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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十二章
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王子流転1

 新年の祭は、初日を終えて中日に入った。

 暦改めに限らず、祭は三日間に渡って行われるもので、庶民が最も寛いで楽しめるのが中日である。


 この日は、鄙びた地方都市でも小さな村落でも必ず存在するユピテア教会が、敷地を住人に解放する。

 一般参拝が盛んに行われ、同時に催しものが教会敷地内の至るところで公開され、周辺には客をあてこんだ物売り屋台が堂々と勢ぞろいして、たいそうな賑わいぶりを見せる。


 とりわけ活気付いているのは、大道芸人だろう。

 じゃんじゃんと派手な鳴り物を奏でて、何やら舞いを踊って見せる集団がいると思えば、張り合うようにして弦楽器をかき鳴らし、大声で歌う男、手妻を見せて子供達を驚かし、拍手喝さいを浴びる者もいる。


 教会の中でも、神々への奉納として舞踊の専門芸を参拝客相手に披露し、盛大な心付けを受け取る女達の姿が見られる。


 初日にも、王室からの下賜品を囲んで大騒ぎした市民だったが、みな疲れた様子もなく、役人がほとんど姿を見せない本物の無礼講を大いに満喫しているのだった。

 カムオは、結局酒に酔ってしまい、首都を退去しそびれていた。


 連れていた部族の男達も同様で、ただ族長と違うのは、何の為にわざわざこの街を訪れたのか、全員がすっかり失念しっぱなしになっているという点である。


 カムオだけは、まだロベルティートに会うという当初の目的を諦めておらず、何とか折りを見て王家居城へ足を向けようとしていた。


 昨日の騒ぎがまだ収まっていない目抜き通りをそぞろ歩きつつ、ちらちらと丘の上の城本丸を仰ぎ見て、慎重に機会の到来を待っている。

 が、部下達が相変わらず祭気分で朝から酒を飲み、どうにも族長の手を焼かせている。


(もうこうなったら、おれ一人で城へ行くか)


