第10景 「魔女の部屋と魔女のヒミツ」
南向きの縁側の突き当たりを右に行き、そこに並ぶ三部屋のうち一番奥がミリアさんの部屋だった。ボクが借りた部屋、ナナミさんの部屋、ミリアさんの部屋は横幅は大体同じようだが、ミリアさんの部屋の扉は襖ではなく、木製の開き戸だ。
「――アゴール」
ミリアさんが言葉を紡ぐと扉からパシンッと高い音が鳴った。
「ワタシいつも思うのだけどね、これは一体なんのためのカギなのかなって。自分で魔法の鍵を掛けて自分で解錠して入るのに、この鍵はナナミさんにもアヤノにも通用しないのよね。これより強い魔法を掛けて、出入りする度に体力消耗するのも馬鹿馬鹿しいけどさ」
ミリアさんの独り言を聞きながら部屋の中に入っていく。
内装は“まさに魔女”って感じで興味深くもあるのだけど、それよりもまず、
「どうしてこんなに巨大な部屋になっているんですか……?」
幅も奥行きも高さも、家本体の大きさに見合っていない。物理的におかしい。ボクが借りた寝室(畳六枚分)よりも遥かに高く遥かに広く、部屋と言うよりも別の家がそこにあるかのようだった。何がどうなったらこの広さになるのだろう。
「法術による空間拡張――と言ったところかしら」
「空間拡張……」
ダークエネルギーによる空間インフレーションを部屋で起こしたとか?
「理屈っぽいあなたは説明がほしいようね」
正にその通りだ。
「原理としては元の部屋を魔法的にシールドして、同一軸上と見なされるイマジナリー・スペースを広めに取ってから交換、計算式を付け加えてから変換し、現世に定着。定着時のキー法術はナナミさんにお願いしてあるから、ワタシが何かヘマしようがアヤノがやってこようが、ナナミさんが存在する限りこの部屋は安泰よ」
イマジナリー・スペースとは数学における虚数の空間のことだと思うが、宇宙を測るには必要な概念である。計算上存在するものなら魔法で具現化できるってことだろうか。
うーむ、解ったような解らないような……。
「ミリアさんってすごいんですね」
よくわからないのでおざなりな返しをして誤魔化した。
「空間系はまだ研究段階の法術なんだけどね。ナナミさんがいなければできなかったわ」
ナナミさんからは底知れぬ深い物が感じられるけど、実際の力を目の当たりにしたことはない。アヤノちゃんよりも強い→ミリアさんよりも強い→ナナミさん、というわけか。
「T2アクセラしかり、空間のインフレという宇宙レベルの概念を、こうも任意に扱えるというのは、ちょっと怖い気もしますね……」
「この程度で怖がっていたらここでの生活なんてできないわよ。そもそも七鈴町自体が空間拡張によるものだとワタシは推測してるし」
「これだけの広さの町をですか!?」
七鈴町は直径七里(27.5キロメートル)の完全な円状の町である。
「これだけの広さだからこそだと思うわ。外の世界から、熱的光学的だけに留まらず、物理的にも隠匿されているというのは、空間拡張的な概念を用いないと不可能だと思うの」
「ナナミさんの力ならば可能なんですか?」
「ナナミさん……もしくは、七鈴陽花の力であれば」
七鈴塔管理人の陽花様は、ナナミさんクラスの力を持っていると考えていいだろう。
それにしても、魔女の部屋というのが面白い。
たくさんの本や道具や薬瓶があるのはもちろんのこと、結構な大きさの木が一本丸々生えている。その木の下には池になるほどの水が溜められており、常に新しい水が湧き出ているようだった。そして意外にもと言ったら失礼かもしれないが、空気が澄んでいて、薬品らしき臭いもあの鍋から微かに漂ってくるものだけだ。
「ずいぶんと大きな鍋ですね」
ボクは鍋に気を取られながら近くにあったテーブルにお茶とお菓子を置いた。
「魔女御用達のカルドロンだわ。今あの中に入ってる物が今回納品するものよ」
階段の上にある大きな鍋からは、うっすらと煙が立ち上っている。
「それでボクは何をすればいいんでしょう?」
ボクはミリアさんに手伝いを頼まれてここに居る。
「とりあえずコレ握ってて」
小石……銀色の金属? いや、これは水晶だ。ほんのりと中が透けて見える。
「握ったらワタシに集中してワタシのことを考えていて」
「どういう意味ですか?」
「途中で寝たり、全然関係ないことを考えたりせずに、ワタシと会話していればいいわ」
なんだかよくわからないが会話に集中していれば良いのかな。
ボクは広い部屋にある椅子の一つに座り、お茶を一口啜った。あ、紅茶だ。
ミリアさんはちょっと懐かしい視力矯正器具を掛けた。縁がなくスッキリした眼鏡というものである。
「ミリアさんって目が悪いんですか?」
