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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十二章
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王子流転5

 暦改めの祭は、最終日になって雨に降られた。

 幸いにも、嵐と称する程の規模ではなかったが、年が変わる前には暴風雨に上陸されていて、特に南西地方は被害を受けている。


 ダリアスライスは、強雨といった程度だ。

 が、市民達は、少しくらい天候が悪くても、めげずに大通で楽しんでいる。

 反対に、城は静かだった。


 初日の儀式、中日は庶民の楽しみ、そして楽日の今日は王家行幸というのが毎年の決まりなのだが、今年は王太子の側室だった故ティプテ麗妃を悼み、宮廷は喪に服している。


「市民は良い。

 せっかくの祭だ、心行くまで楽しむように通達を出せ」


 ランスフリートは、麗妃追悼は城中の行事に留める事、市民への「振る舞い」は、例年以上に盛大に行う事。

 二点を強く要求した。


「弔意を示すのは貴族に限り、民には求めないように」

「しかしながら、殿下。

 我らが戦略の為には、麗妃殿下のご逝去を、挙国一致で悼み、嘆かねばなりませぬ」


 老チュリウスは難色を示したが、孫を翻意させる事は出来なかった。


「祭は民の楽しみであって、不満をそらせる手段でもある。

 老公、貴君の考えは判らない事もない。


 だがな。

 暦改めは、国の行事でも格別のものではないか。


 民から年に一度の楽しみを取り上げれば、なるほど国外戦略は上手くいくかもしれんが、その代わりに民の不満を抱える危険にさらされる。


 宜しく計らって貰いたい」


 王太子に頭を下げられては、チュリウスも嫌とは言えなかったのである。


「やむを得んな。

 王太子殿下の御意向を、謹んで奉る。

 暦改めに伴う王室の振る舞いは、例年よりも手厚く行うよう」


 自分の後を継いだダディストリガの父に命じ、品数は定められているため変更しないものの、量はふんだんに用意させた。


 露天商の募集も、女性や子供向けの甘い菓子を扱う者を多くするように手配したものだ。

 ただ、最終日の行幸だけは取りやめとし、ランスフリートにも同意を求めて了解を得ている。


 その日はあいにくの雨だったが、街中に市民の姿はあふれるようであり、笑い声も満ちた。

 私室に引き取っていたランスフリートは、城の外から漂ってくる楽し気な雰囲気を感じ取り


「これで良いと思う。

 生前の麗妃は、よく笑い、人生の楽しみを否定した事は一度も無かった。

 むしろ、この民の活気が麗妃の魂を慰める事だと、わたしは思うのだ」


 知己を得たパウル・パウラス司祭へ語った。

 司祭は、孤独にあえぐ王子に気に入られ、話し相手として宮殿にとどめ置かれている。

 暇があれば居間に招かれ、今日も茶を呼ばれていた。


「殿下の仰せ、真にごもっともと存じます」


 香り茶をすすりながら、パウラスは微笑した。


「神の国におわす麗妃殿下は、祭に沸く民衆の姿をお楽しみにあらせられましょう」


「そう言ってくれると救われる。

 パウラスどの。


 わたしのわがままで、貴公を城に居座らせてしまっている。

 多忙の折、申し訳ないと思うのだがな。

 貴公さえよければ、このまま城に居てくれないか」


「えっ、殿下、それは」


「今、わたしの周囲に居る者で心を開いてくれるのは、貴公だけだ。

 まもなく、妻を迎え、王になる。


 なのに、未だわたしの心は……孤独に耐えかねている。

 惰弱な姿を、うかつに他の臣下へ見せるわけにはいかない。

 ただ貴公だけが例外だ」


「わたくし如きが、恐れ多い事にございます。

 残念ながら、わたくしの一存では何とも申し難く」


 パウラスは正直に困り顔をした。

 判っている、とランスフリートは頷いた。


「貴公を城付きの司祭に迎えたいと、臣下に相談はしてある。

 返答は、貴公次第との事だった。

 条件をつけられたのだが、それを貴公が受け入れられるか否か」


 チュリウスを通じて神務庁に申し入れたところ


「パウルス卿が司祭の座を降りるのであれば」


 一顧だにしないわけではない、というのである。

 ただし、司祭職を降りるとなれば、彼の立場は一階級下がる。


