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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第十八章
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宝玉の杯5

「止むを得ん。

 両名には、宝玉の杯を取らせる」


 王は苦渋に満ちた決断を下した。

 エテュイエンヌ王国で起きた王太子暗殺事件は、故人から見て次弟及び三弟が、それぞれに計画を策定していたものと、当宮廷は判断した。


 実行犯は次弟であるが、三弟も罪無しとは言えない。

 計画の存在は、即ち王族への逆意有りと見る以外に無く、であれば、賜死は不可避というのが現代における秩序維持の道なのだった。


「ただし、今すぐというわけにはいかん。

 せめて暦改めの儀が終わって後の事としたい。

 どうか、認めて貰いたい」


 王の懇願に、宮廷人らは大半が同意せざるを得なかった。

 さすがに、長男を失って間を置かず、次男と三男も処断するとなれば、一挙に三名もの実子を失う事になる。


 王と言えども父親であって、それはさぞ耐え難い心境であろう。

 衆目の一致するところだった。

 一名を除いて。


「ほんの僅かな期間を助命して何になるか」


 シルマイトは、漏れ聞いた内容を、せせら笑っている。


「我が父ながら、甘いことだ。

 おれなら、もうとっくに神の国へ送りつけてやっているところだぞ」


 相変わらず沈黙を守る執事へ、彼は視線を与えずに言った。


「愚者揃いだな。

 妙な憐憫の情など、かえって残酷になるのが分からんのか。

 どうせ死なねばならん相手を、あたら生かしておくなど、なぶり者にするようなものだろう」

「……」


 執事は、何も言わない。

 シルマイトも無反応を当然と見なしているのか、特に留意はせず、感想を言いたい放題で、しばらくは宮廷の決定を罵倒したものだ。

 さんざん嘲笑してやっと気が済んだらしく、果実酒で喉を潤してから


「おい。

 レイゼネアの気に入りを探れ」


 話題を急変させた。

 執事はひっそり頭を下げた。


「他の兄どもは片付いた。

 残りはあの男」


 視線を、誰も立っていない正面、自分とほぼ同じ目の位置へ向ける。


「ロベルティート、貴様だ。

 おれが八つ裂きににしても飽き足らないのは、一番に貴様だ。

 他の連中は、宝玉の杯を干すだけで済ませてやってもよいが、貴様にだけは、情けをかけてなどやらん」


 そこに、あたかも当人が立っているかのように、シルマイトは激しい口調で怒りの意を放った。

 緑の両目は見開かれ、憎悪の的たる四兄の幻想を睨め据えている。

 壮絶な負の感情は、執事以外の立ち入りを厳禁されている彼の自室に充満していた。


「必ず、殺してやる。

 宝玉の杯が羨ましいと思える程の死をくれてやる。

 まずはレイゼネアだ」


 憎い相手の仮想を託したらしく、手にしていた果実酒の杯を床に叩きつける第五王子だった。

 ひとしきり呼吸を荒ぶらせ、やや落ち着いてから、彼はようやく執事へ目をやった。


「レイゼネアを手に入れる。

 妹をこちらに引き入れ、ロベルティートに罰をくれてやらねばならん。

 気に入りの侍女を探り出して、おれに報告しろ。

 急げよ」

「は」



 王宮の一角で何が語られていたか、十四歳の少女には知りようもない。

 近頃のレイゼネアは、目に見えて朗らかだった。


「姉さま、遊びましょ」


 九歳の妹姫に誘われると、嬉々としてその小さな手を取り、請われるままに室内遊びや庭の散策、あるいは懇意にしている四兄の元を訪れる。


 本日は、女の子の定番である人形遊び、王族向けの庭で花摘み。

 フラウディルテが好む遊びに興じる一日だった。


 食欲もみせている。

 朝については、連枝あるいは臣下に陪食させての食事会を行うのが、大陸諸王国の王家に共通する慣例である。


 晩は、北方圏では各自に任されているのが通常だが、南方圏では家族が集まって寛ぎの時間を共にし、一日の締めくくりとする傾向が見られる。


 特に南西三国では、身内の連帯意識を重視する伝統がある。

 席次も朝餉の儀と違って序列が考慮されていない。

 レイゼネアは早々と食堂に姿を現し、ロベルティートに


「兄上、こちらへ。

 お隣にいらしてね」


 着座を促すのが、最近ではすっかり習慣づいている。

 少し前は、憂鬱そうに末席に座り、闊達な会話を交わす事も無く、用意された質素な皿の中身を、義務感に従って口に運ぶのが常だった。

 ロベルティートは安心して、彼女の横に腰を下ろした。


「また一番乗りかい、よっぽどお腹がすいているんだな」

「フラウディルテの遊び相手をしてあげていたんです」

「そうか、さすがレイゼネアだな。

 優しい良い姉ぶりじゃないか」


 誉め言葉をかける。

 レイゼネアは嬉しそうにほほ笑んだ。


(今までが今までだったからな)


