Meet the team 1
暑い―――真夏に逆戻りか?しかも、なんだ、この湿気。
気がつけば葵は、再び、あの湿地を歩いていた。今回も、ここがどこかは分からない。ただ、この自身の背よりも高く伸びた草と点在する大きな岩に見覚えがあった。
――ここは、また、あの夢の・・・
何時間こうしているのかは、わからない。ただ、もう体力の限界までこの沼地の中を歩き続けてきたことは、足の重たさと膝の震えから分かった。
・・ずっと、続いてるんだ・・葵はなんともいえない絶望感に襲われた。
——もう、嫌だ・・
うだるような暑さと纏わりつく湿気に、ぼんやりと制限さていく思考の中で、独りきりなことを心細く、辛いと思った。いつしか葵は、以前この情景の中で寄り添い、支え合ったあの面影を求めていた。
——・・いないかなあ・・・
いつの間にかくるぶしまで泥水につかっていて、歩いているのは沼地になっていた。
——暑い・・・あつい・・・あいたい・・―――
全身から気力を集め重い足に集中し、ふらつく足どりで、もうこれが最後だと思いながら、また一歩踏み出す。
すると、水草の間から、かすかに流れてくる、清涼な風と、なんだか懐かしい匂い。
突然、前方の草むらがかき分けられ、見覚えのある少年の顔があらわれた。
――・・あ・・いた・・――
かすみ出した視界の先のその顔が、何か叫びながら駆け寄ってきた。
「ああ・・・アイッ・・・生きてた・・・!」
少年の両目に、みるみるうちに涙が溢れた
「もう・・会えないって・・俺・・っ!・・」
葵は朦朧とした頭を巡らせる。
――たしか・・名前・・なん、だ・・っけ―――
葵は、無意識に両腕を力いっぱい前に投げ出して、少年の腕と、爽やかな空気と、懐かしい匂いめがけて、倒れ込んだ。
その身体が大切に抱きとめられ、髪にそっと手が触れる。そして少年が小さくつぶやくのが聞こえた。
「ありがとう・・神様・・ありがとう・・・」
——ああ、なんて心地いいんだろう―――
葵は自分の上にこぼれ落ちる温かい涙を感じながら、そっと意識を手放した。
* *
気がつくと、乾いた地面に寝かされていた。頭を横に向けると、そばの木にもたれたミツの横顔が視界に入った。
「気がついたかい」
足先の方から優しげな、大人の男性の声がした。すると、横に座っていたらしいミツが、はっと弾かれたようにアオイに向き直る。
「アイ!気がついた?大丈夫か?」
「―――ん―――」
「よかった・・」
心の底から安堵した表情の、自分と似た顔をした少年。葵はなんだか妙な気分になる。
よく見ると、顔立ちこそ似ていても、その面差しは自分よりもっとずっと精悍で、髪も短く刈り込まれ、なんとなく――凛々しい。どう見ても、小4の妹の友だちにまで、弥生の兄さん女みたいー、なんて揶揄されそうな要素は皆無である。
彼はよっぽど葵を心配していたのだろう。顔に体力的でない疲れのあとが見てとれた。
「・・・君が、たすけて・・・くれたの・・・」
葵は、体を起こそうとした。頭ががんがんする。
助け起こそうと支えの手を差し伸べたミツが、急に怪訝な顔つきになり、足下にいるらしい、もう1人の男性の方を見やる。
葵もそちらに視線を移すと、そこにはミツよりずっと年上の、長身で優しげな顔をした青年が、2人をかわるがわる見つめながら目をぱちくりさせていた。
「えーと・・何が起こっているのか、聞きたそうな顔だね、2人とも」
困った様な笑顔で両手を上げて、青年が呟いた
「でも残念ながら、俺だって、そんなになんでも分かってるわけじゃないんだよ?」
「・・・アイ・・俺の事、わかる?・・よな?・・」
心配そうに、葵の凛々しいバージョンみたいな顔が寄ってくる。
葵は頭に手をあてて、朦朧とした思考のフル回転を試みる。
「え・・っとごめん、もしかして僕の・・・・・・・・親戚?とか?」
「・・・・!!・・・・」
よせていた顔をバッと引いて、ショックを隠せない表情を浮かべる、自身のアップグレード版みたいな少年に申し訳ないような気持ちになる。
「・・あぁー・・・」
長身の青年が、誰かが何かやらかしてしまったときのような声をだす。
「忘れちゃったんだぁ・・・まあ、ありえない事ではない、かな・・・」
「えっと・・・なんか、すみません」
葵はとりあえず、申し訳なさそうに頭を掻いた。
さっきから、やけに透き通った、細い声が自分から出ていることに改めて違和感を覚える。そう言えば、この肩にかかるサラサラしたものは自分の髪だし、それを触るこの細い指も手首も自分のものだ。
———これは、やっぱり、僕の姿形は今・・別人・・ていうか———
自分の顔に思わず手がいく。
さっきから呆然と葵を見つめていたミツが、目線をそのままに、顔だけを長身の青年に向けて、おそるおそるといった風に訊く
「なんだ・・・ありえなくない・・って・・?」
「うーん・・なんて言ったらいいかな・・」
この男の人、考えるとき、額に手が行くクセがあるんだな、と、葵はなぜか暢気なことを考えていた。パニクっている証拠かもしれない。
「君、葵くん、でしょ?アイちゃんじゃなくて。」
「・・・・は?・・・・」
今度は葵がキョトン顔だ
「僕のこと・・・知ってるんですか・・・?」
ショックに少し後ずさった少年に対し、両手を広げて、ほらな?と言わんばかりの表情で長身が曖昧に笑う。
「ありえなく・・・ない・・・ありえ・・なく、ない・・なんて、ないだろ・・・スズ・・」
「おい、ミツ、しっかりしろ。何言ってんのか、わかんなくなってんぞ。」
分かりやすくパニクっていたミツが、スズと呼ばれた青年の声でハッとなる
「葵は、葵なんだ。それは変わらない。すごくラッキーだったんだぞ。葵は、無事だったんだから。」
スズという青年が、噛んで含めるように、ミツに言う。その言葉に納得したのかしないのか、精悍な眉をさらにきりっとつり上げて、ミツは決意の表情で葵の顔を凝視した。
「アイ・・・じゃなくて、アオイ・・・!」
だか直ぐにその表情は、すぐにくしゃっと悲しみに歪んだ。
「そっか・・アイは・・もう・・」
「・・・あのう・・」
いま自分が置かれてる現状も、かけるべき言葉も分からず、葵はただオロオロと2人を見比べるばかりだ。
「あの・・・お二人は・・・?えと、僕を、知ってるってことは・・・あの」
「ああ」
スズという青年が、にっこりと如才のない笑顔を作る。
「俺はスズ、な。よろしく。君にとっては・・同級生?かな・・一組の・・」
ちらとこっちを伺うような目線を投げる。
「小田美鈴、だよ。」
「・・・・は?・・・・」
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