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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十章
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ゲルトマ峠の攻防2

 丁度、茶が運ばれてきた。

 香り茶を勧めながら、自らも杯を手に取って


「そなたは見たところ、わたしとさして変わらぬ年齢と思われるが、その若さでイルビウクの教会司祭を務めておられるのか」


 王子は下問した。

 いったい城中で見かける司祭とは、いくら若くとも三十路の後半にさしかかっているものだ。


 シア人の若い僧も、自分がその地位に就いていると語って、そのまま素直に受け容れられた経験が少ないと見える。


「はい。わたくしパウル・パウラスは当年二十八歳でございます。

 若輩の身ながら、イルビウクにおいて、司祭職を拝命しております」


 粛々と答えたのだが、我慢ならなかったといった風に笑声を漏らした。


「有体に申しますれば、あの田舎町なればこそ、わたくしごとき三十にも満たぬ若者が司祭職につけまする。

 何しろ、成り手がおりませぬもので」


 明け透けな物言いだった。

 あまりの率直さに、ランスフリートは目を丸くした。


「そ、そうなのか」

「あ」


 小さい呻き声が返った。

 側に佇む少年僧侶が


「またですか」


 そう言いたげに、眉をひそめた。

 付き人の様子から、パウラスの日常が垣間見えるように思われる。

 ランスフリートも笑いを誘われた。


「正直でおられる」

「これはご無礼仕りました」


 顔を赤らめて、若い司祭は謝った。

 外見は大人しやかで、思慮深げなのに、内面は意外にも率直ないしは粗忽なのかもしれない。


「どうも、一言多いようでございまして」


 あるいはこの癖が、彼を、地方の小都市とはいえユピテア教会の司祭職につかしめたのであろうか。

 もっとも、ランスフリートは不快を感じなかった。


「謝罪の必要などない。

 むしろ、言いたい事があれば、遠慮なく言って構わない。

 わたしは、感情を隠し立てる態度よりも、忌憚なく心の内を明かされる方を好ましく思う」


「勿体ない仰せにございます」


「本心から申している。

 パウラスどの。かつて、麗妃はわたしへ、このように語ったものだ。


 神が人を作ったのであるなら、人の心も神から授けられたものであろう。

 されば、神から賜わったものを人が否定するのは冒涜ではあるまいか、と」


「麗妃殿下が、左様に仰せを」

「わたしも同じく思う。

 人の都合によって礼儀だの行儀だのを定め、心を抑圧するなど、本来つまらぬ。


 あるがままに表現して何が悪いのか。

 近ごろはつくづくと思う。


 せめて一人だけでも、わたしの前で心を寛げる者がいたとして、神罰は蒙るまい。

 今だけでよい、そなたにその役割を担って頂くわけにはゆかぬか」


 そう語ったランスフリートは、真摯な表情になっていた。

 パウラスは驚き、傷心に耐える王子を見つめた。


「……殿下」

「誰もいない。

 ティプテを亡くしたわたしには、心を分かち合える者が脇にいない。


 いや、そこまでは望むまい。寛いで語り合えれば、満足だ。

 近い将来、王位に就くべき者が何を惰弱なと、思われるかもしれないが。

 ……もういいんだ。


 どう思われても、構わない。

 行儀の良い姿、作られた顔を見るのはもう飽き飽きだ。

 人の、人らしい姿を見たいんだ」


 一度堰を切った思いは、止め処も無かった。

 蓄積された思いを吐露したい欲求が、僅かに開いた隙間を目指してなだれ込んで行く。

 パウラスは訴えの全てに聞き耳を立て、やがてゆったり頷いた。


「殿下のお気持ち、しかと承りました。

 わたくしで宜しければ、ご存分に。


 実を言えば、心の内を隠すのが得手とは称し難い気質を有しております。

 既に御賢察を賜っていようと拝察いたしますが、この余計な一言を言わずにおれぬ性格が、わたくしをイルビウクにおいて司祭とならしめたようなもの。


 ええ、わたくしも察しております。

 早い話、教会中央からつまみ出されたのですよ」


 最後の方は、気軽な様子で肩をすくめて見せる、砕けた態度になったものだ。

 ランスフリートは大いに喜び、司祭の話を聞きたがった。


 パウラスは、職務上もあっての事か、随分と語りが上手かった。

 一年の終わりに臨んで、ようやく、ランスフリートは救われた。



