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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十一章
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王都は揺れる3

「何だと」


 あまりの予想外に、王爵ザムトリガとエルンチェア外交官は、声を合わせて同じ事を言い、同じように立ち上がった。


 伝令は顔を青ざめさせている。

 王爵が、先に立ち直った。


「その一報、間違いないか」

「は。

 宮廷直属の早馬による緊急報告です。

 詳細は不明ながら、間違いはございません」


「宮廷付きの早馬か」


 軽々しく出動する役目ではない。

 直ちに動いたという事は、相応の信ぴょう性があるとしか考えられなかった。


 恐らく、初報は手鏡や狼煙による暗号通信だろう。

 具体的な内容が判明するには、今少しの時間が必要と思われる。


 しかし、最初の一報だけで、重大さは嫌という程に伝わった。

 よりにもよって盟友のヴァルバラスが、南方における薪の最大産出国と武力紛争を起こすとは。


「俄かには信じ難いが、宮廷付きの早馬が駆け込んできたとなれば、聞き流すわけにはいかんな。

 その話、我が陛下には」

「僚友が奏上し奉っております」


「承知した。

 ご苦労だった」


 ザムトリガは伝令を下がらせ、エルンチェアの外交官を振り返った。

 彼も、言葉が出ないらしい。驚いている。


「外交官どの。

 お聞きの通りです、我らは直ちに対応策を協議せねばなりません。


 そちらも、お役目がございましょう。

 先刻のお話は、また改めて」


「さ、左様でございますな」

 しからば、わたくしも御前を下がらせて頂きます」


 挨拶を終えるのも、もどかしいと言いたい様子で、彼は転がるように部屋を出ていった。

 ザムトリガは少し考える表情を作り、その場に留まった。



 もちろん、当事国たるヴァルバラスにも、報告は届いている。

 王都に走った衝撃は、リコマンジェを遥かに凌いでいただろう。


「そ、そんなばかな事が」


 ヴェリスティルテ姫の父などは、一報を耳にして、椅子にへたり込んだ程だった。

 これから一人娘をエルンチェアへ輿入れさせるというのに。

 よりにもよって、南方圏のヴェールトと事を構えるとは。


「詳細は不明。

 ゲルトマ峠で何が起きているのか、切っ掛けは何だったのか、全く分かっておりません」

「まさか、我が方に非があるのではなかろうな」


「何ともご返答致しかねます。

 流血を伴う武力紛争の勃発としか、連絡が来ておりません」


 伝令は、上役の詰問に困った顔をするだけだった。

 無理もない。


 たった今しがた、緊急の速報として飛び込んできたばかりなのだ。

 詳細が判明するのは、いくら早くとも今夜半、もしくは明朝といったところだろう。


 ヴァルバラス王城でも盛大に執り行われていた、新年の祝賀会は、慌ただしく閉会された。

 十三諸王国時代が始まって以来の騒動に、都は不穏な空気が張り詰め、揺らいでいる。


 現在、当宮廷が抱えた問題は二つ。

 一つは、言うまでもなくヴェールト対策である。


 どのように和解するか。

 ゲルトマ峠の紛争を樹として、南方圏全体を相手取り、戦乱へ突入する意思など毛頭ない。

 何としても、穏便に事を終わらせるのが望ましい。


 今一つは、北方圏、具体的にはエルンチェア対策である。

 現在は北方の東グライアスと、国境の局地戦とはいえ、戦争状態にある。


 彼らは、東だけを敵だとは思っていないだろう。

 俯瞰してみれば、南方の薪にまつわる利権争いであって、長らく大規模な商取引を行ってきたヴェールトの態度に、何らかの不快感を持っていると推察される。

 彼らが、この紛争について、単純な感想を抱くとはどうにも考えずらい。


「我が娘は、いったいどうなるのだ」


 成婚を目前にしている彼にすれば、国の命運もさる事ながら、個人的には鍾愛するヴェリスティルテの将来も大いに気にかかる。


 信じ難く思い、出来れば誤報であって欲しいと願いつつ、家路についた彼は、その一人娘と向かい合った時


「大変な事件が起きたようだよ、ヴェリスティルテ」


 今度は躊躇わずに口を開いた。

 以前、南方のツェノラが当国に接触してきて


「南北経済同盟」


 結盟を勧誘してきた事がある。

 その時は、女の子に話す内容ではないと逡巡したが、結局は相談相手が思いつかず、しぶしぶながら打ち明けた。


 話を聞いたヴェリスティルテは


「ツェノラの真意について、別の見解を要すると思われませんか」

「彼らが本当に言いたい事は、別にあるという気がしてならないのです」


 看破してのけたのだった。

 要は、経済同盟そのものは目的ではなく、ツェノラはヴェールトに対して、圧力をかけたいのだと。


「理由はどうあれ、ツェノラが北と組んだ事実があれば、南方圏は座視しませんわ。

 つまりは、ダリアスライスが動きます。


