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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第十八章
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宝玉の杯3

「随分と思い切った事を」


 南西三国の中心であるサナーギュア王国では、東隣国エテュイエンヌとの王室婚姻を控え、準備が進められている。


 第五王子シルマイトが、当王室の姫を娶る。

 それは即ち、互いにある程度の秘密なり裏事情なりの共有関係を構築する意味を持つ。


 むろん、期待しての事ではある。

 ではあるが、少なからず刺激が強かった。


 外交に関わる友人から、ひっそり耳打ちされた情報に接して、アーティア・マアト・ラナールはさすがに目を瞠った。


「こんな失脚劇、初めて聞いたよ」

「わたしもさ。

 王太子殿下の暗殺に、第二親王殿下と第三親王殿下が絡んでいるとは」


「……自発的にかな」

「それは、どういう意味だろう」


 訝し気に聞き返してきた友人へ、アーティアは軽く首を振って見せた。


「我らが姫を妻にお迎えあそばす殿下は、ああ見えて一筋縄ではいかない御方にあらせられる、とは思わな

いか」


「え。

 まさか、黒幕は……」


「あらゆる可能性を考慮から外すべきではないと思うよ、ぼくは」


 獰猛にして狷介、扱いにくさはかの宮廷でも群を抜くという。

 シルマイトという名の王家末弟について、アーティアはある疑いを持っているのである。


「姫君のご夫君として、あまり相応しくは無い」


 内心でそう思っているのだ。

 談話室に、人影は他に無かった。

 彼はそれでも声を抑え、周囲に気を配りつつ


「第二親王殿下が、御手におかけあそばしたという話だけども。

 考えてみれば、腑に落ちかねるよ。

 御自ら弑し給う必要は、果たしてあったのだろうか」


「しかし、王太子の地位を望み給うなら」


「第三親王殿下を唆すという手もあったはず。

 こう言っては何だけども、第二親王殿下の御人となりからして、他人を使う事であればともかく、御自ら直接の御関与を良しと思召されるかな」


 南西で結束を固める三ヶ国の王室に対して、それなりに知識を持つ者ならば、行き着いても不思議ではない疑惑と言っていい。


 王家次男は尊大な気質と称され、三男は軽薄、四男は変人、五男は獰猛。

 通り相場だった。

 外務庁務めの彼も、目を細めた。


「なるほど」

「そして、次の日には弟君が告発を受けている。

 これは、意図された相打ちと見るべきではないかな」

「考えられる。

 となれば、やはり……」


「このまま、先方に主導されてよいとは思えないよ。

 何か、手を打たなければ」

「ふむ。

 とはいえ問題は、我らの身分でどう手を打つか」」


 彼の指摘はもっともだった。

 ガニュメア人とリヴィデ人は、大陸では上級に遇される民族だったが、頭上にレオス人を戴く。

 身分が足りない。


「誰か、然るべき御方を立てて、対抗するのが上策だと思う」

「それこそ問題だね。

 我が宮廷に、かのシルマイト殿下と対抗し得る逸材は」


 アーティアが苦笑いを浮かべた時。

 友人がやや身を乗り出して、円卓に肘をついた。


「ロベルティート殿下。

 あの御方をおいて、誰も居ないだろう」


「第四親王殿下。

 確かに一理あるけれども、あの御方は寺院入りの噂もある。


 元々、エテュイエンヌとの縁談は、第四親王殿下が御相手だったものを、寺院入りが有り得るとの事で、取りやめにしたのではなかったのかな」


「それが、そうでもないらしい」


 ひそひそと声を忍ばせる友人の説明に、アーティアはしばらく聞き入った。

 話が終わると


「……そうか。そういう流れなのか」

「わたしが得られる情報は、たかが知れているが、大まかな事なら精度が高いものを入手出来る。

 確かな筋から訊いている話だ。


 アーティア。

 君の知恵を借りたい。

 我らはどう動くべきか」


 友人に、目を見つめられた。

 隣国の王子シルマイトに対する危機感は、彼も強めていると見える。

 アーティアは軽く頷いた。


「よくよく、考えてみるよ」



 洗練された芸術に関しては、まずもってヴェールト王国が第一人者と呼んで差し支えない。

 旧帝国時代の首都で、かつては栄華を極めたものである。


 今でこそ凋落の傾向が見えるものの、それでも名声が尽きたわけではなく、工芸品の制作はなおも盛んだった。


 大陸各国王家の御用達といえば、ほぼヴェールトに工房が集中している。

 婚姻予定のロベルティート、シルマイト両王子の元には、高級品を取り扱う商人が、文字通り日参している。


「困ったな。

