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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第二部・第十七章
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旗を分かつ者3

 作戦決行にあたって、同志が募られた。

 かねてより、東との軍事同盟に賛成の立場ではなかった剣爵が、限られた時間の中で根回ししたという。


 それでも、百名を越す一隊が編成されるに足る人数が集まった。

 実際に戦場で危険に身を晒す立場であるだけに、冷静な視点を持つ軍人が多かったのだ。


「グライアスは信用ならん」


 主だった青年将校らは、ゼーヴィスの静かな呼びかけに口を揃えて応じた。


「エルンチェアに隷属するのも快くないながら、このままではグライアスの風下に立たされるは必定。

 貴君に打開策があるなら、喜んで聞こう」


「かたじけない。

 思うに、我らが保有する戦力は百名、この人数では戦場に切り込んでも、局面を動かす重大な立場には立てない。


 それなら、エルンチェアには不可能な方策を採るべきだ。

 具体的には、グライアス塁を占拠する」


 現在のところ、当国はまだ東にとっての軍事的盟友であり、グライアス領土の通過や塁内への侵入は容易と見てよい。


 機を見て東の司令部を内部から制圧するというのが、ゼーヴィスが提示した戦術だった。

 キルーツ剣爵は、その意を了解し、宮廷工作を行った。


 もっとも、表立って軍を動かす案に難色を示す上層部も、相応の人数が居て、剣爵の立場では強引に事を運ぶわけにはいかなった。


 何度も折衝し、妥当な落としどころとして


「まずは物資の供給で様子を伺う」


 案を出したのである。



 折しも、西沿岸の一国ヴァルバラスが、謎めいた軍事演習を行っているとの一報ももたらされた。


「ヴァルバラスが、いったい何のために」

「詳細は不明。

 しかしながら、我が領土と近接する公有地にまで軍を押し出し、演習と称して盛んに武威を見せつける行動をとっております」


「まさか、我がブレステリスに対する威嚇ではあるまいな」


 否定は出来なかった。

 ヴァルバラス王国軍は、際どい位置まで軍を出しているという。

 時折は矢が南側に飛来する事もあり、先方はその度に


「相済みませぬ。

 演習中の流れ矢です、ご容赦を」


 本気で謝罪しているようには到底見えない、通り一遍の決まり言葉を繰り返しているとの事だった。

 もし、ブレステリスがグライアスの為に軍を動かすなら、こちらも黙ってはいないぞ。

 裏の意図を想定せざるを得ず、大規模な軍事行動は困難になっていた。


 エルンチェアは、タンバー峠の通行にまつわる優先使用権を放棄し、新たにヴァルバラスが管轄するゲルトマ峠の利権を抑えにかかっているのか。


 もしくは、既に何らかの合意がなされたのだろうか。

 そう考えれば、ヴァルバラスの奇怪な演習も腑に落ちるというものだった。


「冗談ではない、この期に及んでヴァルバラスとも事を構えるなど論外」

「しかし、グライアスとの盟約を黙殺するのは如何なものか」


 さんざん紛糾したところへ、満を持して


「まず食料など、刺激の少ない物資補給を名目にして、様子を伺えばよい。


 グライアスにも最低限の面目は立つ、エルンチェアにも軍隊を差し向けての加勢ではないと言い訳が立つ。国境警備兵の増強と言い張る事も可能であろう。


 ヴァルバラスも、小規模な補給隊にまであれこれと言い立てはすまい。

 彼らは参戦を望んではいないだろう。


 その気があるなら、とうに軍隊が展開しているはず。

 演習程度に留めているのは、あくまでエルンチェア向けの態度と考えるべきだ」


 キルーツは論陣を張った。

 宮廷はその意見を容れ、一隊の派遣を裁可した。



 だが、ゼーヴィス達には単に食料を運んで任務終了とする意思は無かった。

 彼はグライアス塁を占拠するという、宮廷の決定とはかけ離れた策に出る決意を固め、妻子に離縁を言い渡したのである。


 妻にしてみれば、訳も分からず、これといった落ち度は無いのに、いきなり実家さとへ帰れと言われ、簡単に承知出来るわけもない。


「御考え直し下さい、悪いところがあれば改めますから。

