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農家の皆さんの笑顔眩しい玉ねぎと小麦粉




「グラァァァアアアアアアアアアアァアァァァァァ」





 巨竜の咆哮がビリビリと大気を震わせた。

 




「随分とご機嫌斜めのようだな。魔王四天王『轟嵐のシルドラ』は」

「その呼び名は止めてよ。竜主様はそんなんじゃないよ」



 勇者の呟きに口を挟んだのは、背中に真っ白な羽をもつ有翼種シルフの少女であった。



「すまなかったな。だがアレが王国に酷い日照りをもたらしているのは事実だぞ」



 勇者の指摘に少女は悔しそうに下唇を噛み締める。

 確かに『轟嵐のシルドラ』がこの風の塔の天辺に居座り続けているせいで、王国中に暴風が吹き渡り雨雲が殆ど居つかなくなってしまったのも本当のことであった。




「竜主様はここに居たくて居るんじゃない。あそこを見て」




 ラーナ・ソル・シルフと名乗った少女は、雄叫びを上げ続ける竜の足元を指差した。

 そこに見えたのは竜の右足の甲を貫き、床に釘付けにしている太い楔であった。




「なるほど、そういうカラクリだったのか。どうりで塔の警護が厳重なわけだ。シルドラを助けられては困るって事か」



 各層を守っていた番人ガーディアンの強さを思い起こし、勇者はひとりごちた。



「よし、あの杭を抜けばいいんだな? だが少々手ごわそうだ」

「竜主様は渇きと痛みで正気を失っておられるの。できれば、これ以上傷つけないで」



 悲鳴を上げ続ける竜の周囲は、空気の層が歪んで見える。

 竜の大気を操る能力が暴走して、大量の真空刃が発生しているのだ。



「ギャァァァオオオオオオオオ!!!!」 

「ヒッ!」



 再びの咆哮と同時に、勇者と少女が隠れていた柱の上部がスッパリと切り離され、遥か下方の地上へ音もなく消えていく。



「今のをまともに喰らえば、俺も真っ二つか……」


 

 思案する勇者の袖をつかみ、震えが止まらない少女は小さく首を横に振った。



「……ごめんなさい、ここまで酷い有様だって思ってなかった」

「おいおい、王宮に乗り込んで直談判までしてきた元気はどこに行ったんだ」

「……でも。やっぱり危な過ぎるよ」



 心配そうに自分を見上げる少女の頭を、勇者はぽんぽんと優しく撫でる。



「お前は無理だと言われたら、簡単に諦められるか?」

「…………」

「大事な存在が奪われ酷い目にあわされた挙句、嘘の悪名を着せらせでも……それでも我慢できるか?」

「…………」



 少女は不安げな視線を勇者に向けたまま、しっかりと首を横に振った。



「そうだろ。俺なら諦めないし我慢もしない……それが本当に大事なモノならな」

「……うん。わかった、勇者を信じるよ」

「おう、任せとけ!」



 そのまま振り返らず身を低くした勇者は、竜へ向かって歩み始める。

 だが竜の中心に吹き荒れる暴風が、勇者を簡単に押し戻しさらに無数の竜巻がその皮膚を切り裂く。



「って流石にこのままじゃ無理か。飛行魔法もこの風じゃ制御不可能だし、炎上化身も役に立たないな――――よし!」



 こめかみを伝う血を指で拭い取りながら、勇者は両手を組み合わせ詠唱を始める。



「大地に眠る金剛の輝きよ、この身に集いこの身を庇護せよ! 『ガラムマサラ』」



 詠唱と同時に勇者の身体を淡い光の膜が覆う。

 大地の守護を受けた勇者は、一歩一歩踏みしめるように竜の元へと近づいていく。

 だが、いかに地の守りを纏うとも、竜の起こす風の全てを防ぐには及ばない。


 大地の守りを上回る真空の刃が少しずつ勇者の身体に傷をつけ、竜の足元に辿り着くころにはその全身は血に塗れていた。

 しかし勇者は諦める素振りを全く見せず、竜の足を縫い付ける楔に手を伸ばす。



「グギャアアアアアァァァァ!!!!」



 楔に触られ痛みが走ったのか、シルドラは再び天に向かって怒号を上げた後、楔を抜こうとする勇者の肩に一切の加減なくその牙を付き立てる。

 勇者の肩から吹きだした血しぶきが、渦巻く風に乗って四方に派手に飛び散った。



「勇者!!!!」



 ラーナの悲痛な問い掛けに、勇者は竜に噛みつかれたまま振り返り、僅かに唇の端を持ち上げる。



「これぐらい何でもないぜ。黙って見てな。しかし流石に竜の力でも平気な楔だ。簡単には抜けてくれないか」



 じっくり策を練るような時間はすでに残されていない。

 勇者は楔に全ての力を注ぎ込みながら、体内のありったけの魔力をかき集める。



「我が喜びを力に変えよ、『ターメリック』!」


 