「峠の方が騒がしいけれど、あれは何」


 リュコームという名の若者は、山の上から漏れ伝わってくる妙な音声と叫び声に、ひどく気を引かれていた。


 空腹の身でありながら、周囲を満たす鍋の煮える匂いよりも、日の出の少し前あたりからずっと聞こえ続けている騒音の方が、気にかかって仕方がないらしい。


 男の集団が座り込んでいる岩場の、比較的に拓けた場所までわざわざ行って、尋ねた程だ。

 少し年かさの男が、興味無さそうに峠を振り仰ぎ


「レオス人のお祭りだよ。

 おれは見た事が無いが、あいつらにも、ラチャリチャがあるんだそうだ」


 教えてくれた。

 ラチャリチャか、とリュコームは得心がいった。道理で騒がしいわけだ、と。


「へえ、知らなかったなあ。

 レオス人もラチャリチャを祝うんだねえ。

 でも、今日はラチャリチャじゃないのにな」


「おれ達のラチャリチャとは違うよ。

 何て言ったかな、とにかく似たような日さ。


 どうやら、冬にやるらしい。

 レオス人は、レオス人の神を持っている。

 あいつらの神は、きっと暑いのが苦手なのさ」


「そうか」


 よく耳を澄ませていると、大勢の声は


祖国万歳(ジェイル)


 を何度も繰り返している。

 更には、節をつけた(うたい)らしいものも聞こえる。


 意味の方は、さっぱりだったが。

 何しろ、民族の出自が違う。住む場所も違う。言葉も例外ではなかった。

 


 ラズタン族と自称する人々が居る。

 ザーヌ大連峰の中腹あたりを上限として、昔ながらの山岳民族生活を送っている、大陸先住民だった。

 彼らは、大陸の支配者からは


山岳の(カプルス)人」


 と呼ばれているが、大概は、各部族が古くから用いている名を使っている。

 大連峰における西の交通要衝「ゲルトマ峠」からやや外れ、少し下に開いている岩場の平らなあたりに、ラズタンの人々は最近から腰を据えている。


 彼らは、平野で暮らす遊牧の民(イローペ)とよく似た生活様式を持っており、定住しない。

 高山に生息する動物を家畜として飼いならし、平野に開けた諸王国とは、ほぼ無関係に暮らしている。

 中には


山賊(さんぞく)

生蕃(しょうばん)


 等と呼ばれ、実際に峠を通る商人を襲う部族も居るのだが、ラズタン族は温厚で、祖先が決めた掟に従い、時に居場所を変えながら、大人しく生活を立てている。


 彼らは、レオス人が言うところの新年を知らない。

 本日もこれといって特別な日ではない。

 いつもと同じ、日の出と同時に寝床から抜け出して、男は家畜の世話をし、女は届けられた生乳と肉、野菜を鍋に放り込む。


 山岳の少数民族に共通する特徴として、家には間取りというものが無く、全き家族が寝るだけの場所だった。

 生活に関わる一切は外で行われる。


大きな寝床(トゥッシェ)


 と彼らが呼ぶ、木の柱と布だけで出来ているごく簡易な家の近く、手頃な位置に穴を掘って石を敷き、かまどとして使う。

 鍋は貴重品で、どこの家族でもラズタン族なら宝物のように扱っている。

 族長を


鍋の管理人(ダータ)


 と呼ぶほどである。



 そのダータは、形成された集落の中心に居た。

 女達に囲まれて、生乳でよく煮込まれた肉をたっぷりよそった碗を手にしている。


 味見を頼まれているのである。

 これも族長の大切な仕事であって、腹が痛かろうが食欲が無かろうが、断る事は出来ない。


 ラズタン族にとっての野菜とは、高原に自生している植物であり、中には毒を持つ種類もあるため、ダータたる者は命をかけて朝晩の食事が安全に供されるかどうか、確かめなければならないのだった。

 彼が鍋の中身を無事に味見し終えて、ぴんぴんしていれば、皆が朝食にありつける。


 リュコームが、岩場で休んでいた男達に交じって集落に戻った時、ダータは肉を頬張り、もぐもぐと懸命に口を動かしているところだった。

 部族の女衆が、不安げに年老いた族長の喉元を見ている。


「ははぁ、爺さまもすっかり信用を無くしてしまったなあ。

 こないだの事が、よっぽどみんなを心配させたに違いない」


 実は、彼はダータの孫だった。

 自分の祖父が喉に肉片を詰まらせ、危ういところで、岩場から転落して早世した父を追うところだったのを、思い出している。


 周囲は騒然となった。

 味見が出来なくなる時とは、即ちダータの交代時期を意味する。

 祖父と自分の間に居るべき父が亡い、十六歳のリュコームは、次の族長だった。


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