「いいえ。それなりに良いと思うわ。コレは特別な物を見るための眼鏡よ」
続けて、日本風に言えばキセルと呼ばれるパイプを口に咥えた。
「――タニア」
ミリアさんはボソリと言って指をパチンと慣らすとキセル先が赤く輝いた。
「……ふぅ。運送屋が待っているからね。煙草はあまり得意じゃないのだけど、薬草の煙は手っ取り早く意識集中に使えるのよ」
ミリアさんの赤い唇からは長く白い煙が吐き出される。
するとミリアさんの赤い目が深く光り、金色の髪が猫か犬の耳のように立ち上がった。
「あ……なんかそれ、かわいいですね」
猫耳のように逆立った髪の毛について言った。
「ぷっ、そんなのこと言われたのは初めてだわ」
眼鏡越しのミリアさんは、いつものシニカルさはなく、少女みたいに笑った。
「これから“この耳”のことも含めて、ワタシの生い立ちをあなたに教えるわ」
ボクは銀色の水晶を片手に握りながら紅茶をゴクリと音を立てて飲み込んだ。
「ワタシの父親はね、六百年ほど前、偶発的に魔力を持った人間として生まれたのよ」
「ろっぴゃくねんっ!?」
T2アクセラの発明者だから普通の年齢ではないと思っていたが。
「魔力を持ったといっても所詮は人間だから、魔法の研究をするには時間が足りないのよ。そこで父は不老不死の術を開発したの。といっても、首を刎ねられたり、心臓を潰されたりしたら死んじゃうから、“半”不老不死が適切な言い方かしらね」
遺伝子工学の発達した現代では、ある程度の寿命を延すことができる。でもそれは不老不死と呼ぶには遙かに遠い技術だ。
「その術というのが、イマジナリー・スペース――想像空間と言ったほうが分かりやすいかしらね、そこから精神体を召還して自分と融合させるというもの。正確に言うと、“あちら”から半分召還して、もらった量だけ自分の精神体を“あちら”に返すって形ね。これにより父は、さらに強力な魔法使いになったと同時に半不老不死となったわけ」
ミリアさんは何も入ってない小瓶をいくつか取り出し、カルドロンの方へ向かった。
「その“精神体”というのはなんなのでしょう?」
「ここでいう精神体とは、物理的なモノに依らない力の源のこと。それが視覚的に現れているのが、ワタシに受け継がれてるコレ」
ミリアさんの頭の耳がピコピコと動いた。アレ動くんだ……。
「妖狐や妖猫みたいなモノなのか、はたまたヒトの概念に収まらないモノなのかは知らないけれど、召還した力の強い精神体にはこんな耳のイメージがあったのかもしれないわね。強い魔法を使ったり、精神を集中させたり、感情が動いた時なんかに出てきちゃうみたい。形だけで聴覚は無いのだけど」
「へぇ。かわいくて良いですね」
「ふふっ……」
ミリアさんは吹き出しながらカルドロンに入っていた液体を小瓶に詰め込んでいた。
「父の話に戻るけど、父は四百歳だかそこいらで結婚したのよ。結婚をした理由は、本人が言ったわけじゃないからあくまでもワタシの予想なのだけど、父は相手が好きで結婚したというよりは、子を得ようと考えて結婚したのでしょう」
小瓶に詰められた液体は、ミリアさんの手に煽られて色を変化させていく。
「若い人間の女と結婚し、孕ませ、女は子を産むと同時に死んだそうよ。説明するまでもないけど、その子供ってのがワタシ。魔力が強すぎて母体が耐えられなかったようね」
自分の母親に対して随分と他人事な言い方をしている。
「ミリアさんはお母さんに会いたかったですか?」
ボクは物語の世界で知った母親という存在に憧れを抱いていた。
「写真すら見たことがないくらいだから会いたいって気持ちは全くないわ。いや……全くではないかな……。多少は興味があるかもしれない。でも父親も好きじゃなかったし、親という物には憧れを抱いていないわね」
カルドロンの液体が次々に瓶詰めされていく。
「どんなお父さんだったんですか?」
「ワタシに知識を与えることしか頭になかった人間かな。娘に優しい言葉を与えることなんて一度もなかったし」
ああ、だからこんなに……。
「だからこんなに性格の悪い人間に育ったのか――とか考えているでしょ?」
「いえ、そんな……」
ミリアさんはトゲのある性格をしているが、根は優しい人だと思っている。うん。
「まあいいけれど。それでワタシは自身の肉体が完成した十六の時に、父の半不老不死の術を受け継がされて、それから数年後に父は亡くなったわ」
昨日ミリアさんが『父はずっと前に亡くなった』と言っていたっけ。
六百年前に生まれたお父さんが四百歳ほどで子を作り……要するに、ミリアさんは見た目が十六で、実年齢が……二百歳くらい!?
