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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二部・第十七章
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旗を分かつ者4

 しばらく待機を命じられ、ブレステリス軍の若い主導者達は、その場に佇んでいた。

 やがて、申し出を伝えに行った壮年剣士が戻って来


「アースフルト殿下は、貴君らの申し出を殊勝との思し召しです。

 こちらへどうぞ」


 案内してくれるという。

 アースフルトという王子の名について、ゼ―ヴィスは知らなかった。

 王位継承権も下位の、あまり目立たない人物だろうと思われる。


 だが、軍を率いて戦場へ来るという行動力からして、凡庸ないわゆる控えの王子ではない、との予感もあった。

 馬上で彼らを迎えたリューングレス第三王子は、実ににこやかだった。


「おお、その方らか。

 話は聞いた。

 大儀だね」


 柔らかい物言い、穏やかそうな微笑、いかにも温厚な気性に見える。

 ゼーヴィスは、見逃してはいなかった。

 口元とは全く正反対の、少しも笑っていない眼つきを。


 まるで何かを探り出そうとしている、あるいは慎重に値踏みして利用価値を見出そうとしている、ある種の鋭さを感じた時、彼はこの王子を


(容易ならざる人物におわす。

 あの国に、これ程の目端が利きそうな親王殿下がおいでとは、寡聞にして知らなかった)


 長時間の接触は危険だと身構えていた。

 アースフルトは


「そうか、先を急ぐのか。

 とはいえその方らも、グライアス軍に合流して戦に臨むのだろう。

 ならば、同志というべきではないかね」


「御意」


「道を共にしても良さそうに思うのだが、それ程に急ぐのか」


 声に笑みを乗せている。

 よく注意して聞いていれば、こちらの目的が協力参戦ではないと看破した上で、皮肉を言っているとも受け取れた。


 それとも、確信は持てないが、何らかの根拠があって疑いを持ち、真意を探っているのだろうか。

 どちらにしても、口先に乗せられてはならない。


「道すがら、戦況について若干の情報を得ております。

 聞いたところによると、情勢は東に有利ではないとの由。

 軽食や弓矢の補充が急がれると思われます」


 当たり障りの無い言葉を選んで、ゼ―ヴィスは答えた。


「我らは小勢であり、機動力については、大軍にあられる貴軍よりも、恐れながらいささか上回っていると考えます。


 先んじて塁に入り、必要な物資を補充しつつ、殿下が軍を率いて北上あそばされている旨、友軍にお知らせする役を全う致したく存じ奉ります」


「ふむ」


 アースフルトは少し考える様子になったが、不意に明るい表情を作って


「なるほど、それは道理だな。

 良かろう。


 我らの知らない、戦況が我が方有利に非ずとの貴重な情報を提供してくれた礼も兼ねて、先行を差し許すとしよう」


 案外と簡単に許可を出したのだった。

 ゼーヴィスと僚友達は、深く一礼してその場を離れた。


「思ったよりも時間がかからなかったな」


 こっそり耳打ちしてきた同僚に、彼は首を振った。


「いや。

 時間をかける必要が無い、との御考えにおわす」


「えっ」


「恐らく、当方が純粋な味方ではないと、殿下はお気づきあそばしたのだろう」


 幾つかの要素を加味して考えれば、すぐにたどり着く推論だと、実はゼーヴィスも思っている。

 戦況に言及した際、親王は、自分達の知らない情報を提供してくれた、と言った。


 それも、ひどく明るい表情で。

 わざわざ言うべき事とも思えず、態度にも不自然さを感じた。

 あの瞬間「何か」を見定めたのだろうと、ゼ―ヴィスは考えていた。


(今はまだよいが、アースフルト殿下か。

 一癖ありそうな王子におわすな。

 油断は出来ない)


 彼が今後、どのように振る舞うのか。現在のところ考察は及ばない。またそのような場合でもない。

 行けと言われたのだ。この際は有難く道を急がせて頂こう。

 ゼーヴィスは割り切って、馬に跨った。



 背後の軍が動く様子は無く、進路は誰にも阻まれなかった。


「ブレステリス軍参上」


 塁門の衛士に名乗ると、欣喜雀躍の体で迎えられた。

 おおよその見当はついていたが、やはり戦力差に祟られたものか、当方は徐々に押されつつあるという。

 ここで、ゼーヴィスが


「今少しの辛抱です。

 アースフルト殿下が御親卒をあそばし、一万を下らない大軍がまもなく到着致します」


 と言えば、東の気力は回復されただろう。

 しかし、実際の彼が口にしたのは


「総員かかれっ」


 塁に入り、司令官が陣取る総本営に近づいた時、包囲せよの命令だった。


「何だとっ」


 前線は今や総力戦であり、司令部に居残る護衛は、多く見積もっても十人弱である。

 更に、塁の出撃兵士を待機させる広場は負傷兵を収容する臨時の応急医療所といった観を呈しており、即座に動ける者は少なかった。


 門をくぐってからの短時間で、ゼ―ヴィスは、塁内が守りを固める余裕を失っている事、内部からの武力行使を想定していない、たとえしていても防衛に回せる人員が居ない事、等々。

