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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十一章
122/248

王都は揺れる1

 暦改めを翌朝に控えたその日。

 北方圏は本格的な降雪に見舞われた。


 エルンチェアとグライアスの国境線が終息してまもなく、初雪があった。

 その後も何度が降っている。


 だが、積雪には至っておらず、人々は長い冬の始まりを肌で感じつつ、まだ余裕を持っていた。

 ところが、油断の不意を付くようにして、本年の最終日に朝から豪雪が到来した。


 昼を過ぎた辺りから、収まるどころか本領を発揮し始め、夕刻に差し掛かろうという現在、外では吹雪が荒れ狂っている。


 空に厚く垂れ込めた黒雲と、伸ばした手の先が見えぬ程の雪。

 吹雪と同様に、歴史における運命の輪は、複雑に回転して人々を翻弄している。

 吹きすさぶ雪の嵐の音を耳にしながら、リューングレス王国の第三王子は


「本気かね、宮廷は。

 大真面目に、おれにこの地方をくれてやる、というのかね」


 つい今しがたもたらされた、王都からの便りや書類を眺め、苦笑を漏らしていた。

 彼は、三万の軍を率いて西国境へ赴いたものの、途中で宗主国たるグライアス王国の敗色濃厚を悟り、気を変えた。


 元から乏しかった助っ人の意欲を完全に失い、本土へ帰還したのである。

 しかも、都には戻らなかった。


 当国領土の南西部、ブレステリス王国との国境に近い位置にある、大陸東側としては多少は肥沃と言える農業地に直行していた。

 もちろん、宮廷は困惑し


「アースフルト殿下。

 どうぞ都へご帰還あそばされませ」

「国王陛下にあらせられては、まず城へ伺候するようにとの仰せにございますれば」


「参戦に間に合わなんだは、致し方なしとの思し召し。

 殿下の御無事を殊の外、お喜びあそばされて、御健勝なるお顔を御覧になられたいと仰せです」


 帰参を促す使者を送って来た。

 アースフルトは笑って取り合わず


「領地譲渡は出陣の見返りであって、武功を樹てねば無効といった約束ではなかったはず。

 賜った領地に腰を据え、統治の準備をせねばならぬ。


 ご苦労だが、父上にはアースフルトはかくの如く申していると、遺漏なく伝えるように」


 出向いて来た宮廷の役人を十分に労いはしたが、その顔を立てて領土から出るとは決して言わなかった。

 出陣を望まれた折、父に交渉して、当国における最大の穀倉地帯を直轄地として割譲させた。


 この点も、宮廷では一部を第三親王の領土として認めるという認識だったが、アースフルトは手に入れた三万の軍を展開させ、ほぼ全域を押さえてしまっている。

 自分の国の事だから、三万といえども小勢とは称し難いのもよくよく知っている。

 そうして


「わたくしが不在の間の情勢、特に外交事情に動きがあれば、連絡されたし」


 全くぬけぬけと要求したところ、意外にも。

 年の終わりの瀬戸際になって、宮廷は書類を寄こして来たのだった。

 外交についての問い合わせに応じるとは、即ち実効支配を認める。その意図が有ると見做されても、やむを得ない。


「宮廷は、だいぶ自暴自棄になっていると見えるな」


 いっその事、アースフルトに全ての責任を押し付けて、楽になりたい。

 そう思っているのかもしれない。

 じっくりと書類を精読した彼は、近習を呼んで


「側近衆を大広間に集めるように」


 命令した。



 第三親王が拠点とした地方の小都市には、王家の為の別邸といった気が利いた施設は無い。

 都市の責任者である市長が住む屋敷に転がり込んで、今や自邸も同然に振る舞っている王子だった。


 市長の屋敷は、役所も兼ねている。

 アースフルトが重用している側近らは、すぐ招集に応じた。

 話を聞いて、全員が主筋と同じ感想を持ったようだ。


「外交にまつわる情報は、厳重に秘密を保つのが宮廷流儀であろうところを、こちらの求めに応じるとは」

「王城においても、いろいろと有りますようで」


「それはそうだろうとも。

 何しろ、我がリューングレス唯一にして最大の穀倉地帯を、わたしが抑えているのだから。

 少なくとも無視はしかねるだろうね」


 王子は皮肉っぽく笑い、周囲も倣った。

 彼を中心とした六名の文官、軍人は、いずれも若い。


 文官は市長に仕えていた地方役人の若手から、軍人も司令部の主流とはいえない指揮官補佐役から、アースフルトが見込んで取り立てた者達だった。


