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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二十章
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ゲルトマ峠の攻防1

 南北に関わりなく、時は平等に流れる。

 暦改めを翌日に控えたこの日、ダリアスライスにおいても、王国を挙げて、新年を迎える準備の最終段階へ入っていた。


 ガロア大陸の暦法計算式によれば、数年から十数年に一度、暦の狂いを修正するべく「閏年」が設けられる。

 通称を「大神の目こぼし」という。


 本来は無い閏の修正がある年は、神々の目が届かない「厄年」になると、民間では古くから伝えられている。

 人々は、例年を超えて熱心に信仰し、教会には喜捨も増える。


 十三諸王国の各神務庁が足並みを揃えて、来年がその「大神の目こぼし」にあたると発表したため、都市の大寺院から、田舎町に建つ小教会に至るまで、加護を求める信徒らの来訪を受けていた。


 王城にあっては、街の様子とは異なり、むしろ静まり返った印象がある。

 というのも、宮廷は喪に服している。


 現在は唯一の王家正嫡と認められたランスフリート・エルデレオンが、側室に先立たれたとして、庶民はともかく、上流社会では弔意を表しているのだった。


 もっとも、政治の中枢部は歩みを止めていない。

 王城の一角に用意された、王子私室には、ダディストリガが報告書を持って参上していた。

 亡き恋人を巡る、国家の戦略が固まったというのである。


「先日も申し上げました通り、我が方の方針は決定済みでございます。

 今一度、確認のために詳細をご説明仕る」

「ああ。

 ……その前にな、剣将」


 いささかならず辟易して、ランスフリートは少々の猶予を求めた。

 従兄は畏まって口を閉ざし、主の言葉を待つ姿勢になった。

 その、にこりともしない様子を見やり、主人の方は


「どう切り出したものやら」


 とばかりに、思案顔を作った。

 やがて、決心したらしく


「貴公の転居はいつ頃だ」


 問うた。

 ダディストリガにとっては、唐突な問いだっただろう。

 さすがに目を瞠り、次に慌ただしく瞬きした。


「殿下。

 それは私事にございます。

 ただいまは」


「承知している。

 しかし、貴公は雑談の類になると、まるで気乗りしないではないか。


 そのうちに、さっさと席を立ってしまう。

 今日は、まずこの話を済ませてから、本題を聞く」


「恐れ入り奉る。

 まだ、決定しておりませぬ」

「随分と、のんびりしたものだな」


 ランスフリートは苦笑した。

 暦が改まると、宮廷内の人事にも変動が起きる。


 両名の祖父である老チュリウスは公務を引退、以後は王子後見を務める事になっている。

 六十を過ぎて、大陸の男性としては、とうに楽隠居の身になっていてもおかしくはない年齢である。むしろ遅い程だ。


 長老の席は、ダディストリガの父であるティエトマール剣爵が継ぎ、爵位を進める。

 従兄当人はといえば、軍人の地位はあれども、今まで爵位を持っていなかった。


 いかに当国最大閥の嫡男といっても、剣将と剣爵を並立させるには若すぎる。

 宮廷秩序を守るため、盾爵に列せられて後に父の跡を襲う手順だった。


 独立した爵位を得たとして、実家の離れに起居していたものを、めでたく屋敷を構える運びとなった次第である。


 かれこれ一月も前に決まっていたはずなのに、未だ日取りも定めていないとは、ランスフリートにはやや意外だった。


「貴公の事だから、てっきり段取りを終えたものだと思っていたぞ」


「過分の御言葉、かたじけなく存じます。

 それがしの転居など、些細な私事に過ぎませぬ。

 国事の前には、塵も同然にございますれば」


「そう言うな。

 少しはこちらの身にもなれ。


 臣下が新たに邸を構えると聞いて、わたしの立場がそうかで済ませて良いものかどうか。

 贈り物くらいは手配したいのだ、日時を決めて貰わねば、わたしも困る。


 母上からも問い合わせを賜っている。

 王后陛下の御意向という点も、考慮に入れて欲しいものだな」


 実を言えば、伯父剣爵から泣きつかれたのだった。

 いわく


「幾ら促しても、今はそれどころではないの一点張り。

 ジュリシアに全て任せているゆえ、妻に訊いてくれ、と言い張ってきかぬのです。


 わたしが言いたいのは左様ではなく、せっかくの新築移転ゆえ、たまには父とそういう話をして欲しいのですよ。

 いや、大事の時期というのは判る。


 しかしながら、それゆえに、倅には少し息抜きをさせたく存じます。

