

 陛下と殿下の御反目は、無事に回避された模様だ)


 典礼卿などは、寿命の縮む思いをしていただろう。

 経緯はともかく、ジークシルトは王子の正装に衣装を直している。

 ただ、左頬の不自然な腫れぼったさが目を引いた。


(何かあったのだろうか)


 列席を許された人々には、王の執務室で何があったのか、知る由も無い。

 王座へ続く絨毯の上を、無言で歩く王太子も、その様を沈黙して凝視する国王も、表情は硬い。


 ジークシルトの歩みが止まった。

 膝をつき、頭を垂れて


「国王陛下に対し奉り、謹んで奏上(そうじょう)(つかまつ)ります」


 声を張る。鋭い。


「わたくし、ジークシルト・レオダインは、陛下の勅許を賜り、東国境へ出兵。

 七万の軍を率いて、我がエルンチェアに敵対せんと図ったグライアス王国軍と弓矢を交えました。


 首尾よく勝利を得て、敵防兵塁の占拠に成功、無事に王都へ帰還致しました。

 ここに戦勝のご報告を申し上げる次第です」


「大儀」


 バロートも鋭利な声で、ごく簡潔に労った。


「我がエルンチェアに勝利をもたらした、そなたの働き満足である。

 我が将兵も、よく戦った。

 勇気を褒めてとらせる」


「かたじけなき御言葉を賜り、恐悦至極に存じ奉ります。

 陛下の御言葉、必ずや我が軍の隅々にまでお伝え致しましょう」


 双方、これといった感動を声に込めてはいない。

 誰が聞いても明白だろう。

 定型の文言を、定型に従って応答しているに過ぎない、と。


(やはり、わだかまりが……)


 典礼卿あるいは神務卿など、ごく少数の王太子派に属する高位文官らは、彼ら親子の間に横たわりつつある見えない亀裂の存在に、気づかざるを得なかった。


 式次第は粛々と進み、やがて教会の祝福が王太子に授けられ、喝采が起きた。

 短くもあり長くもあった奏上の式典は、表向きだけは完璧に終了したのだった。


 謁見室を下がったジークシルトは、専用の控室に飛び込むと、ひどく荒っぽく礼服を脱ぎ捨てたものだ。

 小姓に手伝わせもしないで、長衣を肩から剥ぎ取る。

 美貌は怒気に覆われ、息遣いも激しく乱れていた。


「ラミュネスを呼べ」


 王子の平服に袖を通しつつ、怒鳴る。

 ダオカルヤンと並んで、幼い頃から仕えているガニュメア人の若者は、直ちに参上した。


「その方ども、呼ぶまで入って来るなよ。

 何もいらん」


 近侍を追い散らすようにして人払いし、第一謁見室に入室を許されなかった幼馴染へ


「つまらん時間を使わされた」


 吐き捨てた。

 ラミュネスはひっそりと頭を下げた。


 何か言いかける、気配を感じ取ったものか。

 ジークシルトは不機嫌に彼を睨み


「いいか。

 謝罪は無用だ。聞きたくない。

 おまえに謝ってほしくて呼んだのではない」


 機先を制した。

 ラミュネスは黙って頷いた。


 クレスティルテを帰国させる案自体は、この若い主従の間でも検討されていた。

 しかし、目的は父王と違い、パトリアルスを救うための手段としてだった。


 が、ラミュネスが受け持つはずだった宮廷工作は、バロート王に出し抜かれ、不発に終わったのだ。

 彼としては、若主君の期待に応えられなかった、忸怩たる思いがある。

 ジークシルトは、幼馴染の胸中を察しているのだろう。


「相手が悪かった。

 父上の御気性について、おれが一番よく判っていたのに。

 判っていながら備えを怠ったのはおれの責任で、おまえが悪いわけではない」


「恐れ入ります。

 弟君は、やはり何らかの御処置を賜るのですか」


「とんだ褒美(ほうび)を下されたぞ。

 父上は、仰せになられた。

 このおれに、パトリアルスを討て、とな」

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