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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第十九章
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遠き東に日は落ちて3

「パトリアルス・レオナイトという。

 貴国宮中にも、名は及んでおろうと思うが」

「むろん、存じ奉ります」


 語尾に微妙に込められた皮肉の響きは軽く聞き流して、マクダレアは応じた。

 ジークシルトも表情を動かさない。


「わたしにとっては、そうだな。

 貴君が兄を思う気持ちに比肩するであろう、大切な存在だ。


 余人には計り知れまいが、わたしは弟をあらゆる危難から守りたい。

 あれの日頃の願い通り、生涯を好きな学問に捧げて静かに暮らせるよう、宜しく案配してやりたいのだ」


「弟君を守り給う」


 目前の敵手が語る内容を復唱した時。

 マクダレアは、不意に視界が開けたような錯覚にとらわれていた。


 今までどうしても結びつかなかった、戦場と現在の王太子。二つの相反する姿が、一人の人間の姿となって浮かび上がったのだった。

 理解と同時に、合点もいった。


「殿下の御寛容、まことに有難き幸せ。

 心より篤く御礼申し上げます」

「ようやく、わたしも人間として認めてもらえたようだな。

 欣快である」


 彼女の声音から、ジークシルトは察した。

 どの辺りで了解となったかは定かでないが、とまれマクダレアは、素直に彼の好意を受け容れる気になったのだと。


 視線を合わせた二人は、どちらからともなく笑声を漏らした。

 ジークシルトは微笑を口元に湛えつつ


「返答を聞こうか。

 誰か懇意の商人(あきんど)があるなら、遠慮なく申せ。

 実家の兄に、少なくとも生きている旨を連絡しておきたかろう」


 再び勧めてきた。

 マクダレアも笑みを浮かべていた、しかしそれでも慎重な姿勢を崩さなかった。

 まだ、即断に至れないのである。



 該当する商人は、居ないわけでもない。

 問題は、この戦の顛末について、本国がどのように扱うか。


 最前線から命からがら舞い戻って来た、敗戦の事実を知る者を、果たして無邪気に王都へ帰すだろうか。

 もし商人が身柄を拘束された時、経緯が漏洩して、兄の元へたどり着けないのではないか。


 あるいは、兄が宮廷から何らかの疑いをかけられる恐れは無いか。

 病身に堪える扱いを受けたとき、彼が生きていられるとは、どうにも思いにくいのだった。


 マクダレアの沈黙を、ジークシルトはどういう目で見ていただろうか。

 自分の好意を素直に認めず、警戒していた時とは、黙り込んで考えるその質が違っている。

 そのように見抜いただろうか。



 暫くの逡巡を経て、マクダレアは


「それがしの副官について、お尋ね申し上げたく存じます」


 急に違う話題を出した。

 ジークシルトはやや面食らったらしい様子を見せたが、素早く表情を引き締めた。


「副官だと」

「御意にございます。

 副官が今どのようにあるか、まずは確認を致したく願い上げ奉る」


「ふむ。

 何か考えがあっての事だろうな。


 まあよい、願いを聞いて遣わす。

 副官の名を言え」


「ラミナ・ライシェル。

 杖爵家の令嬢ですが、仔細あって仕官しております」


「仔細あるに決まっていよう。

 名からして、ガニュメア人の女と見た」


「御賢察、恐れ入り仕る」


 マクダレアは軽く頭をさげた。

 ジークシルトは、何が面白かったのか哄笑すると、笑いを納めざま、廊下へ声をかけた。


 すかさず、待機していたらしい若い側近が入室して来た。

 マクダレアは、自分を捕らえた、確かチェルマーとかいう青年だった、と思い出した。


「お召しにございますか、殿下」

「捕虜の中に、ラミナ・ライシェルと名乗るガニュメア人の女が居るか、直ちに調べよ」

「かしこまりました」


 彼は恭しく命令を肯い、すぐ手配に走って行く。

 その背中を見送りつつ


「貴国の良いところは、万事について意欲的だという点だな」


 ジークシルトは感銘を受けた事を隠さなかった。


「面白い国だ。

 女人といえども、腕前と気概を示せば、剣将にまで栄達が叶う。


 その副官も女だと言う。しかもレオス人ですらない。

 大陸広しとも、貴国以外にまたとあるまい。


 我がエルンチェアも、柔軟性においては貴国の後塵を拝するばかりだ。

 貴国の姿勢には、大いに学ばねばならん」


「これ以上、エルンチェア王国が国威隆盛とおなりあそばすのは、ご勘弁願わしいところです」


 かなり真面目と判る口調で、マクダレアは賞賛に応じ、頭を軽く振った。

 民族固有の金髪が、豪勢な光を放ちながら緩やかに揺れる。