 

 急襲を凌げる状態ではないと見抜いていた。

 彼自身、剣を抜いて、驚いている司令部の総本営に切り込んでいる。


「何をするか、痴れ者が」


 怒号が上がったが、全員をかき集めても三十人に達するか否かの東軍に対して、緑を基調とする軍勢は百名を超えている。


「おのれ推参」


 司令官までが抜刀したが、本営を囲む緑の軍は、戦闘に適した隊列を組み、行軍して来ている。

 すなわち、前衛を重武装の盾兵、ついで戦斧歩兵、剣士。

 後衛にも長槍兵、弓兵が控え、反転して前に出ている戦力と背を合わせている。


 本営を救わんとして飛び込んでくる敵兵は、弓と槍で足止めされ、囲みの中に閉じ込められた司令部の戦力は、戦斧で打倒されてゆく。

 ゼーヴィスは、司令官を護衛する役の青年と切り結んでいた。


「我らを騙したのか、この蛮族どもめが」


 敵手は喚いて上段から刀身を振り下ろしてきた。

 整の眼に構えていたゼーヴィスは、狙いすまして相手の剣を薙ぎ払った。

 同時に足を出して、先方の左くるぶし辺りを内側から蹴り飛ばし、つんのめらせる。


「先手を打ったのは此方だろう。

 我が方剣士達の無念、晴らさせて貰う」

「何……」


「騙されて利用され、惨死を遂げる羽目に陥った我が配下の仇だ」


 ゼーヴィスは、倒れ込んだ自分と同年代と思しい剣士の首筋めがけて、剣を振るった。

 盛大に血が飛び散る。


 司令官に狼狽の色が浮かんだ。

 数人が駆け寄って、斧や槍で彼一人の周囲を包む。


 一対四、いや五人だった。

 どうにも身動きしかね、空しく足摺りする壮年のグライアス軍人へ、ゼ―ヴィスは躊躇いなく切っ先を突きつけた。


 周囲からは、まだ状況を呑み込めていないらしい新手が、混乱しつつも必死に応戦しようとあがいている気配、そして物騒な音がひっきりなしに聞こえてくる。


「司令官閣下。

 降伏を勧告します。

 抵抗を断念し、我が軍門に下りますよう」


 声を張り上げた。

 司令官は大きくかぶりを振り、両目を怒らせている。


「こ、断るっ」

「しからば、先にご覧頂いた通り、首級しるしを頂戴します。

 閣下が御存命であろうと、この場で御落命なされようと、事態は変わりません」


「き、きさま」


 司令官は憎悪のこめられた視線を投げて来て、激しく呻いた。


「裏切者」

「何とでも仰せあれ。

 先程も申し上げました通り、我らは貴軍こそが当方に対して重大な裏切り行為を起こしたと考えています。


 降伏を否ませるならそれで結構。

 では、御免」


 冷酷な宣言もろとも、剣が頭上まで持ち上がる。

 緑国軍の領袖は、ひどく淡々としていた。眼つきもむしろ沈着で、興奮している様子は見られない。


 本気で斬る積もりだ。

 グライアス司令官はそうと察知し、その瞬間、首を打たれた若い護衛役の無残な姿に自らを重ね、結果として恐怖に逆らえなかった。


「ま、待てッ。

 分かった、降伏する。


 我が軍は直ちに戦闘中止、抵抗するな。

 武具を放棄して控えよ」


「宜しい」


 もちろん、鞘にはまだ収めない。

 がっくり膝をついた司令官を見下ろしつつ、ゼ―ヴィスは


「グライアス司令部は、我が降伏勧告を受け容れた。

 総員は戦闘を終了させよ。


 これ以上の流血は無意味である。戦いを止めよ。

 続いて、全軍に司令部の意思を伝える。

 狼煙の用意と、作法に従い敗戦国の国旗を分かつ。準備を急げ」


 新たな指示を飛ばした。



 やや俯き、黙って聞いているジークシルトに対して


「以上が、塁占拠のあらましにございます。

 我らは、宮廷の意を受けて行動したのではございません。

 軍有志による突出です」


 粛々と話を結ぶ若手将校だった。

 考えた末、全てを明らかにする。嘘は言わない。


 ゼ―ヴィスは選択した。

 王太子の元に参じた当初から一貫して、隠し事をしないと決めている。


 今更の沈黙や虚偽に何の意味があるだろうか。

 ジークシルトは顔を上げた。

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