 詠唱と同時に勇者の身体がボンッと膨れ上がる。



「我が怒りを力に変えよ、『ターメリック』!!」



 さらに筋肉が盛り上がり、勇者の身体が膨張する。



「まだ足らないか。我が哀しみも力に変えよ、『ターメリック』!!!」



 勇者の身体を守っていた鎧が、増加する筋肉の束に耐え切れず弾け飛ぶ。



「まだ行くぜ、強化四倍だ! 我が楽しみを力に変えよ、『ターメリック』!!!」



 別人のような筋骨隆々の体付きに変わった勇者が、全身全霊の力を目の前の障害物へぶつける。

 風の塔が大きく揺れ、ひときわ高い竜の咆哮が轟いた後、辺り一面に吹き荒れていた風はぱったりと止まった。

 




  ▲▽▲▽▲




(――――大丈夫ですか、勇者よ)



 唐突に脳内で響いた声に、気を失っていた勇者はうっすらと瞳を開けた。



(まだ無理はしないでください。傷は塞ぎましたが流した血は戻ってはいません)



 慌てて起き上がり眩暈を起こした勇者を、脳内の声が優しく気遣ってくれる。





「貴方が俺を癒してくれたのか、シルドラ」


(――ええ、それにラーナも手伝ってくれましたよ)


「そうか助かったよ。ありがとう」



 勇者は自分を守るように身を伏せる巨大な竜と、その竜の尻尾の裏に隠れている少女に礼を述べる。



「……勇者、血だらけで倒れちゃって息もしてないし……ホントーに心配したんだから……」

「って大丈夫か、ラーナ? 唇に血がついてるぞ」

「――――! こっこれは、勇者の呼吸が止まってから……って何でもないよ!」

「なんだかよく判らないが、心配をかけてしまったな。すまない」

(頭を上げてください人族の勇者よ。謝罪をしなければならないのは私の方です)



 頭を下げる勇者の脳内に、穏やかな竜の声が響く。



(魔王に捕われた挙句、この地の民を脅かす様なことに利用されるなど、竜として恥じ入るばかりです)

「竜主様を責めないで。私達で出来る償いなら何でもするから」

「判ってるよ、悪いのは魔王だ。アンタらを責める気なんてこれっぽちもないさ」



 まだ体調が戻っていないのか、額に汗を浮かべた勇者は静かに首を横に振った。


 

(ならばせめてコレを受け取ってください。我が鱗に竜の力を込めた盾で、たいていの魔法なら無効化できます)

「これ……突風の腕輪って言うの。二倍の速さで動けるようになるから」



 だが差し出された盾と腕輪を、勇者は苦しそうな息遣いで退ける。



「見返りが欲しくてアンタらを助けた訳じゃない。ただ俺は……雨が降って……ほ……しくて」



 そこが勇者の限界だったらしく、糸が切れたようにその身から力が抜ける。

 慌てて近寄ったラーナは、勇者が安らかな寝息を立てていることに気付き、大きく小さな胸を撫で下ろした。

 

 


(素晴らしい若者ですね。その身が傷つくことも厭わず誰かの為に尽し、その見返りさえも求めない)

「こんな人間も居るんですね。竜主様が捕まったら、それまで助け合って暮らしてきたのに急に石を投げて来た連中とは大違い」

(貴方にも苦労を掛けましたね、巫女よ)

「いえ、私こそ竜主様の危機に何もお役に立てなくて」




 暴風が収まり晴れ渡る風の塔の天辺を、優しい温もりを孕んだ風が静かに吹き渡る。




(巫女よ、私は決心しました。彼の無償の行いに我が身の全てを持って応えたいと)

「竜主様、私も協力いたします」

(ありがとう。我シルドラはこの地に住まう全ての民に、恒久の守護を今ここで約束しましょう)




 後に慈雨と癒風の竜と呼ばれたシルドラは、王国の守護竜となり永くその繁栄に力を尽くした。

 王国は竜の力で嵐も日照りも無くなった為、自然災害の消え失せた国として今も語り継がれている。

 また守護竜を称えるシルドラ解放祭は、王国の祝祭として他国からも人が集まるほどの有名な祭事となった。






「むにゃむにゃ……玉ねぎ農家と……小麦農家……の為に……雨を」





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