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僕らは夜と朝の間に  作者: 小泉阿難
4/12

転校生

 その夜、葵はまた、あの不思議な感覚を伴う夢をみた。


 前回ほど、情景がクリアじゃないのは、夢の自分の疲労が限界を越していたせいかもしれない、と後に葵は思う。


 場所は、あの湿地だった。くるぶしまで水に浸かり、歩く自分は一人きりだった。目に入る細い手首と水面に映る姿を見る限り、自分はまた、あの少女の姿をしているようだった。

 あたりは薄暗く、空は相変わらずエメラルドグリーンと黄色のマーブルのような、不思議な色をしていた。空気は以前より更に熱く重たく絡み付くようで、呼吸ももっと苦しかった。


 なにより自分が独りきりであるという意識が、この放浪を以前の何倍も辛い苦役にしていた。


 ああ、彼はどこにいるのか・・・もういないのか・・・――無意識に以前、そばに見た面影をさがす。

 もう、歩けない・・足が上がらない・・誰か・・・

 早く・・早く・・目、覚めろ・・



 水の中から起き上がるような、不思議な感覚とともに目覚める。衣服や髪が濡れていないところをみると、夢だったんだろう、なんて、一瞬混乱するほどにリアルな感覚が昨日と同じだ。

 不思議なことに、夢の中ではあれほど疲労感に苛まされていたのに、葵の体に疲れは全く残っていなかった。むしろぐっすり眠れた朝特有の体の軽さに戸惑いすら覚える。ただ、やたらと腹が空いていた。


 葵は、ちょっとため息をつくと、この妙な感覚を頭から追い出そうと頭を振ってみたが大した効果はなく、とりあえず朝飯だ、とキッチンに直行した。




***


「じゃ、行こうか葵ちゃん」

 昼休み、当然のように切り出されて、は?となる葵に

「何言ってんだよ。て、ん、こ、う、せ、い。見に行こうぜ」

 那智健太郎が、細い目を更に細めて、にかっと笑う。


 今日は昼休みになるまで、委員長も現れず、転校生に関しての情報は何一つ耳に入ってこなかった。

 かといって、わざわざ見に行くのも、なんかなぁ・・と気恥ずかしくなる葵だが、やっぱりそれなりに興味はある。可愛い子かどうか、なんてそれほど盛り上がってるつもりはないが、もし男だったら、やっぱり盛り下がるんだろう。那智なんかは、あからさまに舌打ちとかしそうだ。


 しかし、那智の意気込みも葵の小さな勇気も

「あー、いまさっきクラスの子たちとお昼に出ちゃったよー」

 おしい!と笑う、1組の女子のセリフに前のめりになって終わった。

 だよな。というか、あの人たちってわざわざ見に来たの?的な視線が恥ずかし過ぎる。葵は那智を引っ張って、そそくさと1組の教室から逃げ去った。

 結局いつものメンツといつもの場所で昼を食べながら、転校生はイケメン男子かカワイイ女子かで福田と那智が妄想対決するのを観戦した。



「朗報朗報、葵くん」

 そろそろ教室に戻るか、という時に、配布物の束を抱えた委員長が、渡り廊下から葵たちを見つけて声をかけてきた。可愛らしいドヤ顔で、ニコニコしている。


「転校生、やっぱり弓道部に興味ありだよ。今日、見学にくるって」

 どんな人かは、見てのお楽しみね~♪と妙に浮かれた口調で言い捨てると、忙しそうにバタバタと行ってしまった。


 へえ・・と感想をさがす葵の肩に、福田と健太郎の手がポンと置かれた。

「じゃ、放課後、弓道部集合で」普段反りの合わないの二人の声が、なぜかよく似た不穏なトーンで、ぴったりと被っていた。




 そうして、放課後。

 結局、福田も那智もバレー部と野球部の練習が抜けられず、弓道部までついて来る事はなかったのでほっとする。「ランニングのコースに弓道部入れるから」と往生際の悪いセリフを叫びつつ、残念そうに各々の部活へと引っ立てられて行った。


 そして弓道部の部室。練習の為に前髪をピンで止める葵を「わお、なんだその女子力。なに狙ってんだよ、その仕草」とフェンス越しにからかうアラタに、的だろボケ、と冷たく返しながら葵は的場に入る。


