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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二章
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富国、南方に在りて5

 てっきり、恋人との別れを要求されるとばかり思い込んでいたのが、これは予想外だった。

 不貞腐れかけの態度を思わず改め、姿勢を正した。


「ティプテの話ではなかったのか」

「まず聞け。

 全ては、一本の糸によって律されているのだ」

「判った。その話は聞こうか」


 提供された話題は、少なからずランスフリートの興味を引いた。

 無役ながら、国際情勢には暗くない彼である。


 従兄や祖父から聞く事もあれば、たまに顔を出す舞踏会、夜会などで、何とはなしに耳に入れる事もある。

 決して嫌いな話題ではなく、それどころか密かに関心を抱いてさえいる。煙たがっている祖父に自分から会話を求める時とは、ほぼ最新の国際情勢を聞きたく思う時だった。


「で、ツェノラがどうだというんだ」

「やつら、北方圏に接近しすぎだ。

 焦っているようだな」


「後ろ盾に、絶縁状でも突き付けられたのか。

 あの国に見放されたら、ツェノラは終わる」

「その通りだ」


 ダディストリガは簡単に肯定した。ランスフリートは驚きに目を瞠った。


「おい、本当か。

 おれは冗談の積もりで言ったんだぞ」

「一概に冗談と笑い飛ばすわけにはいかん」


 ダディストリガは首を横に振った。


「ブレステリス王国の動向如何によってはな」

「ブレステリス。

 北方の、あの国か。エルンチェアの」


 本来の属性であろう明哲さが、父王によく似た秀麗な面てに浮かび上がった。

 ダディストリガの評価にあった通り、ランスフリートの本質は、愚鈍とは無縁である。


「続けてくれ。

 詳しく知りたい」

「現時点では、まだ噂の域を出ないがな。

 さる情報筋によると、ブレステリスが、どうやらグライアスと通じる積もりであるらしい」

「グライアスだって。確か、北方圏の東にある」


 無遠慮に信じられないという顔をして、彼は聞き返した。従兄は頷いた。


「ああ。

 我らとはあまり関わりが無いからな、おれも詳しい事はよく知らぬ。

 有名な話としては、エルンチェアと頻繁に国境紛争を起こしている、といったところか」


「それなら、おれも知っている。

 しかし、そのグライアスとブレステリスが通じるだって。


 ブレステリスと言えば、エルンチェアの属国か、それに近い立場のはずだろう。

 有り得る話とは思いにくい」


「考え方にもよる。

 ブレステリスが、勝手にグライアスとよしみを結ぶ積りなのか。

 それとも、意向を汲んでの事か」

「……そうか」


 ランスフリートは、つい先程まで対話を拒否していた事も忘れ去っていた。

 従兄との間に置かれている円卓を乗り越えんばかりに、身を乗り出す。


「何らかの理由があって、彼らが宗主国と決別する考えに至ったのなら、単なる北方圏での勢力争いかもしれない。

 問題は、意向を汲んで動いていた場合だな」

「その通りだ」


 ダディストリガは、率直に感心した様子を表して頷いた。


「エルンチェアとグライアス、あの両国は仲が悪い。

 今はまだ局地的な小競り合いにとどまっているが、いつ暴発してもおかしくはない。


 そのような状況下で、もしエルンチェアがグライアスに対して、何らかの行動を起こさなければならなくなったら、どうなるか。

 表立っての接触が困難であれば、どこか別の国を代理に仕立てるだろう」


「それが、属国の役回りというわけだ。

 ダディストリガ、おまえはどう考えている」


「おれは、エルンチェアの目論見は、リューングレス王国を抑え込む所存と見ている」

「……それで、ツェノラか。

 何となく判ってきた気がする」


 拳を作って顎に手を当て、ランスフリートは呟くように言った。

 思考が巡っている。



 ダディストリガも足を組み替え、利き手の中指で、もう一方の手のひらを軽くはじいた。


「リューングレスを加えて考えれば、ツェノラのおかしな動きについて、それなりの予想は立てられる」

「そもそも、そのおかしな動きというのは何だ」

「北に放ってある間者の報告によれば、ツェノラ訛りを話すレオス人旅行者が、しばしば目撃されているとの事だ。

 ザーヌ大連峰側の三か国でな」


「ツェノラ人が、北方にだって」


 驚きに値する内容だった。


「何の為だ」

「それはまだ判らんが、まさか噂に聞く雪景色とやらの見物旅行ではあるまい。

 物好きな趣味に興じていられるゆとりなど、あの国にあろうはずもない」


 断言を受けて、ランスクリートは目を伏せた。

 南方圏の一国ツェノラ、彼らにまつわる噂は聞き及んでいる。


「気の毒な国だな。

 領土が東に寄りすぎているせいで、建国以来、農業が不振続きだと聞いた事がある」

「ああ。

 ツェノラは、海に頼るしかない国柄だ。

 餓死が嫌なら、漁業を盛んにして魚で食い繋ぐのが、さしあたりは一番順当だろう。


 後は、他国からの援助だな。

 いかに漁業を得意としていても、魚だけでは国民を養いきれぬ。

 頼みの援助を打ち切られた、あるいはその気配があった場合、後はどうするか」


「だから、彼らが北方に近寄っていると言うのか」

「他には無いだろう」


 現在判っている情報の範囲で判断する限り、従兄の言い分は正しいと、ランスフリートは思う。


(何かが起きている。

 今までにない、大きな動きだ)


 一般に「北は騒然、南は不穏」と称される。南北両圏の政治情勢を表現した言である。

 北方圏ではよく国境紛争が起きているし、エルンチェアが握る塩の権益を巡って、各国が対立しては和解する、と何かと忙しない。


 その点、南方圏はダリアスライスを中心に、各国が当国を取り囲むようにして存在する地理事情が影響してか、賑やかな対立関係を持つ国は無く、相互に牽制し合ってさしあたりの平和的雰囲気を醸し出している。


 だが、その均衡が崩れつつあるのか。

 不穏では済まない何かが起きようとしているのではないのか。


 直感が捉えた認識に、思わず身をすくませた。

 ダディストリガは、見ていた。


「だとしても、だ。

 ツェノラの事情を優先して、南方圏の平和を乱す真似を許すわけにはいかん。


 北方圏としても、あんな貧国に用は無いばかりか、下手に領土をうろつかれては迷惑千万だろうよ。

 うっかり接触して、援助をねだられたら目も当てられまい」

「随分な言種だ」


 手厳しい従兄の評価に、ランスフリートは苦笑いを禁じ得ない。


「ツェノラも、別に好んで貧しいわけじゃないだろうに」

「我がダリアスライスに対する包囲網の一翼を担った、れっきとしたかつての敵国だぞ。

 親切にしてやる道理などあるか。


 連中がどうなろうが、どうでもいい。

 留意すべきは、北方圏で一国だけ連中に友好的な国がある。

 それがリューングレス王国だという点だ」


 ダディストリガは、気難しい表情で言った。


「先方も大陸東側にある、しかも小国だ。ツェノラとは、さぞ気が合うだろうよ。

 小国同士で細々と交流する分には構わんが、リューングレスは北方の一国だ。

 そして、グライアスの属国という立場にある」


「一方で、ツェノラも属国か。

 おまえの言いたい事は、見当がついた」


 卓上に両の肘をつき、組んだ指に顎を乗せて、ランスフリートは思慮深い表情を作った。

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