 彼らは、自分達が握っている塩の集中輸入にまつわる既得権を、やすやすと手放そうとは思わないでしょうから。

 ツェノラの真の狙いは、ダリアスライスを背後につけて、ヴェールトに逆圧をかける事だと思います」


 確かに、その通りだった。

 折しも南方圏では、その南の経済における盟主たるダリアスライスで、第一親王ランスフリート・エルデレオンの麗妃が毒殺されたという。

 その犯人は、ヴェールトにつながる者との疑惑あり。


 そういった趣旨の告発があった。

 国王が署名した親書が、既に大陸全土へ発送されており、ヴァルバラスにも届いている。


 しかも、追いかけてツェノラ王も声明を発表した。

 いわく


「かかる事態は前代未聞。

 有り得べからざる蛮行であり、真に持って遺憾である。


 今後ヴェールト王国との交流を希望する諸王国の要請は、幣国のよく容れざるところと心得られたい。

 幣国は信義と平和を愛する。


 ヴェールト王国が如き不実野蛮に対しては、ユピテア教における神々の名の元に、一切の応援を拒絶するものである」


 当事者も顔負けする相当な勢いだった。

 ダリアスライスですら


「疑惑」


 と言っているのにも関わらず、強硬な姿勢でヴェールトを非難したものだ。

 これは余程、ツェノラは日ごろからヴェールトに対して言いたい事があったらしいと、誰でも容易に推測がつくだろう。


 むろん、ただ鬱憤晴らしがしたかった訳ではあるまい。

 ダリアスライスとの間に、何らかの密約が成立していると見るべきだった。


 この件からしても、ヴェリスティルテの洞察が正鵠を射たものだと、少なくとも父は理解に及んでいる。

 他にも彼女は助言を惜しまなかった。


 エルンチェア対グライアスの国境戦争が開戦された同時期、ヴァルバラスは謎の軍事行動を起こしている。

 それも、彼女の耳打ちが父を通じて宮廷に奏上された結果だった。


 だからこそ、今回は躊躇しなかったのだ。

 父の居間で峠の事件を耳にした瞬間、ヴェリスティルテは、さすがに目を瞠った。


「御国の守備隊が、南方と」


「どういう経緯だったのかは、まだ判明しておらんのだ。

 状況も不明だ。


 小競り合い程度で済んでいれば良いのだがな。

 流血を伴うという話が、気にかかってならんよ」


「はい、お父さま。

 ところで。

 両守備隊は、以前から反目しておりましたの」


「いいや。

 普段から不仲だったという話は、聞いた事が無い。

 いったい、何があったものか」

「わたくしにも、想像はつきませんわ」


 いかに卓越した洞察力を父に認められていても、情報が少なすぎるのでは、力量を発揮しようがない。

 さすがの才女も眉をひそめた。


「今は、詳細が伝わるのを待つ以外には無いと存じます」

「さもあろう。

 わたしも、それしか思いつかん」


「祝賀会の最中に入った緊急の連絡でございましょう。

 それなら、他国にもある程度は知られておりますわね」


「うむ……エルンチェアの外交官が同席していたからな」

「隠すわけにも、ゆきませんわね。

 お父さま。

 わたくしから、一つお願いがございます」


 眉を開いたヴェリスティルテは、真顔になっていた。



 当家の令嬢にあてがわれた私室には、肖像画が安置されている。

 レオス民族の婚姻では、まずは婚約が交わされ、その際に互いの肖像画を贈り合う。


 当人同士は顔も知らないというのが、この時代の常だった。

 そのため、なるべく写実的に描いた胸像と、全身像を贈ると決められている。

 西の王太子の肖像画も、慣例に従い届けられていた。


「この御方の妻になるのですって、わたしが」


 披露された日、ヴェリスティルテは侍女達に、他人事のような口調で報告したものだ。

 まことに、半ば他人事のような心境で、今日まで過ごしてきた。


 が。

 もう覚悟を決めなければならない。


 父との対話を終えて、私室に引き取った彼女は、壁に無理やり架けた幅広な絵画を改めて眺めた。

 全身像は、身分が髙い者であるほど等身大に描くのが主流である。


 ジークシルト・レオダインはかなりの長身らしく、全身像はとんでもない一幅となっている。

 図案そのものは、何とも愛想の無い、甚だ無難なものだった。


 画布の中央で、正装に身を包んだ青年が佇立している。ただそれだけである。

 姿勢に形をつけてもおらず、背後も小ざっぱりと称するのも恥ずかしくなるような、暗い色調の青一色で、面白みは全く無い。


 肖像画も似たり寄ったり、左斜めから見た顔を写実的に描いてあるが、その表情ときたら、かろうじて剣呑ではない。

 いかにも気難しげな、硬い厳しい面差しなのだった。

 もっとも、美貌は確かに美貌であり、絵を見た時のヴェリスティルテは


「あら、きれい。

 殿方には惜しいわ」


 感心した様子で、じっくりと鑑賞した。

 最終的には


「でも、笑顔が似合わないのでは、女人としては損ね」


 とも語ったが。

 この青年に、嫁ぐのだ。

 手順を繰り上げ、半ば押しかけ女房を演じる形で。

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