 姫への贈り物なんか、おれの手に負えるものじゃない」


 頭を抱える第四親王には、強力な助っ人がついた。

 名乗りを上げたのはレイゼネア姫である。


「兄上、ご安心なさって。

 わたしが選んで差し上げます」

「それはありがたいな。

 で、姫君としては婚約の象徴しるしに何を望むんだい」

「もちろん、首飾りが好ましいですわ。

 髪飾りも悪くないけど、やっぱり肌身につけるとなれば、首飾りに勝るものはございません」


 勇ましく断言したものだった。

 ロベルティートは笑って


「レイゼネアがそう言うのなら、きっとそうに違いないな。

 お礼代わりに、好きなものを選ぶといい。

 父上には、おれから申し上げておくよ」


 妹を喜ばせた。

 商人は、典礼庁の役人に目通りを願い出て品を見せ、一通りの説明をして審査を待つ。


 数日をおいて合格の報が届けば、晴れて当人に披露する運びとなる。

 軽く見積もっても三十人以上が納品に押し寄せており、絞りに絞った結果として、五人が残った。


 城の本丸には、幾つもの格式に応じた応接の間が設けられており、衛士と役人、侍従団に見守られる中で、選ばれた商人は購入する当人と商談を行うのである。


 ロベルティートは、妹を連れて部屋に出向いた。

 室内には展示用の長机が用意されており、首飾りがずらりと並べられている。


 レイゼネアは目を輝かせて、流行だと紹介された品々に見入った。

 ロベルティートの方は、表情こそ柔和で大らかだったが、内心では


(何が何だか分からないな)


 どれもこれも同じに見えていて、区別をつけかねる有様だった。

 一言で表すなら、辟易していたのである。


「ここは大人しく、姫の審美眼に一任するとしよう。

 良い品を選んでくれよ」

「任せてね、兄上」


 楽しそうに机の周りを歩き回る妹を、ロベルティートは静かに見守った。

 この時代、身を飾る工芸品は首飾りが主流だった。


 指輪もあるが、小さく作る技術が未発達で、手間がかかる割に美しくないものが多い。

 宝石も大振りに削られるため、長く指にはめているのは負担が大きい。


 身分の証明や高額な通貨といった役割に用いられるのが通常で、結婚相手が生涯身につける品には選ばれにくいのだ。

 レイゼネアは、たっぷり時間をかけて審査をし、やがて


「兄上。

 婚約の象徴しるしには、これが一番宜しいわ」


 逸品を見出した。

 金細工で、鎖状に編まれており、中央の飾りには花の意匠が用いられている。

 南国でよく見られる大輪の花弁はなびらは七つ。薄い紫の水晶を取り囲んでいる。


「ダリアスラを形どっているのでしょ」


 妹が尋ねると、満面の笑みを浮かべた商人が何度も頷いて


「さすがはレイゼネア姫。お目が高くおわします。

 仰せの通り、誠実のダリアスラでございます。

 ダリアスライスの国名の由来ともなったと伝えられておりまする」


「ねえ、兄上。

 これなら先様もお喜びだと思うわ」

「ああ、その通りだ。

 ありがとう、レイゼネア。おまえの指南通り、その品に決めよう」


 優しく礼を言い、妹の顔を立てる。

 もちろん、悪くない選択だと思う兄である。

 嬉しそうに笑った彼女だったが、しかし。


「せっかくなので、わたしにも選んでもらえるかな、レイゼネア」

「……シルマイト兄上」


 顔が強張った。

 いったいいつの間に入って来たのだろうか。


 シルマイトが現れたのである。

 彼はつかつかと足早に近寄って来て、机を眺め渡し


「ほほう。

 ヴェールトの有名工房が勢揃いといったところか」


 鋭く微笑した。

 レイゼネアは急いでロベルティートの背後に隠れた。

 更に笑いが起きた。


「そう邪険にするなよ、このような場で」


 白々しく言ったものだった。

 どの口が言うの、と妹が小声で呟いたのを、ロベルティートは聞いた。

 が、状況からすれば、末弟の言う通りでもあった。


「ああ、せっかくだからな。

 レイゼネア、シルマイトの品も見てやってくれないか。

 久々に会って、恥ずかしいのは判るけどね」


 実のところ、朝食時に顔合わせはしているが、他に取り成しようもなかった。

 シルマイトは口元だけで笑っており、特に何も言わない。

 レイゼネアも、外部の、しかも国外の者が居合わせる場だと思い出したらしく、気丈に立ち直って


「兄上、お久しぶりです。

 このところお目にかかっておりませんでしたので、失礼致しましたわ」


 楚々とした礼を捧げた。

 シルマイトは満足げに顎をしゃくった。


「構わんよ。

 わたしが選んで欲しいのは、首飾りと、今一つ。


 杯を所望する。

 二つだ」


「……杯」


 ロベルティートは、表情を消して復唱した。

 室内に、緊張感が満ちた。

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