 内心で、ロベルティートは妹の境遇を同情しつつ、出席者がひどく少ない夕食会の会場を見渡した。

 朝餉の儀とは、造りが違っている。


 朝の場合は、国王が食事を取りつつ執務に関わる報告を聞く、あるいは主だった王族の動向を確認するという意図が込められており、主君の視界を出来るだけ広くするよう円卓を用いる。


 また、夜間の暗殺を防ぐ観点も伴っている。

 毎朝には王族が一堂に会する。


 警護役は、朝の食事が終わるまで見回りを繰り返し、変事の際には速やかに対処するよう、準備されている。


 その周知が、暗殺への抑止力になると考えらえているのである。

 王太子暗殺事件の発生が防げなかったなど、必ずしも万能の策ではないものの、それなりの効果はある。


 言い換えるなら、朝餉の儀は宮廷における政治の一形態であり、心から食事を楽しむための会ではないのだ。

 夜は、安らぎの時間として設定されている。


 食卓は長方形の角卓で、席次も自由が原則である。

 しかし、独身の第四王子、第五王子はともかく、王家の序列で上位にある男子三名は、いずれも妻帯者だった。子もあり、彼らも王の家族として夕食会に出席する資格があった。


 そして、レイゼネアとは気が合わなかったのだ。

 義姉にあたる兄の妻達は、みな年上で、いずれは他国の王家へ輿入れする当国の第一王女を、明らかに誰も重要視してはいなかった。

 従兄弟あるいは従姉妹らも、両親に倣った態度で接していたものだ。


 食欲が無ければ無いで


「我がままにお育ちであらせられますこと」

「そのような事で、南西の盟友にお輿入れなど、ご当家様の恥になりますことよ、姫」

「わたくしの祖国では許されません」


 口をそろえてやかましく言い、有れば有ったで


「ま、はしたない」

「高貴の者が暴食するなど、下々に示しがつきませんわ」


 またもや小言を頂戴させられる。

 服の選び方一つをとっても


「色遣いがおかしい、季節に合わない」

「年頃に不相応な身の飾りは控えるように」


 こまごま意見され、年長者である事と同盟国出身の背景から、レイゼネアの意向は甚だ通りにくかった。

 兄を別とすれば、二、三人ばかりいる気に入りの侍女達が


「おいたわしい」

「お気に病まず、どうぞ姫の御心のままにお過ごしあそばされませ」


 慰めてはくれる。

 しかし、使用人では王太子妃や親王妃を諫めるなど出来ようはずもない。


 生活の全てに躾と称する口出しをされ続け、レイゼネアとしては、一挙手一投足が監視されているような気分だっただろう。

 唯一、話が分かるのがロベルティートであり、優しい兄が心の支えだったのだ。


 それが、寺院入りするという風聞が聞こえてきた。

 彼女にすれば、生きた心地がしなかったに違いない。


「兄上、お願い。

 わたしを一人にしないで。

 この宮廷に置き去りにしないで」


 再考慮、要するに取りやめを懇願してきた時、レイゼネアは気丈に振舞いながらも目に涙を溜めていた。

 彼は、妹のその健気な姿に心を動かした。


「レイゼネアが気の毒だ。

 宮廷から逃げ出すわけにはいかない」


 寺院入りの噂を否定すれば、王座獲得を熱願する末弟に命を狙われる。

 重々承知のうえで、決断した。


 弟はどうやら、自分を後回しにして、先に邪魔な上位者三名をまとめて処断するという方法を選んだらしい。


 その副産物とでもいったところか、レイゼネアを憂鬱にさせる人々が、夕食会に出て来なくなったのだ。

 故王太子の妻は服喪と称して欠席しており、罪を問われた次兄と三兄は寺院幽閉、彼らの家族も王族への弑逆犯に連なる。食事会どころではあるまい。


 皮肉ながら、末弟の苛烈な処置が、口うるさい小姑を姫から遠ざけ、活力を回復させる切っ掛けになったのだ。


(その事だけは、シルマイトの殊勲だったと言ってもいいさ)


 食前のたしなみとして出された果実酒を手に、妹達には酒精を含まない酸味のある果汁水を勧め、夕食の始まりを待ちわびているレイゼネアを見守りつつ、ロベルティートは末弟が会場に現れる時期を見計らっていた。


 油断は禁物。

 末弟ほどに、この言葉がふさわしい人物を、生き残った兄は他に知らないのだった。

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