「されば、殿下。

 書類にございます件のうち、優先度の高い案件を処理致したく」


 若い文官が願い出て、裁可が得られた。


「明日は暦改めだがね、諸君には悪いが、ゆるりと骨休めは難しいかもしれない。

 今のうちに謝っておこう」


「何を仰せあそばされますか。

 我らはみな、祖国を救い給うべくお志をお立てあそばした殿下に対し奉り、ご心服申し上げおります。

 骨休めは事が成ってのち、改めて」


 若い側近衆の士気は、随分と高い。

 もっとも、南方と違って雪が降る北方では、真冬の行事である暦改めに祭の側面は見出しにくい。

 どちらかといえば、春の雪解け時期に


「雪下ろしの大祭」


 を盛大に執り行うのが通例だった。

 厳かに神々を敬い、かつての統一帝国時代を偲んで、静粛に身を慎むのが北方における新年の過ごし方であり、若手が


「娯楽もろくに無い田舎町で、退屈を持て余すくらいなら、むしろ仕事に没頭したい」


 そう考えても無理はない事情もある。

 アースフルトは、もちろん察しているのだろうが、しれっとして腹心達を称賛した。


「うん、殊勝だね。

 助かるよ。


 外交、特に西側対策だけは、待ったは利かない。

 現状では、ブレステリスの裏切りで、宗主国様も我ら属国に構うどころではないだろうが、そのうち何を言い出すものやら。


 エルンチェアは、戦場直前で軍を返した当方に、面と向かって文句は言いにくいだろうね。

 内心は面白くないだろうけれども、グライアスに付かなかった点を高く評価せざるを得ない立場だ。


 宗主国としては、我らを通じて、なるべく有利に国境戦の後始末をしたいと考えるに違いないさ。

 たとえ軍人あがりの御当代陛下が、いかように思し召しておわそうともね」


「おお」

「殿下、さてはお心当たりが」


 他の一人が目ざとい様子で問う。

 アースフルトも、微笑しつつ頷いて自信を見せた。


「なかなか、興味深い便りが届いてね」


 宮廷からの書類に混じって、私的な手紙も来ているという。

 それも、グライアスから。



 幾つかの打ち合わせを終えて、側近衆を解散させた第三親王は、特に目をかけると決めた、いかにも秀才風の若者だけを残した。


 レオス人ではあるが、民族の出自からすれば、地方の役所で事務官を務めるような立場ではないはずだった。

 何があったものか、興味を感じて


「王都に戻る意思は無いのかね。

 何かの罪を得て流刑に処されたというなら、話は別だけれども、わたしが調べた限り、そういう事は無さそうだ。

 してみると、進んでの志願という事になるが。


 勤務態度も悪くない。

 いや、悪くないどころか、なかなかの働きぶりじゃないかね。


 ガニュメア人やリヴィデ人にやらせれば良さそうな事務仕事でも、手を抜かず、自ら真摯に向き合うとは。

 好感せざるを得ないな」


 個別に面談の場を用意した。

 若者は恥ずかしそうに畏まり


「王都と距離を置くのは、父の意向でございます」


 申し訳ないという表情で答えた。

 アースフルトには、さすがに存外だった。


「父御の。

 それは異な事を聞くものだ。


 宮廷に身を置くのが当然と心得るレオスの民が、都から遠ざかりたがるとは。

 なんぞ、仔細があるのではないかね」


 訳を聞き出すと、実に興味深い経緯だった。

 当人の真面目な仕事ぶりもさる事ながら、その経歴を無碍に扱うのはあまりにも惜しい。


 王子はそう思い、若手の彼を自陣営でも上席次に置いた。

 計算は、どうやら正解にたどり着いていたと見える。


「グライアスの内情について、面白い話が到着したものだね。

 その方のお陰だ」

「勿体ない仰せにございます」


「勿体ないも何も、事実じゃないかね。

 その方が居るのと居ないのとでは、話の進み方が左右程も差があったに違いないとも。

 せっかく、グライアス宮廷にも亀裂が見えてきた事だ。


 好機到来として、有効に活用させて貰おうじゃないかね。

 その方の血縁者が示してくれた祖国への愛に、わたしも精いっぱい応じたいと思う。


 さて。

 一つばかり聞きたい事があるのだがね」


「はい、殿下。

 何なりと」


「わたしは、ツェノラと改めて組むのも良しと考えている。

 どう思うかね。

 忌憚の無いところを聞かせて欲しい」

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