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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十二章
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王子流転6

「でっちあげに決まっておる。

 レイゼネアの告発だと。

 そんなばかな話があるものか」


 エテュイエンヌ王国の主は、怒りに震えていた。

 王たる自分の与り知らぬところで、最も期待をかけた実子が追放されたというのだ。


 手を下したのは、同じく実子、ただし最も期待から遠い男である。


「シルマイトをこれへ。

 断じて王城本丸に呼んではならん。

 我が私室に来るよう、厳重に申し伝えよ」


 城の中でも、王族の在所でなければ会わない。

 父王は固く決意している。


 その意図は、召し出しを受けた当人にも自明だった。


(どうしても嫌か。

 ふん、頑迷な親父どのめ。


 まあいいさ。

 近々、はっきりさせてやる。

 この城の主が本当は誰なのか、をな)


 シルマイトは、父が現在のところ示せる唯一にして最大の不快感表明を、鼻で笑いつつ


「承知。

 御意の通りに」


 表向きの態度はごく温厚に装って、居間へ足を向けた。


(もちろん、告発云々が茶番劇である事くらい、親父どのは見抜いているだろう。


 見抜いたところで、どうにもなるまいよ。

 何か出来るというのなら、やってみるがいいさ)


 父の抵抗を、シルマイトは


「老いぼれの無駄なあがきだ」


 まともに相手取る価値は無いと見ている。

 城内では顔を合わせない、やり取りは私室に限定するとの父の意は、ロベルティート無断追放に対する暗黙の抗議であり、更には


「おまえを次の王は認めない。

 禅譲など有り得ない」


 暗黙裡ながら、断固とした主張だろう。

 それが何か。


 シルマイトにすれば、今や当王室における正嫡はこの世に亡く、跡を襲うべき嫡流の男子も、一人しかいない。つまり、王位継承権利者は自分だけではないかと。


 嫌も何もない。

 居間を訪れた王家末弟の口元には、憫笑が宿っていた。


 父は、新年祝賀会の時に見せていた表情を、どこへ置き忘れたものか。


 手元に残った最後の男子に、視線を与えようとはしない。


 第五王子も、特に断りを入れず、兄の指定席と称してもよい程、ロベルティートばかりが座っていた位置に、平然と腰を下ろした。


 父は、嬉しくなさげな顔になった。

 シルマイトにはそう見えた。


「召し出したは、他でもない」


 早々に、話を切り出す父である。


「典礼庁に届け出られた、レイゼネアの告発文とやら。

 これはなんぞ」


「おお、父上の御手元にも届けられましたか。

 わたくしも、驚いております。


 まさか、ロベルティートどのが、このような暴挙に出るとは思いもよらず。

 さては祝いの酒を過ごされたかと」


「黙れ」


 父が、王の顔になった。

 外され続けていた視線が、王家末弟に射込まれる。


「見え透いたお為ごかしは止めい。

 その方、そんな戯れが通じると思うのか」


「ええ、通じると思っております」


 シルマイトは、依然として余裕を保っている。

 やや怯んだ感がある王へ、冷笑を向け


「通すしか、ございますまい。

 ロベルティートどのは、裸馬による都市周回の刑に処せられた。


 教会を侮辱したという告発によるものです。

 ただし、公式の発表では、詳しい事情を伏せているのですよ。


 妹の名誉の為に」


「む」


「勇気ある告発を行ったレイゼネアを守るには、踏み込んだ内容に触れない方が、宜しうございましょう。


 ロベルティートどのの主たる罪は、他国と語らって、我がエテュイエンヌに背徳の裏切りを行ったもの。


 追放は、これでも罪一等を減じたのですよ。

 王都からの追放まかりならぬと仰せなら、先に断罪を賜った兄上方同様、宝玉の杯を干して頂くしかなくなるのですが」


「証拠は。

 ロベルティートを、祖国への背徳者と称するに足る証拠はどこにあるのか」


「ご高覧を賜るとの御意であれば、是非もございません。


 早速にご用意致しましょう。

 今一つ。


 明日と言わず本日中にも、レイゼネアの身に何が起きたのか、詳らかになる事と存じます」


「シ、シルマイトッ」


「父上、いえ陛下。

 裸馬の刑が何を意味するのか。

 御高察を賜っているものと、わたくしは存じておりましたが、よもや違いますのかな」


 薄笑いを浮かべて語る第五親王を、父王は


(いったい、これは何者だ。

 予の実子とは思えない。

 姿かたちだけが似ている、誰か別人にすり替わったのではあるまいか)