 神職における序列は、平僧侶から始まり祭主、司祭、司教と高位になってゆく。

 田舎町とはいえ、教会の責任者を任される立場から、神事式典のとりまとめ役に格が落ちるのだった。


 当然ながら、卿の敬称もつかなくなる。

 その扱いに耐えられるか。


 ユピテア教会の上層部が問うているのである。

 パウラスは考え込み


「少し、お時間を頂戴致したく」


 即答は避けた。

 ランスフリートも無理を言おうとはしなかった。


 ただでさえ出世街道から外され、司祭の肩書を得るには田舎町に左遷される人事を受け入れらければならなかった若い僧侶に、自分の茶の相手をせよ、ついては神職の序列から一段下がれと要求するのは、少しならず酷というものだった。


 その程度は、王太子も理解している。

 それでもやはり、望みたかった。


「わたしにどれだけの事が出来る者か、自分自身にも判然としない。

 栄達の約束はしかねる。


 済まないと思う。

 だが、司祭。


 貴公が傍に居てくれる事の心強さ、わたしにしか分からないかもしれないが、本当にありがたいのだ。

 出来る限りの事はする。

 考えて欲しい」


「殿下の御厚情、かたじけなく存じます。

 わたくしの一存ではお答えしかねるのですが、周囲に相談して、然るべきお答えを致します」


 パウラスも、王太子の苦悩は察している。

 彼が見る限り、身近に仕えている従兄という人物は


(殿下とは、あまり反りが合わないのでは)


 なかなかに難しい人物だと思っている。

 元からの気性が、ランスフリートとは違うのだと。


(あの御仁、決して悪いお人なりではないのだろうけれども。

 殿下が御望みにおわす事柄には、とんと疎いようだ。

 悪気は無くても、殿下を追い詰め奉るだろう)


 彼は知らない話として、故ティプテも、二人を


「お従兄さまって、石のような御方なのね。

 ランスフリートさまは、水のような御方なのに」


 評した事があった。

 石と水では、性質が違いすぎる。


 うまくかみ合っている時ならまだしも、一度でも反目したらどうなるのか。

 それを思うと


(殿下が御所望ならば、わたくしがお二人の間を取り持つように心掛けるのも、一案かもしれないな)

 つれない返事をするのも躊躇われるパウルスだった。



 夕方にさしかかり、雨足もやや収まった頃。

 ランスフリートの私室に、件のダディストリガから使者がさし向けられてきた。


 急用だという。

 今すぐに面会を求めるとの内容で、彼の事だから、本当に一刻を争うと思われた。


 ランスフリートとしては、パウラスとの会話に未練があったが、司祭の同席を従兄が認めるとは考えられず、渋々ながら司祭を居間から退かせた。

 ダディストリガは、文字通り飛び込んできた。


「これは重大事です」

「どうした、剣将。

 貴公ともあろう者が、そのように度を失うとは」


「殿下。

 エテュイエンヌ王国の国王から、親書が届きました」


 顔が青くなっている。

 普段の従兄なら、もう少しは落ち着いているのだが、明らかに焦りが見えた。


「親書だって。

 暦改めを祝う定例の文書ではなくか」


「違います。

 新しい王太子が定まったとの、連絡文書でございます」

「何」


 ロベルティートが、立太子の令旨を得たのか。

 ランスフリートはそう思い、表情を和ませたが、しかし。

 祝賀事にしては、ダディストリガの様子がおかしい。


「……まさか、ロベルティートどのに変事が起きたというのではないだろうな」

 この時、頭をよぎったのは

「暗殺」


 である。

 かの王家は長男が暗殺による頓死を遂げ、次男と三男が事件にまつわる実行者、または計画立案者として互いを告発し合い、相打ちになった。


 ロベルティートの命もまた、最も野心家である五男のシルマイトに狙われているのは、標的にされている当人からして知っている事実だった。


 生き残っている王家四男には、どうあっても、王位について貰わねばならないのだ。

 が。

 ダディストリガは青ざめたまま首を振り


「この上ない変事の発生でございます。

 ロベルティート殿下は王都を追放され、代わってシルマイト殿下が立太子との由」


 俄かに信じ難い報告をした。

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