「ワタシの年齢を計算していないでしょうね?」
「いや、そんな……」
とても鋭い人だった。眼鏡越しの赤い目がやや怖い。
「ワタシだけじゃなくてナナミさんやアヤノや運送屋も同じだけど、存在条件が人間と全く異なるから、人の年齢を当てはめても意味ないわよ」
「なるほど……」
これは人間以外の動植物にも言えることだ。
十二本作られた液体入りの小瓶は、まとめて木箱に入れられて封をされた。
「それはなんのお薬ですか?」
「ミリアム印のエナジードリンク――マグラエスの水よ。これを飲めば一週間くらいは眠らず喰わずで生きていけるわ」
「危ない感じのドリンクですね……。それで今日のお仕事はおしまいですか?」
ボクは水晶を握らされてるだけで何も手伝っていない。
「運送屋に渡す分は完成。あとはあなたが持ってる水晶を仕上げるだけね」
「こちらはなんなのでしょう?」
「まだそのまましばらく握った状態でワタシの話を聞いてて」
さっぱり解らないがミリアさんの話が続けられた。
「生前の父からね、魔法使いは知識を深めることが存在理由だってことでさ、『俺が死んだらすぐに旅に出ろ』と言われていたの。そしてワタシは百年の旅を経て、本だけでは知り得なかった世界中の知識と経験を蓄えていったわ」
「百年というと、世界が丸々入れ替わってしまうくらいの年月ですね」
「そうね。そうなんだけれど……あなたもご存じのように、大異変が発生した後は町並が止まったまま朽ちていき、ごく一部の都市だけが、ヒトの科学が辛うじて抵抗するように、コンクリートと鉄とガラスが延びていった感じよね」
言うなれば、科学と自然のコントラストが強くなったのが現代だ。
「変化がマイナス方向へ移る時代になってしまって、あまりにも退屈だったもんだから、ワタシは勉強を止めて腕試しをしてみようと思ったの」
「腕試しって、誰かに喧嘩でも売ったんですか?」
「そのつもりだったのだけど、ワタシと同等レベルの“法術使い”も、アリアみたいな強い種もなかなか見つからなくてね。やっぱり退屈なままだったのよ」
ミリアさんはキセルの煙を大きく吸い込みゆっくりと吐いた。
「そして退屈を抱えたまま辿り着いたのがここ、七鈴町」
「普通の人間は入ってこられないと言ってましたけど、ミリアさんはどうやって?」
「唯一こちらと外界を行き来できる運送屋のリリットを利用したのよ」
ミリアさんはリリットさんをからかう時みたいに意地悪っぽく笑った。
「あの子ね、外では大きな帽子を被って長い耳を隠して、老舗の小さな運送屋であるスライドの社員をやってるのよ。その会社の社長だけはリリットの正体を知っているみたいだけど、他の人間達にはエルフだってことを隠しているの」
「隠す理由は身を守るためですよね? でも隠しきれるものなのでしょうか?」
あれだけ長い耳だと髪の毛だけでは隠しきれない。帽子にしてもサイドを覆う深い帽子が必要だろうし、夏場はどうやって誤魔化すのか。
「あの子は危険察知能力が異常に高いから、身の危険となる事象からの回避はお手の物だわ。けれど大魔導師であるワタシの目を掻い潜ることは不可能。この七鈴町が存在する方向に微かな違和感を覚え、その七鈴町を囲う山を越えようとして上手く行かなかった時に、リリットの運転する車が通りかかったのよ」
仕事熱心なリリットさんに悪の手が忍び寄ったわけか。
「濃い霧の中でシルバーロードを呼び、コンテナごと山越えしていったあの子を見て、次来たときはコンテナに潜入しようって考えたの」
「密入国みたいですね……」
国境が減りつつある現代でも密入国は御法度だ。ただし管理できてる国も少ない。
「それが上手いこと成功してさ、密入した後にワタシがコンテナから出てくると、あの子は顔を真っ赤にして怒っていたっけ。ワタシは気にしないでこの町の探索に出掛けたけど」