 必ず直しますから」


 涙ながらに食い下がったが、夫も不満が理由ではない。

 国の未来に関わると信じた上で、故意に軍規違反を犯すのである。

 妻子を身近に置いておくのは、後日に連座させられる恐れがあると、キルーツ剣爵に言い含められ


「後の事はわたしに任せて貰いたい。

 貴君には無理を言い、ならぬ堪忍をさせて、戦場へ行かせる。


 なればこそ、せめて家族に難が降りかからぬよう、最大限の手を打ちたいのだ。

 妻子は速やかに実家さとへ帰し、無縁の者ゆえ咎め無しとの形式を整えて欲しい。


 辛いだろうが、巻き込まないためにはこれしか無いのだ、堪えてくれ」


「……承知しました。

 父については、ある程度の連座は致し方ございませんが、妻と息子だけは、どうか安泰に」


 頭を下げて、心を引き締めた。


「実家へ帰りなさい。

 明日には迎えの馬車が来る。

 コーリィを、頼む」


 情を振り切って、妻子を屋敷から立ち去らせた彼は、用意された輸送馬車と護衛の一隊が待つ所定の位置へ足を向けた。


 国境付近では、先着していた同志らと合流し、隊列を純粋な補給隊のそれから、戦闘行動が可能な行軍様式へ組み直した。


 表向きは食料の供出であり、ヴァルバラス王国の介入を防ぐとの名目だった。また兵員の体力を温存させるためにも、歩兵の数を絞った。


 予想に違わず、グライアス領の防衛塁は問題なく通過した。

 後は戦場まで急ぐのみ。

 ほどなく、西国境の塁門が見えるというところに差し掛かった時。


「待たれよ」


 ゼーヴィスらは、推定で一万以上とも見える大軍の行進と行き会った。



「あれは、曙光旗しょこうき……リューングレスか」


 計算外だった。

 いずれは合流するとまでは読めていたが、存外に先方の行動が速かったのだ。

 しかも、この場で行き会うとは。


 難しい事態に陥った、とゼーヴィスは内心で舌打ちせざるを得ない。

 万が一にも当方の目論見が知られ、如何様に楽観しても一万以下とは思われない大軍を相手取って、僅か百名の小部隊が戦う羽目に陥っては、勝ち目などあろう筈が無かった。


 ここは何としても無難に通過しなくてはならない。

 もう一つ加えるなら、彼らより早くグライアス塁に到着し、作戦を迅速に成功させる。

 二の足を踏んでいられる余裕は無いと見て、彼は誰何に応じ


「リューングレス軍とお見受けする。

 それがしは、ブレステリス軍の者。


 グライアス軍への合力にはせ参じた次第。

 急いでおります。

 御無礼は承知ながら、先を進ませて頂きたい」


 素早く述べた。

 しかし、呼び止めたレオス民族の壮年男性は、道を譲ろうとはしなかった。


「お役目ご苦労に存ずる。

 グライアス軍の為、遠路をお進みの段、誠に恐悦至極」


 長々と返礼してくる。

 ゼーヴィスは苛立ったが、無理には通れない。止む無く、馬上で微笑したまま、おとなしく口上を聞いた。

 最後になって、仰天させられた。


「我がリューングレス軍は、親王殿下の御親卒を賜っております。

 道を御譲りしたいのはやまやまなれども、殿下に先んじてのご進軍は諒と致しかねる」

「し、親王殿下が御自ら御出馬をあそばされたと」



 血の気が多いのは、西の王太子に限った事では無かったのか。

 まさか、東の小国でも、軍を率いて戦場へ駆けつけようという王子が生まれているとは思わなかった。


 ゼーヴィスは息を飲んだが、相手がそう言っている以上は、強引な進軍はますますもって慎むべきだった。

 何とか態勢を立て直すために、思案を巡らせ、やがて


「それは存じ奉らず。

 御無礼の段、ひらにご容赦あられたい」


 思い切って馬から降りた。

 行動を共にしている僚友達も、続々と下馬してゆく。


 リューングレス側は、ゼーヴィスらブレステリスの若い軍人達がこぞって礼を取る姿に満足したらしく、鷹揚に頷いた。


「我らも宣伝しながら進軍していたわけではない、御存じないのは無理からぬところ」

「なれば、殿下にぜひお目通りを賜りたく、願い上げ奉る。

 戦の場と御承知の上での、勇気ある気高い殿下には、ご挨拶を申し上げねばなりますまい」


 突破口を開くとしたら、直訴以外に無い。

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