 部下の同道を諦めかけた時。

 俄かに、通りの奥が騒がしくなった。

 普段ならまず見かけない王都警備隊が隊列を組み、慌しい歩調でこちらへ向かって来ている。


「どけ」

「道を開けよ。

 邪魔をするな、脇へ下がれ」


 居丈高に怒鳴っては、ふらふら歩いている酔っ払いを目抜き通りから邪険に追い出しにかかっている。

 どうも見たところ、誰か貴人が通る為、街路の整備に躍起になっている風だった。


「今日は王家の行進でもあるのかね」


 自分の傍にいた、酔いが浅いように見られる市民の男を呼び止めて訊いてみると、尋ねられた方も首を首を傾げた。


「いや、そんなお触れは回っていないと思うねえ。

 王族の方々が街内に行幸あそばすのは、普通なら明日のはずだよ」


「そうだろう。

 どこの町でも、中日は庶民が楽しむ日と相場が決まっているもんだ。

 エテュイエンヌも例外じゃないと覚えていたんだが、今年に限っては違うのかと思った」


「いやあ、違わないさ、イローペ。

 おれは聞いていないぞ、そんな話」


 目の前で行われている通りの整備は、予定されていたものではないらしい。

 カムオも警備兵の慌ただしげな様子を、いかにも訝しんで観察した。

 しばらく眺めていたが、状況説明は全くなされなかった。


「道を空けよ、市民は路肩へ退いて控えい」


 触れ役らしい兵士が怒鳴りながら駆けて行き、その後を一隊が追いかけて来て、町の人々の行動を厳しく制限する。

 この繰り返しである。


「いったい、何だっていうんだ」


 まるで訳が分からず、半ばあ然としていたカムオだった。

 が、ほどなく事情が判明した。

 馬にまたがった、それなりに身分があると思われるレオス人が、道をゆっくり進んで来


「裸馬到来。

 一同はその場に留まり、よく見届ける事」


 告知したのである。

 カムオの横にいた市民の男性が目を剥いた。


「裸馬だって。

 何でまた、そんな下々の事を、レオスさまが布告なさるかねえ」

「何だそれは。

 裸馬がそんなに珍しいのか」


 遊牧民にとっては、馬が通るという事でこれだけの騒ぎになる方が、余程に珍しいと見える。

 不思議そうに、市民へ問いかけた。

 男性は苦笑しつつ首を振った。


「裸馬到来っていうのは、刑罰なんだよ、イローペ」

「刑罰だと」


「罪人を、鞍の無い馬に乗せ、市内目抜き通りを一周する。

 要するに、晒し者さ」

「ほぉ。

 街にはそんな刑罰があるのかい」


「ああ。

 大概は、教会を侮辱した者が受ける刑だし、暦改めにやるような事じゃない。


 レオスさまが直々に告知するとか、道路を整理するとか、今まで聞いた事が無いよ。

 だいたい、こんな急にやるのも初めてだろうさ。


 教会で不埒を働いた、相当なばかが居たのかねえ。

 それにしたって、こんなめでたい日に」


 やがて。

 裸馬の刑を受刑する罪人の一行が現れた。


 凄まじいばかりのどよめきが沸きたち、カムオは愕然とした。

 怒号とも悲憤ともつかない、激しい驚きの声。それは、明確にこう言っていた。


「見ろ。ロベルティート殿下だ」

「罪人は殿下にあらせられるぞ」


 カムオは目を見開いていた。

 まさにこれから会いに行こうとしていた当の相手が、罪人としてこの道を通るという。


 まさかと疑いを持ち、思わず周囲の人々を押しのけ、あるいは背中を突き飛ばして路肩まで近寄った。

 身を乗り出して城の方向へ視線を投げると、丁度その一列が見え始めた。


 鞍が装備されていない栗毛の馬が、下級役人と思しいレオスの男性に手綱をとられている。

 周りを下級の剣士らに囲まれ、蹄の音を立てて進んで来る馬の背には、確かに、いかにも処罰を受けるといった趣の若い男性がいた。


 彼の姿が視界に入った時、イローペの族長は眉を厳しく寄せ、唇も引き結んだまま大きく歪めた。

 特に面識があるわけでもない相手とはいえ、あまりにもあまりな、正視に耐えない様相だったのである。


「ドゥマ・ロベルティート」


 ごく小さな声で、その受刑者の名を口にした。

 哀れみ、そして刑の残酷さに対する不快感の滲んだ声だった。


 通りの左右を埋める人々も、驚愕の呻きを漏らしている。

 ロベルティートの装いは、みすぼらしいどころではなかった。


 服装とさえ呼べない。

 この冬の最中だというのに、下腹部を覆う下帯一枚しか着用を赦されておらず、見様によっては全裸かと誤解されかねない姿だった。


 靴も履かされていない。

 首には


「希代の愚か者」

「唾棄すべき背徳の輩」


 大きく公用語で書かれた、粗末な板をくくりつけられている。

 両腕は荒縄で縛られ、腰にも裸馬の背に見を固定させる為の革紐が巻かれていた。


 更には口にも。革の轡を噛まされており、何か仕掛けがしてあるものか、唇の端からは血が滴っているのだった。


 最も強烈に市民達を驚かせたのは、髪型である。

 盛んに


「おぐしが……」

「あれは酷い」


 そう呟く声が上がっている。

 ロベルティートの髪は、意図的だと判る乱雑さで切り裁かれていた。


 後ろ髪の長さは耳朶にも届いていない。前髪も短い。

 カムオは目を凝らし、その無惨な姿の王子を観察した。


 彼の視線は、馬のたてがみのある一点に向けられている。周囲を見てはいない。

 我が身に課せられた重刑罰を、まだ信じかねているのだろうか。

 ぼう然と自失している観がある。

 手綱を引く役人が、無表情を保って


「この者、神が定めし人の道に外れ、更には国を売ろうと企んだ背徳の輩なり」


 罪状の告発らしい内容を、怒鳴るように言った。

 ロベルティートの虚ろな表情が、急に動いた。


 血の気を失っていた頬が紅潮し、違うと言いたいのか、首を左右に何度も振る。

 その途端、下級兵士の一人が駆け寄って、手にしていた木の棒を振り上げ


「大人しくッ」


 叱りつけつつ、馬上の青年を打ち据えた。

 棒は彼のの脇腹へ食い込み、罪人の上体が揺らいだ。


「罪人は黙って刑に服するように」


 役人も注意する。

 左右から腕が伸ばされ、腰の革紐が荒っぽく引っ張られて、崩れた姿勢が無理やり修正される。


 通り過ぎて行くロベルティートの横顔を、カムオは見た。

 唇が切れ、新たに血が流れ出すのにも構わずに、歯を食いしばっているようだ。

 緑の瞳が怒気を湛えて剣呑に細められている。


 悔し涙か、目尻に光るものがあった。

 ランスフリートの親しい知己だという、この国の王子が、どうしてこのような仕打ちを受ける羽目に陥ったのだろうか。

 イローペの族長には見当もつかなかったが


「ありゃあ、はめられたんだな」


 ほぼ直感していた。

 言葉によらぬ叫びを、精悍な遊牧民の男は、確かに聞いた。


「ドゥマ・ランスフリートが紹介してくれたやつだ、悪い男なはずはない。

 それを、あんな酷い目に合わせるとは。

 許せんな」


 義侠心、と言っていいだろう。強烈な腹立たしさがカムオを襲っていた。

 とてつもなく一本気な怒りに支配されて、居ても立ってもいられなかった。


 急いでその場を離れ、街の人々がざわざわ噂を交換し合うのを、片端から耳に入れて歩いた。

 あまり良い話が聞こえて来ない。

 段々と不愉快さが込みあがってきて


「これだから、街の暮らしは性に合わないのさ。

 おれはイローペに生まれて良かったと、心から思うね。

 昔ながらの旅暮らしくらい、気楽で幸福な生き方は、他にはあるまいよ」


 小さく独語し、噂話に熱中する市民らを、冷たい目で見やる彼だった。

 だが、そのうちに耳寄りな話も聞きつけた。


「ほほう。

 だったら、おれでも何とかしてやれそうだ」


 カムオは小さく鋭く口笛を吹くと、雑踏の中へ舞い戻って行った。

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