 慄然とせざるを得ない。

 明らかに、脅しているのだ。実の父に対して、実の妹をいわば人質にして。


 教会への侮辱行為ありとの告発は、シルマイトにとっては真の目的ではないのだろう。


 レイゼネアに「名誉を大いに損ねる何か」があったと匂わせ、事情を秘匿したいのなら、我が意に沿えと要求する。


 その為の手段に過ぎないと、王は看破している。

 だが、確かに有効な恫喝なのだった。


 今はまだ、具体的な理由は語られておらず、少なくとも表沙汰にはなっていない。

 シルマイトが指摘するところの


「他国と誼を通じ、当国へ不利益をもたらした」


 事が、ロベルティートを断罪した直接の理由という事になっている。


 今ここで、父が四兄可愛さに庇おうとすれば、裸馬の刑を科された理由を、広く世に流布するぞ。


 シルマイトは、底冷えするような冷たい笑いに、悪意をたっぷりと滲ませて、妹にもそうしたように、父へ屈服を迫っているのだった。


 彼の真意を見通す事は出来ても、だが。

 レイゼネアを盾にされては、父といえども、強引な策は甚だ取りづらい。


 現在は、宮廷の中でもごく一部、神務庁と典礼庁の長官及び側近数名にしか把握されていないが、報告書によれば


「ロベルティートは、レイゼネアの寝室に押し入り、淫らなる行為を要求した」


 とある。

 当然、そんな話があろうはずはない。


 王子どころか、実父たる王の権威をもってしても、未婚の女性に在所として与えられている宮殿の奥向きには、足を運ぶ事など不可能である。


 どの王国でも一律に王族の為の居間、談話室などを設けているのは、間違いが起きないようにとの警戒が理由なのだ。


 ロベルティート自身が申し立てたように


「男のわたしが、どうやって姫の寝室に渡る」


 のであり、でっちあげ以外には有り得なかった。

 ただし、噂とは、必ずしも理路整然とした根拠を必要としない。


 聞いて面白いもの、印象が強くて珍奇なものが、人々の耳目を楽しませる。


 もしあれこれと脚色され、広められたら、僅か十五歳の少女は、永遠に払拭し得ない不名誉を負わされるだろう。


 そして、噂に命を奪われるかもしれない。

 許されるなら、王は


「例え十五の年若い姫とても、我が王家の血を引く娘。


 軽々しくも、王太子に内定した者を告発などするわけがあるまい。


 だいいち、事が事だ。

 うかつに騒げば、自らにも傷がつくわ。


 年頃の娘が、進んで汚名を着たがるものか。

 父に打ち明けにくいのであれば、母があるではないか。


 万が一、そのような事態が起こったのなら、真っ先に母へ相談をもちかけて然るべきだ。


 わずか十五歳の娘が、両親の考えを仰ぎもしないでいきなり告発など、あってたまるものか。


 シルマイト。 おまえだ。

 黒幕は、おまえの他に無いッ」


 叫びたかった。


 しかし、胸の中での絶叫に留めるしかなかった。


「……もうよい。

 シルマイトよ。

 今後を如何にする積もりか」



「御賢明なる御分別を賜り、恐悦至極に存じ奉ります。


 まずは、親戚筋となるべきだったダリアスライス王国へ、親書を御送りあそばせ。


 ロベルティートは追放、代わってシルマイトが立太子の令旨を得た、と」


 父を相手に完勝した。

 手応えは十分、早馬による特別仕立ての急便であれば、明日には先方に送り付ける事も可能だろう。


 意気揚々と自室に引き上げた第五王子を待っていたのは。


「何っ。

 ゲルトマ峠で武力衝突だと」

「はい。

 更に、かの御方の動向でございますが、まるきり計算外の状況になりました」


 淡々とした老執事の報告だった。


「どういうわけか、イローペどもが、かの御方を救った模様」


「イローペが救った。兄をか。

 おいッ、何を言っているのだ。


 救ったとはどういう事だ。

 意味が判らんぞッ」


 シルマイトは立ち尽くして、梟雄らしからぬ当惑ぶりを見せていた。

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