不憫なリリットさんである。
「そして地球上で最強の存在であるナナミさんと相まみえることになるわけだけど――この話はまた今度にするわ」
「ええええーっ、今すごく山場に入った気がするんですがっ」
ミリアさんはボクの目の前に、手の平大の鏡を置いた。
「運送屋も待ってるしね。そっちの水晶に最後の仕上げをしましょう」
左手に握っていた白銀の水晶は、最初に見たときよりも澄んで見えた。
「水晶を握ったまま鏡をしっかり見つめて、強く自分自身を認識してみて」
冴えない表情の自分が映る。
ボクは鏡を見るのがあまり好きではなかった。
自分自身を認識するってことが過去から現在までの自分を思い出すことならば、ボクのこの表情もあながち間違ってはいない。
「あなたって、見ているこっちが辛くなるような表情をするのね」
鏡がテーブルの上に伏せられる。
「何か間違ってましたか?」
「いいえ。それでもう完成だから、水晶を寄越して」
再び少しだけ濁った水晶をミリアさんに返した。
ミリアさんは作業台の方へ行き、何かを施してからまた戻ってきた。
「はい。これをあなたの左耳に付けて」
小さな銀色の珠が付けられたイヤリングを渡される。
「もしかしてコレ、さっきの水晶ですか? 大きさが全然違うようですけど」
「ディフィールの結晶。さっきあなたに握らせた水晶を半分にしてから凝縮させた物よ」
ミリアさんは髪を掻き上げて右耳を晒した。
そこには赤いピアスに並んで白銀のピアスが輝いていた。
「ワタシが付けているのがその水晶の半身。それを付けていれば、ワタシの力を以てして、危険から回避することができるわ。身の上話聞いてもらったとはいえ、ワタシとのリンクはまだまだ弱いからあまり過信しないでもらいたいけど、動物除けの鈴よりはいくらかマシだと思う。探し物があるのでしょう?」
ボクは『じぃ~~ん』と感動していた。生涯で二度目のプレゼントであり、しかもボクの身を気遣ってのお手製だ。ミリアさんを怖いヒトだと思っていたボクをお許しください。
「ありがとうございますっ! ボクはミリアさんのことを一生忘れません!」
「それじゃワタシが去っていくヒトみたいじゃないのよ。それよりも運送屋が顔真っ赤にしてそうだから戻りましょう。あなたはその箱を持ってきて」
十二本の小瓶が入った木箱のことだ。このくらいじゃお返しにもならないけど喜んで引き受けよう。
「……ん? あれ?? ものすっごく重いんですが……これには何が入って……」
ボク一人で抱えられるサイズの木箱だが、鉛でも入ってるんじゃないかってくらいに異様な重量を感じる。
「一本二キロちょっとあるからね。箱と養生もそれなりの重さだし。高値で売る物だから割らないように気を付けてね」
どんな分子組成にしたらここまで重くなるのやら。
▲ ■ ▼
「おまたせ」
「おまたせしました」
ミリアさんとボクが縁側に戻ると、ナナミさんとアヤノちゃんとリリットさんが楽しそうに戯れていた。
「おそいおそいおそいッ! お待たせしすぎッ! すっごく待ったわよっ! すんごくっ!!」
リリットさんはどちらかというと不機嫌だった。そしてナナミさんとアヤノちゃんに髪の毛をいじられてポニーテールに変身している。
「へぇ、かわいいじゃない」
「でしょう♪」
ニヤニヤしながら言うミリアさんに、ナナミさんはニコニコと嬉しそうにする。
「かわいくないわよッ! それよりも早く品物!」
「せっかくヒトが褒めてあげてるのに素直じゃないのね」
「うるさいッ!」
ボクはリリットさんに命じられて、リリットさんの愛ドラゴン、シドくんの前に荷物を置いた。あまりの大きさに身構えてしまうが、シドくんは終始大人しくボクのことを見つめていた。ペイロードは敵いそうにないが銀色同士気が合いそうだ。
「それじゃあ用も済んだことだし、あたしは帰るわよ」