「なんなの、お前、暇なの。バスケ部は?」

「今日は自主連」

「じゃあ、自ら主体的に練習しろよ。」

「は?なに、スポコン?お前いつからドMなの?」


 委員長が、2人のやり取りを聞いてクスクス笑う。


「葵くんて、意外にストイックだよねー。」


 ゆるめの三つ編みに眼鏡、しかも外したらこれが小動物系のつぶらな瞳という、まるでギャルゲーの委員長キャラが具現化したような存在が小田美鈴である。しかも本当に委員長というから、それこそ狙ってるのかと問いたい。


「一見、なんか、かわいい感じなのにー」


 他意がないのは分かるが、残念ながら葵にとってかわいいはほめ言葉ではなく恥辱ワードだ。小さなため息とともにスルーする。         


 葵は、黙っていれば、切れ長一重の目元がややクールな印象だが、ひとたび笑顔になれば、その優しく温かい人柄が直ぐに露呈する。葵自身は、普段生活している自分の顔が、鏡の中でみるそれよりも、ずっと親しみやすく優しげであることには気付いていない。

 彼の自身の外見への認識は、テンパで眼鏡で一重で目つきが悪い=モテ要素ゼロ、である。

 2次元女子と自分の妹にしか興味のない薫が、女子ウケしそうな部分を寄せ集めたような甘い顔立ちに、長身でバスケ部と、ムダにモテ要素に溢れているのが正直忌々しい。

 ガタイの良さが「可愛い大型犬っぽい」だの、ラブラドールを彷彿とさせる甘い目元が「ラブ顔」とか、葵の『女子友』たちが騒ぐのを、うんざりするほど聞かされてきた。でも、あいつ変態だから3次元女子に興味ないよ、とか何度ノドまで出かかったことか。


 しかしその薫は、委員長を横目でみやると、ふふんと鼻をならし、そして、自分のことのように自慢げに

「でも、俺、たぶんアオとガチで勝負したら、10秒で制圧されちまうぜ?」

 と、なぜかドヤ顔まで決めている。

 委員長が不思議そうな顔で、質問を返そうと口を開いた時


「葵ちゃーん、部活終わったらマックいこー。」


 予告通り的場の前をランニングコースにした福ちゃんが、校庭から大声を出す。信じられないほど声がデカイ。


「あーいいな。私も一緒していい?」と珍しくノリのいい委員長。

「アオいいよなぁ、モテモテじゃん」と眉を上げる薫。

 葵は、おまえが言うなと小さくぼやき、心の中で薫の後頭部にフライングニーを決める。


 そのとき、部長の竹田が、おおー、はいはい!と大げさに声を上げて部室の入り口に駆け寄り、ドーゾドーゾと誰かを招き入れた。三人もそちらに顔を向ける。


 そして、葵の呼吸が、一瞬止まった。


 入ってきたのは、まだ真新しい制服を身に着けた、端正で繊細な顔立ちに、不釣り合いなほど力強く凛々しい目の光を宿した――女子だった。肩下までのワンレングスの髪が大人っぽい。しかしその瞳は活発そうにきょろきょろ動いていた。


 すでに面識のある委員長が、ぱたぱたと手を振る。転校生の彼女も、委員長を見て、嬉しそうににこっと笑って手をあげた。

 葵は、まだぼんやりと、彼女に目を奪われていたが、つと彼女の目線が自分のものと合わさり、我に返った。我に返ったところで、愛想良く笑顔を返せるわけでもない。代わりに、自分の顔がちょっと赤くなっているのを自覚し、それに気付かれていないだろうか、ということだけに頭を占領された。


 目が合った瞬間、葵と彼女の間に、他の誰にも分からない、強く清涼な風が一陣、吹き抜けていったような気がしたのは、あぶない妄想だろうか。


 なんだろう、とパニクった頭で考える。恥ずかしいのに、目をそらせない。だって、この顔は、知ってる。印象はだいぶ違うけど。彼女の方が、うんと力強くて大人っぽくてキリッとしてるんだけど・・・


「彼女、転校生の真柴三弦さん。今日は見学にきてくれたんだけど、僕的には是非体験入部くらいしていってもらいたい!と考えているので、みんな粗相のないように」

 竹田先輩の軽口も右から左に流れて行く。

 真柴三弦、マシバミツル・・あれ・・?なんだろう、どんどん頭がこんがらがって行く。いや、そんなはずない。全部、僕の情緒不安定で欲求不満の頭が作り出したおかしな妄想だ。漫画じゃあるまいし、そんなこと、現実にあるわけがない。でも・・・

 ・・・そうなんだ。だって、僕は知ってる。この顔。


 この顔は、今朝夢で見た、僕だ。


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