 何しろユグナジスから、あれが過労らしい、体調不良のようだと聞かされておりましてな」


 だった。

 父親として、気が気ではないのだろう。


 ランスフリートも同感で、立場を盾にとってさりげなく休養を勧める算段を持っていた。

 ダディストリガを恐れ入らせるには、身分だの公務だのを強調するに限る。


「些細な事でも、宮廷秩序の維持には大事ともなろう。

 そのあたりに思いを致さぬというのは、貴公らしくもないと言わねばなるまい。


 一日休みをとって、伯父上や奥方、むろん冠爵も交えて、転居の日時につき詳細を決めよ。

 もう一つ、祝いの品の希望もな」


 このように言われれば、さすがの堅物も首肯せざるを得なかった。

 配慮に感謝を述べつつ


「入れ知恵したのは誰だ」


 とでも言いたげに、眉を寄せている。

 いかにも渋い顔を見て、ランスフリートは笑いをこらえ損ねた。


「わたしの真意について、理解は及んでいるようだな。

 まあ、そう怒るな。


 こうでも言わねば、貴公は休むまい。

 この状況で貴公に倒れられては困る」


「御言葉ながら、殿下」


 不本意そうに、ダディストリガは口を開いた。

 ランスフリートは素知らぬ体で


「貴公は頑健な体だ。わたしもそれは知っている。

 だが、いかに健康に自信があろうと、所詮は人の体。

 若さに任せて無理を課せば、いつか当然に反動が来よう」


 反論を遮った。


「問題は時期だ。

 考えた事はあるか。

 貴公の希望通りに万事が都合良く運ぶとは限らないぞ。


 剣将ともあろう者が、最も大事の折に体が動かぬでは、目も当てられないではないか。

 自愛するのも忠義のうちだと思うがいい」


 珍しく、説教する者とされる者の立場が入れ替わっている。

 自分が従兄を諭すのは、恐らく初めてだろう。


 ランスフリートはくすぐったさを感じながらそう思った。

 さて、これまでは怒鳴ったり鉄拳を振るう事すら辞さなかったりと、従弟を叱りつけてばかりだった方は、どういう感慨を抱いたものか。

 ダディストリガは平静を保っていたが、彼も不思議な気分でいるらしいと、目つきに表れていた。


「判って貰いたいのだ、剣将。

 わたしの周囲で誰かが神の国へ旅立つなど、もう見たくない」


 そう付け足した時。

 ダディストリガは従弟の心痛を悟ったようだった。

 姿勢を改め、近々必ず休むと確約したのだった。



 従兄が席を立つと、入れ替わりに別の人物が面会を申し出ていると聞かされた。


「誰だ」

「パウル・パウラス司祭どのにございます」

「何、やっと来たか」


 ティプテが没した地方都市の教会に勤める司祭の来訪は、ランスフリートにとって待ちわびたものだった。


 客の用件とは、一つしかない。

 新年を迎える直前に、恋人の形見が手に入る。


 安堵の息が漏れる。

 早速、居間に通すよう、執事へ言いつける。


 待つ程も無く、蜜色の金髪と高位の僧侶が用いる長衣が印象的な、思ったよりも若いシア人男性が案内されて来た。


 まだほんの少年と言っていい若い僧を供に連れている。

 どう見ても、ランスフリートと五歳以上の年の差があるとは思いにくい。


「パウラスどのか」

「はい。

 お初にお目にかかります、殿下」


 声も若かった。

 挨拶を経てから席を勧められた若い僧侶は、恭しい手つきで小さな木箱を差し出した。


 底が浅く、白木造りで光沢がある。

 箱の蓋にはきめ細かな彫り物が施されており、当国の国花と称するに足るダリアスラの花を図案としてあしらったものだった。


「これか」


 ランスフリートが呟くように言うと、パウラスは静かに頷いた。


「箱の中に、髪飾りを収めてございます。

 何卒、御検分を願わしく」

「ご苦労だった」


 箱を開けると、柔紙に包まれた細い棒状の品があった。

 紙をそっと外す。


 豪華な飾り箱とは全く不釣り合いな、素朴な意匠の髪飾りが目に止まった。

 木を削り、なめし皮を張ったものと思われる。


 飾りは編み草となめし皮で、花を表現しているようだ。

 手にとってよく眺めると、ぬめりを感じた。


 皮革を保護する油脂を塗ってあるのか、少し獣臭い。

 遊牧民にとっては、この素朴で少しも技巧的ではない髪飾りが、とびきりの品であるらしい。

 ランスフリートには有難かった。


「うむ、良い品だな。

 自然と共に生きるイローペならではの作だ。

 ティプテの髪に飾ってやりたかったものだが」


「御胸中、お察し申し上げます。殿下」


「……まあ、これ以上申せば詮無い繰言になる。もうよそう。

 ときに、パウラスどの」

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