リリットさんはアヤノちゃんのごとく軽やかにシドくんの背中に飛び乗った。作りたてのポニーテールがくるりと揺れる。
「ああ、待って待って。ついでだから注文を入れておくわ。メイリスの根と、清流の星の砂に、レッペルの体液と――」
「ちょ、ちょっと! ミリアム・ウィンフィールド!」
「ミリアちゃん、アヤノはイチゴのチョコレートがほしいな。板のヤツ」
「しょうがないわね。じゃあイチゴのチョコレートも追加で。よろしくね、運送屋」
リリットさんは『なんなのコイツ』って顔をしてミリアさんを見下ろす。
「あなたねぇ……注文するのは結構だけれど、先にツケの方をなんとかしなさいよ」
「仕方ないわねぇ」
ミリアさんはコインを一枚リリットさんの方へ弾いた。
「……全然足りないわよ! イチゴチョコ買って終わりじゃない!」
「次のは大口の仕事なのよ。それの収入が入ったら全部払うわ」
「そんなこと言って一度たりとも完済したことないじゃないのよ!」
「かわいい運送屋さんが取り立てに来てくれるのがうれしくて、ね」
「なによそれ、ばっかじゃないのっ」
ミリアさんは明らかにリリットさんをからかっているのだが、からかわれているリリットさんはまんざらでもない様子だ。
「あ、そうだ。リリットさんに、専用機器の注文なんかもできたりしますか?」
リリットさんのカバンにぶら下がった無線機のようなアイテムを見て思った。
「出来なくもないけど、電気系はあたしが詳しくないし、特殊な機器だったら足が付かないようルートを迂回させる必要があるし、仕入れには時間が掛かるわよ。この人達のせいで他の配達も遅れてるからね」
リリットさんがミリアさんとアヤノちゃんの方にジトリとした目を向けると、ミリアさんはウィンクをして返した。
この七鈴町に物を仕入れるには、色々と気を配らなければならないみたいだ。
「えと、それじゃあ……リード線とガス式ライターと、リリットさんがお持ちの無線機のようなものがあれば」
「ん、ラジオのこと?」
「そうです。ラジオです」
放送局から発信された電波を受信して、音声データだけを再生させる機械だ。ライブラリでは見た覚えがある。
「ラジオとかライターくらいなら家に余ってるのがあるからあげるけど」
「リリットさん……すごく良い方なんですね……」
「リリットさん、やーさしー」
「リリちゃんはがんばりやさんの良い子なんですよ」
「アヤノもリリちゃん好きだよ」
ボクの言葉の後に、ミリアさん、ナナミさん、アヤノちゃんのリリットさん上げが続き、当のリリットさんは頬を染めて口をへの字にさせていた。
「今度こそ本当に帰るから。白い人の注文品は明日以降に時間が空いてたら持ってくるわ」
「よろしくお願いします」
ボクは白い人って呼ばれるのか。
「いつでもお茶を飲みにきてね」
「はい。こちらの方に寄ったときには是非」
ツンツン口調のリリットさんもナナミさん相手には礼儀正しい。
「今度リリちゃんちに遊びに行くよ」
「こなくていいわよ」
アヤノちゃんにはつれない。
「いつもありがとう。またよろしく頼むわね」
「はいはい」
ミリアさんに対してもつれない態度を取るが、どこか嬉しそうな表情だった。
リリットさんがシドくんの手綱を引くと、家を覆うほどの巨大な羽が広がり、嵐の如く風を巻き上がらせて颯爽と飛び立っていった。
「リリットさんは、“かわいい”って感じの子でしたね。ちょっと素直じゃない所なんかも含めて」
日本風に言えば……なんだっけ……ツンドラってやつだ。
「あの子は独り暮らしだからね。たまにこうしてからかってあげないと寂しがるのよ」
ボクの横に立ってリリットさんを見上げるミリアさんは、ものすごく自分勝手な解釈をしていた。
「ミリアさんも素直に優しくしてあげればいいんじゃないかと……」
「そんなの……おもしろくないじゃない」
こちらもまたツンドラだった。