「殿下。

 弊国は貴国の足元にも及ばぬ小国でございます。


 それがしの仕官が許されたのも、男の女のと贅沢は申しておれぬ、情けない裏の事情があっての事。

 顧みて、貴国は堂々の大国。


 我らの真似事をあそばすまでもございますまい。

 なにとぞ、帝国時代からの良き伝統をお守りあられたい」


「よく言う。

 なるほど、我がエルンチェアは大国やもしれん。


 だが、その大国の足元にうずくまる振りをして、ある日突如牙を剥き、足首へ喰らいついてきたのは、一体どこの小国だ」


 ジークシルトは苦笑していたが、眼つきは鋭かった。


「貴君が何をどう言おうが、当方は、いずれ女人であろうがレオスの民でなかろうが、優れた人材と見れば登用してゆくであろうよ。

 少なくとも、わたしの代から先はな」


 更には、他国籍の者でも。

 ジークシルトは、口には出さなかったがそう考えていた。


 先刻会談した、ブレステリスの武将ゼーヴィス・グランレオン・ロギーマを、機会さえあれば、いや機会を作ってでもエルンチェアに迎えたいと思っている。


 彼、そしてマクダレア。

 二人に会い、人材は国内にしか居ないわけではないと実感したのである。


 今までは、視界の範囲で気に入った者、見込んだ者を取り立てて来た。

 ダオカルヤンを筆頭に、若い側近武官連中は、全員が身辺に最初から居た者達だった。


 だが、今後はその限りに非ず。

 見込みがついたのである。


 もし可能であれば、マクダレアも敵国の武官で一生を終えさせるのは惜しいとまで思っているのだが、さすがにまだ当人に面と向かって言える事ではない。


 時期尚早というものだった。

 その時。

 チェルマーが戻ってきた。


「おお、早いな。判ったか」

「はっ。

 仰せに従い、捕虜を確認しましたところ、確かに若い婦人がおりました。


 当人に面談して、名乗らせました。

 ラミナ・ライシェルと申しております」


「聞いての通りだ。

 どうやら、貴君の副官も我が軍門に下っているようだな」


 ジークシルトは言い、肩をすくめた。

 マクダレアは、苦い顔をした。


 もしラミナが塁の奇襲をうまく切り抜けて、落ちのびていたらとの、一縷の望みをかけていたのである。

 上官の事情を知る彼女であれば、王都へ帰還して、兄に会ってくれるだろう。


 事情を耳打ちしてくれれば、商人を屋敷へ行かせるという危険な賭けに出なくても良い。

 そう思っていたのだが、肝心の本人が捕虜の中に居るのであれば、この策は断念するしかなかった。


(やむを得ないか。

 誰か、気の利く商人が居れば……)


 王太子の前でありながら、気難しく黙り込んで、思案を巡らせる。

 しばらくして、ある人物の顔が脳裏に浮かんだ。


「ありがとう存じます。

 それでは殿下、謹んで御寛容を賜りたく、願い上げ奉る」

「ほう、気が変わったのか。

 では、誰か心当たりが居たのだな」


「御意にございます。

 エジランという名のポルトール人で、小物商を営む者がおりまする。


 長年の付き合いで、馴染み深い、信用がおける男です。

 塁に居るようであれば、面談を望みます」


「ポルトール人の小物商で、エジランだな」


 ジークシルトは頷き、命令を待っている側近へ視線をやった。

 目で、手配を命じる。


 無言のやり取りを眺めつつ、マクダレアは、小物商に託すべき伝言を考えていた。

 王都にさえ無事にたどり着けば、商人仲間の伝手を頼って、上手に兄へ自分の生存を伝えてくれるだろう。

 その程度は商人の才覚に数えても、神罰は被るまい。


 危険は承知しながら、他に策も無い。あえて楽観して、彼女は気持ちを落ち着けた。

 ジークシルトが、謁見に限りなく近い引見の終了を告げ、退出の許しを与えた。


 マクダレアは立ち上がり、端正な剣士の礼を捧げる。

 敵国の王太子も、品の良い答礼を施してきた。


 最後まで、彼女を捕虜扱いしない、剣士への敬意を一貫して表わしていた。

 マクダレアは来た時と同じく、チェルマ―に指揮された兵卒らに囲まれて、部屋を出た。


 廊下を歩きながら


(後は、アースフルト殿下がいかに居ますか、だ)


 戦場へ向かっているはずのリューングレス軍について、思いを馳せる。

 今となっては、来ない方が良い。

 しかし、伝える術が有るはずもなく、気が揉める。


(アースフルト殿下。

 どうか、現状を長い目でご覧あそばせ。


 いま殿下がお出ましになられても、我らが東の為にはなりませぬ。

 ああ、ここから殿下へ奏上しに行けるものなら)


 マクダレアは知らない。

 リューングレス軍が、既に進路を変えて戦場から遠ざかっているとは。

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