第一部 「海上防衛戦シェリー」 3
Ⅱ
《ケルハム帝国 都市装魔学校 海上科 海上演習海域》
大量の黒煙を吐き出しながらケルハムの領海を雄大に航行する軍艦があった。
全長263メートルの巨大な船体に地球側で世界最大と言われ続ける砲塔は荘厳で見るものを何もせずとも威圧していた。
その軍艦の名前を『大和』と呼ぶ。
世界最大の船を指揮するのはまだ三十歳にもなっていない若い艦長だった。
「藍凪艦長! 前方より演習相手艦『シェリー』を発見。まっすぐ突撃してきている模様です」
「そうか。彼女らしい攻撃だ」
「どうされますか」
藍凪の隣にいた女性が聞く。
「避ける必要も警戒する必要もなし。目には目を。刃には刃を。突撃には突撃をぶつけようじゃないか」
「脳筋ですね」
「うっせ」
「それでよろしいのですね」
「頼んだぞ」
了解です。と言い残して乗務員の一人は所定の位置に戻った。
すこし遅れて藍凪の指示が艦内に流れる。すぐに艦内の士気が高まるのを肌で感じる。基本的に昔から日本人の脳筋さは変わっていない。
賢いのは一部だけでいい。
藍凪たちはただひたすら脳まで筋肉になるくらいに鍛えればいい。
とはいえ藍凪の肉体はムキムキのマッチョという訳ではなく、それはただの精神論だ。考えの一つであってすべてがそれでうまくいくわけではない。
理解したうえで藍凪は距離を縮める相手艦を見る。
「射程距離まで残り十秒」
九、八、七、とカウントダウンされ、ゼロ。
その瞬間。
空気が激しく振動した。腹の奥底を揺るがす轟音はおそらく二〇キロ以上先にいる相手艦にも届いているだろう。
第一射はさすがに命中しなかった。
だが続けざまに第二射がはなたれ、甲板に命中する。本来であれば甲板に直撃した瞬間に炸裂する砲弾だが演習と言うことで使用されているのがゴム弾であることから甲板をへこませるだけで弾き返される。だが、艦内に設置されたモニターにある二つのパラメーターの一つが半分近く削れる。
数秒後にはひとつの主砲が破壊されたことを示すアラートが鳴り、こちらに反撃するために回していた砲塔の旋回が止まる。
その所業に対する反応はすぐに却ってきた。
『アウトレンジはひきょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおうう!!』
少女の声は半泣きだった。
『ずるいよ! 大人げないよ! この人でなしぃ!』
緊張感のあった艦内に自然と笑い声が聞こえてくる。
それは少女を貶したわけではなくただ単純に笑顔になった、それだけだ。
「マリアさん。戦争に卑怯もクソもないですよ」
『私はマリアじゃないですぅ! リヴィエール! そんな乙女な名前じゃありませぇぇぇぇぇぇええんっ!!』
「伊月。そのくらいにしておいてくれ。お前が口を出すと日本人が全員陰湿だと思われかねないからな」
「なんですかそれは。この童貞」
「うっせ喪女」
『そんなのどうでもいいからアウトレンジで終わらせないでよおぅ……』
「……。」
これほど情けない泣き寝入りは見たことがない。
これまで13回の演習をやってきたが藍凪たちの全戦全勝だった。
これは知識云々の問題ではなく完全に艦内の連携力の問題だ。
一つ一つの動作が遅い。ただ、乗組員が全員学生であることから伸びしろは十分にあった。なにより相手艦の戦艦『シェリー』の艦長は戦う上で重要なことをいくつか持っている。
「悪いけど、手心を加えたらリヴィの内進にも影響が出そうだから」
『ですよね……。分かっていましたよ。そもそも格上艦に特攻なんて最初からダメだったんですよ』
あとで反省会ですね、と副艦長の声が聞こえる。
勉強熱心なのは大人として嬉しい。
だが、今のところは勝てる日が来るとは思えなかった。
三度目の砲撃の末にモニターが撃沈判定を出した。
14回目になる戦艦『大和』と『シェリー』の演習は『大和』側の14連勝で幕を落とした。